01

頼んだよ、と言われて渡されたのはとてもゴツい指輪だった。
貝と雪の結晶が描かれた、私と謎のオジイサマを繋ぐ指輪。
受け取ってしまったのは私だ。
幼い頃、考えなしに巻き込まれたのは私。
だから今更オジイサマを恨む気持ちなんてない。
ただ、強いて言うなら、あの時オジイサマが言った「来るべき時」っていつなんだろうと、私がこの指輪を手放す時を今か今かと待ちわびているだけ。
指輪の扱いだって覚えた。
家族には内緒の、謎のオジイサマとの手紙のやりとりで、だ。
だから実はほんの少しだけこの指輪を手放すのは惜しいのだけれど、いずれ時が来たら手放さなければならない。
それが、オジイサマとの約束。
オジイサマ───ティモッテオ───言いにくいから私はティモと愛称で呼んでいるけれど、目が滑るような甘ったるい文面から、どうにも食えない人だと思う。
じゃないと五歳の子供にこんな指輪を渡したりはしないだろう。
あれから数年。
首にぶら下がるチェーンに通してある指輪を握り締め、そっとため息。
来るべき時はまだ来てない。
時は過ぎ、私は中学生になっていた。

「ごめんね、今日の入学式行ってあげられなくて」
「いいよ、別に。仕事だから仕方ないし」
「大丈夫だよ、お母さん! 静玖はわたしが見てくるから」
「や、見るほど出番ないから」

入学式なんて名前呼ばれて返事して終わるだけだって。
そう年子の姉である深琴ちゃんに言えば、深琴ちゃんはふるふると首を横に振る。
がしっと私の手を掴んだと思ったら、

「それさえも立派な見せ場なんだから、わたしはしっかり目に焼き付けるよ、静玖!」
「深琴ちゃん………」

さすが自他共に認めるシスコン、と言う言葉はごっくんと飲み込んで、曖昧に笑うと、手を伸ばしてぎゅうと抱きしめられた。
ちょっとコラコラ。離さないと遅れちゃうんですけど、深琴ちゃん?
ぽむぽむとその背中を叩けば、深琴ちゃんはするりと私から手を離した。
よし、それで良いんだよ、深琴ちゃん。

「行こう、深琴ちゃん。遅刻しちゃう」
「そうだね、遅刻したら雲雀くんに咬み殺されちゃうし」

並盛に通う勇気を無くすような台詞をあっさり言うの止めてくれないかな、深琴ちゃん。
遅刻したら殺されちゃうってなに。なんなの。意味わかんない。
中学校で殺される可能性があるってどういうこと? 変だよね、有り得ないよね。

「いってらっしゃい、二人とも」
「行ってきます!」

深琴ちゃんは相変わらず元気なことで。
深琴ちゃんの声にかき消されるように小さく呟いた私にも問題があったのかもしれないけど、二回も三回も言うつもりはないからそのまま出て行く。
並盛へ行く道を深琴ちゃんについていくと、ある交差点で知り合いを見つけた。あちらもこちらに気付いたのか、両手を広げて抱き付いてきた。

「京子ちゃん、了平先輩、おはようございます」
「おはよう、静玖ちゃん、深琴さん」
「おはよう、柚木姉妹」

色素の薄い髪色をした笹川兄妹がにこっと笑う。
私に抱きついたままだった京子ちゃんはゆっくりと離れて、またにこっと笑った。
可愛いなぁ、京子ちゃんは。
ふと隣を見れば、深琴ちゃんと了平先輩が朝から元気に仲良く話している。
あの二人、何が合うのか仲良しなんだよねぇ。まぁ、どうでも良いけど。私にさえ関わらなければ、ね。
深琴ちゃんが誰と仲良くしようと深琴ちゃんの勝手だもんね。

「静玖ちゃん、同じクラスになれたらいいね」
「そうだね。あぁでも、京子ちゃんなら私なんかいなくてもすぐ友達が出来るよ。こんなに可愛いんだから」
「静玖ちゃん………」

もう、と頬を赤くして苦笑する京子ちゃんの手をとって歩き出す。
深琴ちゃんや了平先輩を待ってると絶対入学式に遅れそうだ。
京子ちゃんはそっと後ろを見たけれど、それを無視して歩く。

「いいの、かな」
「仕方ないよ。あの二人待ってたら遅刻しちゃう。その方が大変だよ」
「そうだね」

そう言えばお隣の綱吉には会わなかったけど、綱吉は遅刻しないで来れるのかなぁ。
ちょっと心配だけど、今から家に戻るのも何だしなぁ。

「静玖ちゃん?」
「あぁ、何でもないよ。ちょっと幼なじみが心配なだけ。まぁ、大丈夫だとは思うけど」

制服の下、チェーンにぶら下げた指輪にワイシャツの上から触れる。
そっと指の腹でなぞって、静かに息を吐いた。
綱吉なら大丈夫だろう。
そんな気がする。

「京子、柚木妹、置いていくなんて極限ヒドいぞ」
「お兄ちゃん!」
「本ッ当に静玖は厳しいなぁ、もう」
「深琴ちゃん、」

後ろから走って追い掛けて来たのだろう、二人がぴたっとくっ付いてきた。
や、歩きずらいからね、二人とも。

「よし、学校まで極限競争だ!」
「ぜったい負けないからね、了平!」
「お兄ちゃん、深琴さんまでっ」
走り出した了平先輩を追い掛けるように走る深琴ちゃんをさらに京子ちゃんが追いかけていった。
あぁもう本当に、普通の日だ。
朝から走り回る気はないのでゆっくりと歩いていると、ぼすん、と誰かの鞄がぶつかった。
振り向いた先に居たのはふわふわハニーブロンドの少年。
綱吉、とその名前を呼べば、困ったように下げていた眉をつん、と伸ばした。

「静玖か、良かった」
「本当にね。深琴ちゃんだったら抱き締められてそのまま登校だよ、綱吉」
「ありえそうだからアッサリ言うなよ!」

わぁあん、と叫ぶ綱吉は、女の私と殆ど差がない身長をしているから動いてもこまこましているから小動物っぽい。
その可愛らしさが深琴ちゃんの『お気に入り』に入っている理由だ。
確かに可愛いけれど、深琴ちゃんほど可愛がる理由はない。まぁ、幼なじみとしてはとっても心配だけれど、この子が。
なんかボケボケしてて将来悪徳商売とかアッサリ騙されそうなんだよね。
それまでは私が見守ってあげないと。
直接守るような真似はできないけどね。

「静玖となら同じクラスになっても良いな」
「あぁ、たぶんならないよ。小学校六年間もならなかったんだから」
「………確かに」
「さ、少し急ごうか。遅刻したら元も子もない」
「ん、」

京子ちゃんの手を握りしめたように綱吉の手を取って歩き出した。
綱吉のぱっと染まった頬を無視して、私は空を見上げる。
ティモの手紙の内容からこれから綱吉を待ち受ける試練を知っていても、私は何もできない。
だって私はただ『雪』を持っているだけ。
彼のために出来ることなんかない。
出来たとしても、それこそ見守るだけ。

「綱吉」
「ん?」
「頑張ってね、綱吉」
「何を?!」
「私は関われないからさ」

ただぎゅうっと繋いでいた手を握りしめた。



- 2 -

[×] |main| []
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -