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「切り落とされたくなければその手を早く退けて頂きましょうか」

わざわざそう聞いたのは、その腕の中で雪の姫様がぐっすりと眠っているからだ。
雪の姫様が起きていらしてその傍に跳ね馬がいるだけならば、当然、雪の姫様に伸ばされた手を切り落としていた。そういう判断をしていただろう。
初めは任務でしかない。でも今は、その地位を切望している自分がいた。
だから気に入らない。
なまじその実力を認めている跳ね馬が相手だからこそ、実に気に入らない。
だから早く、その手を離せ。

「オレが離しても静玖は抱き付いたままだぜ?」
「貴方から雪の姫様に触れている手さえ離れれば良いのです。それとも、」
「───退きなよ、霧」

響いた声は若い。いや、若作りと言うべきか。
ちらりと後方を見れば、雲の兄さんがにこにこと笑いながら銃を構えていた。
その照準は、跳ね馬の眉間。

「うふふ。僕達の雪ちゃんに手ェ出そうなんて100年早いんだよ、青二才」
「お前、どう見たってオレより年下………」
「僕はこう見えて三十路過ぎてるけど。外見で他人を計るならまだ君はやっぱり青二才だよ。ねぇ、ほら早く雪ちゃん離しなよ。それとも風穴開けられたい?」

くすくすうふふ、と笑う雲の兄さんは本気だ。

「………わかったよ」

ぱっと手を離した跳ね馬に抱き付いている雪の姫様の肩に手を回したのは雨で、ひょいと雪の姫様を抱え上げると、ゆっくりと口端を釣り上げて弧を描く。

「雪姫、」
「雨、どうするつもりで?」
「もちろん一度別室へ。ソファーじゃあよく眠れないでしょ? そろそろ嵐も来るだろうし」

眠る雪の姫様に頬を寄せてすりよせる雨に苛々しながらも、私はそっとため息を吐いた。
まぁ、雪の姫様の御身がボンゴレの下にあるのならば、それはそれで良い、か。
それに、雪の姫様がぐっすりと眠っているのならば、それはそれで良いのかもしれない。

「良い夢を、」

我らが大空の寵姫。
九代目に一礼をしてから部屋を出た。












はっと目を覚ましたその場所は、私の部屋でもなければさっきまでのティモの病室でもない。
ベッドのサイドテーブルにちょん、と置いてあった時計を見て、ひゅくっと息を飲んだ。

「学校!」

無断欠席は宜しくない!
そう思って身体を起こすと、横から手が伸びてきた。
見慣れた手に、きょと、と目を丸くする。

「雷?」

武器を持つに相応しい大きな手がそっと私の頬を撫でてきた。
その気持ち良さにきゅ、と目を伏せて、頬にある手に手を重ねる。
ふ、と静かに笑った雷を見て、きゅうっと心臓を掴まれたような気がした。───あぁ、うん。滅多に見れない雷の微笑みを見るとときめくのだ。

「学校は気にするな。連絡は入れておいた」
「あ、ありがとう」
「食事は? 食べるのであれば用意させよう」
「食べる」

散々泣いたらお腹空いた、と呟けば、雷の手がそうっと離れていく。
きゅるる、とお腹がタイミングよくなったので、食い意地張ってるなぁ、と苦笑した。
あれ、でも。

「雷、ここ、どこ?」
「病院だ」
「びょ、病院って………」

あれかな、仮眠室ってやつ?
だけど仮眠室って、一般人使えないよね。
あれ? と、首を傾げていると、口元に人差し指を当てた雷が薄く笑った。
───気にするなってことだね。
うんうん、と頷いた私を見て、雷は腰を上げる。
そのタイミングでがちゃ、とドアが開いた。

