37

コンッ! と大きな鳴き声がして、玄関の入り口で固まった。
え、コン………?

「やっと帰ってきたのか。遅かったな」
「───スカルくん!」

ちょん、と玄関に座っていたスカルくんはすちゃっと片手挙げて挨拶した後、その隣にいた真っ白なそれを改めて私に見せてきた。
ふさふさの、サツマイモのような形の尻尾を9つ持ったそれは、日本では見られないはず。というか現実では有り得ない生き物なはず。

「スカルくん、その子は………」
「スノーフィリア───フィーの相棒だ。volpe a nove codeで、名前は」
「ごめん、もう一回」
「フィーの相棒」
「そこじゃなくて、」
「volpe a nove codeか?」
「う゛ぉるぺあのーう゛ぇこーで」

舌っ足らずに繰り返す。
スカルくんが聞き取りやすく言ってくれたのがありがたい。
えーと、えと。確か。

「………『九尾の狐』?」
「あぁ、そうだ。名前はお前がつけてやれ」
「え?」
「コイツもそれを望んで………お前、何かあったのか?」

ようやく視線が合ったためか、スカルくんが私の顔をまじまじと見てそう呟く。
え、そんなにヒドい顔してるかなぁ。
頬に手を添えて首を傾げると、スカルくんが口を閉ざした。
え、そんなにヒドい顔してる?!

「コンッ」
「う?」

ぴょん、と跳ねた小さな狐───スカルくんよりちょっと大きいぐらい、かな。生物、しかも狐なら有り得ないサイズだ───は私の肩に乗ってぺろりと頬を舐めた。
ひょわ、と妙な声を上げた後、思わずバランスを崩すと、後ろから子霧が肩を抱いて支えてくれる。

「ありがとう、子霧」
「いえ」
「………あのさ、」
「はい」
「お茶の用意頼めるかな。スカルくん、お茶していく時間はあるでしょ?」
「まぁ、少しならな」

ほら、と手を伸ばしてきたスカルくんを右腕に抱えて、小さな九尾の狐を左手で支える。
行儀悪いけれど、ぽいぽいと靴を脱ぎ捨てて家へ上がってそのまま部屋へ直行した。
………あれ?

「スカルくん、深琴ちゃん居なかった?」
「いや、俺が来たときは誰も居なかったぞ?」
「………じゃあどうやって家に入ったのさ、君」

ドアを開けてベッドにスカルくんとお狐様を座らせる。
私は勉強机に備え付けられた椅子を引いて座ると、かぽっとスカルくんはヘルメットを外した。
コン、と小さく鳴いた小さなお狐様はぴょいっと身軽に跳ねて私の膝の上に座る。
え、えぇ? ………まぁ、良いか。

「窓から入ったんだ。どっかの誰かさんがご丁寧に窓の鍵を外していたからな」
「………鍵を開けていたら、誰か来てくれるような気がして」

結局は自分は独りでは寂しいのだ。
だからこうやって小さな事に拘っている。

「それで、何があったんだ?」
「これを預かったんだけれども、これはスノーフィリアさんの、なの?」
「………『白』のおしゃぶり、だな。あぁ、間違い無くそれはフィーのだ」
「私が持っていて良いの? それにこの子だって、本来はスノーフィリアさんのであって───」

私が今手元に得ているモノはすべて、『私以外』の『誰か』のものだ。
『預かる』のなら納得がいく。
でも、今回のスカルくんは違うみたい。
膝の上の小さなお狐様も、だ。

「お前がアルコバレーノになるわけじゃない。それだけは頭に入れておけ」
「うん」
「フィーの私物はな、お前だけが預かれるし、使用できるんだ。わかるな? お前がアイツの『後継者』だからだ」
「………どうしてスノーフィリアさんは私を選んだのかな」

私は、そこら辺にいる普通の中学生で、雲雀先輩みたいに喧嘩が強いわけでも、正一くんみたいに勉強が得意なわけでもない。
しかも最近涙腺が緩い、弱い弱い子供でしかない。
どうせ選ぶなら、もっとこう、選ばれるほどに素晴らしい人にすれば良いのに。

「普通だから、選ばれるんだ」
「え………?」
「選ばれることに理由なんて要らないだろ。選ばれて初めて、『特別』になるんだ。はじめから『特別』な人間なんて居ない」

キュッと口を閉じた。
そうか、確かにスカルくんの言う通りだ。
初めから『特別』なら、選ばれる必要なんてどこにもない。

「それに、『特別』なんて選ばれていない人間が選ばれた人間を畏怖、敬意、嫉妬の感情を込めて呼ぶだけだ。選ばれた人間が自身を『特別』と称することは少ないだろう」
「そういうもの?」
「お前は自分を特別だと思うのか?」
「思わないけど、」
「ならそれが答えだ」