「姫さま、和食、洋食?」
「和食! って嵐ちゃんまで」
「みぃんな勢揃い、だよ」

顔を覗かせた嵐ちゃんはにこっと笑い返してまたぱたん、とドアを閉めた。
え、それだけ?!
ぽっかーんと口を開けて固まっていると、再びドアが開いた。
しゅ、と衣擦れの音が響き、開けっ放しになっていた口を閉じる。
さら、と白銀の髪が揺れた。

「子雨」
「おはよう、雪姫」
「おはよう」

昨日はスーツだったのに、今日はもう和服に着替えをしていた。
私にとって子雨のイメージは和服なので、スーツよりしっくりくる。
すっと手を挙げれば、子雨はさっきまで雷が座っていた椅子に腰掛け、中途半端に挙げていた私の手を取った。

「傷は?」
「ちゃんと手当てしてもらったよ。心配しないで」

ほら、と裾をめくって足を上げる。
脹ら脛に巻かれた包帯が本当に痛々しいけれど、ちゃんと手当てしたならいいや。

「姫君、目を覚ましたって?」
「雪ちゃん、おはよう?」
「子晴、雲」

ぴょこ、と縦に並んでドアから顔を出した2人に笑みを返す。
すっと裾をさばいて立ち上がった子雨はそのまま私の足元に腰掛けた。
その間にベッドサイドに来ていた子晴の手には薄手のカーディガンが握られており、ぱさり、とそれを肩に掛けてくれる。

「雪ちゃん、おはようは?」
「あ、おはよう、雲。………おはようと言うより、こんにちはの時間だけど」

床に膝を付いて下から見上げてくる雲に笑みを返して、それから1人足りないことに気が付いた。

「子霧は………?」
「こちらに、雪の姫様」

たん、と床に足を付けた音がする。
先ほどまで私に掛けられていた彼のジャケットは、今は彼自身が袖を通していて少しほっとした。
………あれ、子霧、今どこから入ってきた?

「出来上がったよ〜!」

最後の1人が部屋に入ってきた。
トレイを持った嵐ちゃんで、香る匂いは味噌汁のそれ。
あ、美味しそう。
ベッドに取り付けられるテーブルをかちりと設置され、その上に嵐ちゃんお手製の朝食兼昼食が置かれた。
じいっと6人の目がこっちを向く。

「あ、の。食べにくいんだけど」
「気にしないで食べて、姫君」
「そうだよ、雪姫。今更って部分もあるでしょ?」
「今日は奮発したんだよ、姫さま」
「さぁ、雪の姫様。お食事をどうぞ」
「雪ちゃん、次は僕の料理食べてね」
「雪の嬢、今は腹を満たすべきだ」

間髪入れずに順番に言葉を続ける6人に苦笑しながら、箸を取った。
いただきます、と小さく呟き、お味噌汁のお椀に手を伸ばす。
ずず、とお味噌汁をすすり、その美味しさに目を細める。
具はワカメとお豆腐で、暖かくてきゅうっと目を閉じた。

「さすが嵐ちゃん。スッゴい美味しいよ」
「今日の自信作は玉子焼きだよ」
「うん、いただきます」

玉子焼きをぷすりとさして、パクリと口に含んだ。
お砂糖の甘い甘い味が口の中に広がる。
その後ご飯を一口。うん、うまー。

「これからのご予定は?」
「………ティモは、目を覚ましそう?」
「………えぇ、それは、どうでしょう」
「なら、一度家に帰るよ」

鮭をほぐしてその身を口に入れる。
みんなの顔を見たからか、それともこうやって落ち着いて食事しているからか、少し冷静さを取り戻してきた。
うんまぁ、2回もぴーぴー泣いて寝入れば、落ち着くもんだけどさ。

「一度家に帰って、シャワー浴びて着替える。これは重要なんだ」
「はぁ」
「ティモが目を覚ました時、適当に選んだ服なんてイヤ」

ピタッと止まった6人の中で、最初に動き出したのは子霧だった。

「まるで恋する乙女ですね、雪の姫様」

んぐ、とおひたしが喉を通らずに一度詰まったのは言うまでもない。



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