きぱっと答えられては反応に困る。
そんな単純なものなのかな。
でも、確かに私は私を『特別』だなんて思わない。

「選ばれようが選ばれまいが、私は『私』かな。それで良いんだよね、スカルくん」
「あぁ」

スカルくんが頷くと同時にドアがノックされる。
どうぞ、と言えば、トレイを抱えた嵐ちゃんと、ドアを開けた雷がいた。

「今日のおやつはバームクーヘンにしてみたよ」
「ありがとう、嵐ちゃん。………えっと、2人は深琴ちゃんについて何か知ってる?」
「出掛けてくる、と学校から帰ってきて早々に出掛けていったぞ」
「そっか。ありがとう」

テーブルに置かれたアイスティーは細長いグラスに入っている。
秋にはちょっと似合わない涼しさを伴っているけれど、少し頭を冷やしたかったので有り難い。
甘いものを見つけたからか、お狐様はいそいそと立ち上がり、短い四肢をきゅうっと伸ばしてからぴょんとテーブルに乗った。
それからきらきらしい瞳をして私に振り返る。

「食べて良いよ。あぁ、スカルくんの分は駄目だけど、」
「コン」

返事をしてからはむはむとバームクーヘンを食べ始めたお狐様に目を細め、スカルくんもゆっくりとベッドから降りた。

「そう言えば、前提として『私はアルコバレーノにはならない』って言ったけど、スノーフィリアさんはどうなの?」
「あいつは、存在しないアルコバレーノだ」
「………存在しないアルコバレーノ?」
「あぁ。『虹の果て』とも呼ばれるんだ」

小さな手が、小さく細長いグラスをきゅ、と握りしめて持ち上げた。
『虹の果て』………?

「あ、リボ先生が言ってたアレかな。オルトなんとかってヤツ?」
「oltre l'arcobaleno、だな。簡単に言えば『虹の果て』、『虹の彼方』という意味だ」
「で、その『虹の果て』がスノーフィリアさんなの?」
「あぁ」

こくん、と一口アイスティーを飲んだスカルくんはバームクーヘンを一欠片割いて口の中に放り込んだ。
もきゅもきゅとバームクーヘンを噛んだ彼は、更にもう一口アイスティーを飲んで私にむき直す。

「虹の『果て』は目には見えない。だけれど存在はしている。わかるか、この意味」
「………? うんまぁ、何となくわかるけれども、」
「目には見えなくても、存在しているものなんてゴマンとある。その1つがフィーなんだ」
「ふうん?」

い、いまいちよくわからない。
結局、なんなの?

「俺たちアルコバレーノはたった1人でその力を継いでいく。『大空』のアルコバレーノは血脈でその力を継いでいく。そして白………『雪』のアルコバレーノは死した後に後継者を見付けて自身の存在を継いでいく」
「存在を?」
「あぁ。『雪』のアルコバレーノはフィーたった1人だ。いくらフィーが後継者としてお前を選ぼうとも、お前が『スノーフィリア』になるわけじゃない。お前は柚木静玖として、ただ『スノーフィリア』の『存在』を認めてやればいい」
「………それが、『後継者』の真の意味?」

スノーフィリアさんの存在を認める。
それってどういう意味? どうすることが存在を認めていることになるの?
簡単な様で実はとっても難しいことを望まれてない、私。

「そうだ。フィーの名を呼んでやれば良い、それだけで充分だ」
「………うん」
「そしてフィーを受け継ぐと同時に、コイツも継いでやってくれ」

ぺちぺちとスカルくんはお狐様の背を叩いた。
コンッ、と鳴いた お狐様はバームクーヘンでべちゃべちゃに汚れた口元をぺろっと舐める。
あぁ、もう。

「ほら、おいで? 口の周り拭いてあげる」

小さく鳴いてからびょこんと私の膝に帰ってきた。
机の上に置いてあるティッシュボックスからティッシュを数枚抜き取って口の周りを拭う。
うーん、取りにくいなぁ。
ウェットティッシュをもらってきた方が良いかな?

「コンッ!」
「ん?」

お狐様が爆転するとぽんっと軽やかな音が響く。
ころんと膝に転がったのはお狐様ではなく、巷で売ってる円柱の入れ物に入れられているウェットティッシュだ。
なん、え?!

「あぁ、言い忘れてたな。ソイツは変幻自在の九尾の狐なんだ」
「え」
「お前が望んだものに姿を変えるんだ」
「ちょ、君の顔を拭いたいのに君が姿を変えてどうするのっ!」

思わず突っ込みを入れれば、ウェットティッシュになったお狐様はコンッ、とその姿のままに鳴いた。
えぇ、鳴けちゃうの、その姿で。

「ほら、名前を決めてやれ」
「決めるのは構わないけれど、この姿じゃあ………。ほら、戻って?」

そっと円柱に触れれば、ぽむ、と空気が抜けるような音がしてお狐様の姿にすぐ戻った。
きらきら、期待を乗せた目で私を見上げてくる。
そうだなぁ、この子の名前は………。

「リコリスなんてどうかな」
「コン」
「うん、じゃあ今日から君はリコリスだね」
「お前に預けるぞ」
「うん、大事に育てるね」

スカルくんはお狐様………リコリスを預けるためだけに来たらしく、お茶とお茶菓子を平らげたら帰っていった。
残された通常サイズより小さなお狐様は、幸せそうにこん、と鳴く。

その可愛らしさに心を癒されたのはたった数時間だけだった。



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