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「柚木静玖様ですね?」

学校の帰り道、真っ黒な外車から降りてきた目元を隠した女性にそう聞かれ、答える間もなくそのまま車に乗せられてはホテルに拉致られた。
下校時一人で良かったなぁ、と呟く反面、嵐ちゃん達の手を煩わせることになってしまったと反省する。
ふかふかのソファに座らされ、暖かい紅茶を出される。
さらには膝に膝掛けまで掛けられ、どうにも致せり尽くせりだ。

「明日、」
「はい?」
「明日、リング争奪戦が行われます」
「はぁ」
「………申し遅れました。私達はチェルベッロ機関のものです。貴方には何があっても危害はくわえません」

対座していた女性が立ち上がり、深々と頭を下げた。
急展開についていけない私はただ目を白黒させて眉を寄せるだけ。

「あの、チェルベッロさん?」
「チェルベッロは機関名であって個人名ではありません。どうぞお好きにお呼び下さい」
「はぁ。それで、そのリング争奪戦って何のことですか?」

リングって、ボンゴレリングのことだよね?
それなら理解は出来るけれど、争奪戦って、一体誰と誰が?
………綱吉と、誰が?

「ハーフボンゴレリングを受け取った九代目が選んだザンザス様率いる7名と、沢田家光氏が選んだ沢田綱吉氏率いる7名に、真にリングに相応しいのはどちらか、命をかけて証明してもらいます」
「はぁ」
「貴方は参加されますか、雪の姫」
「………私以外に後2人、雪のリングを持つ要素を持つ人がいるんですか?」

綱吉の雪の守護者と、ザンザスさん? の雪の守護者。
少なくとも後2人、『雪』が居るってことだよね。

「いえ。雪の守護者候補は貴方ただ一人です」
「はい?!」
「雪の守護者候補として参加するか、もしくは我々にリングを渡して頂ければ候補を探すよう話をつけることはできますが───」

がつん、と鈍器で後頭部を叩かれたような衝撃を一度受け、きゅっと口を閉じた。
それはつまり、

「私に、綱吉かザンザスさん? どちらかの雪の守護者候補になるか、リングをここに置いて帰るかの三択を選べっていうんですか」
「はい」
「───どれもこれもオコトワリです!!」

だん、とテーブルを強く叩く。
ティーカップソーサーに乗せられたら金色のティースプーンがかしゃんと跳ねた。
それでもチェルベッロの女性達は誰一人として表情を動かさない。
その冷静さに苛立ちを覚え、だけれどそれでは話にならないと頭(かぶり)を振った。

「私のこのリングは、ハーフでなければ与えられたものでもない。私のこれは『預かりもの』。ティモが自身の口から『返せ』と言われない限り、私はこれを自身の首から外すわけにはいかない。ましてや私は、十世(デーチモ)候補者の守護者なんかにはならない。私が守護者になるとしたら、ティモッテオ───ボンゴレ九世(ノーノ)の守護者。私は、その意志を曲げるつもりはない!」

そう。
リボ先生がリングの説明していた時に『ハーフボンゴレリング』に引っかかったのは、私がティモから預かった時、このリングはハーフ───不完全ではなかったからだ。
完成したリングを預かっている以上、私だけの判断でどうこうできるものではない。
今このリングの持ち主は私だけれど、本来の保有者はティモだ。
ティモ本人の意志がなければ、私はこれを外せない。

「流石です、雪の姫」
「………………………はい?」
「貴方はそうでなくてはなりません。自身の意志を、そして大空の意志を尊重できる。それがボンゴレの『雪』ですから」
「はぁ。………? え、つまり私は、試されたというわけですか?」
「はい」

無表情のままに頷かれてさすがに苛立ったので立ち上がったら、頑丈に閉められたら扉の向こう、どぉん! やらどごォん! やら、何かを破壊する音が響いた。
え、なに、何なの………?!
思わず膝掛けを握りしめると、チェルベッロの1人が私の前に立つ。………あ、庇われてる。

「ご無事ですか、雪の姫様!」
「子霧!?」

足で蹴り開けられた扉は吹っ飛び、その影には子霧が武器………サーベル? を構えたまま眩い金色の髪を乱雑に遊ばせて立っていた。
そんな子霧の遠い向こうから放たれたのは今ではあまりお目にかかれない柄の長いモノで、それはテーブルに深々と突き刺さる。
これは、

「雷、雪の姫様に当たったらどうするつもりですか」
「誰が当てるか」
「どうでも良いよ。どいてくれる、霧、雷」

銃口をチェルベッロの人達に向けた嵐ちゃんの目は冷たく冷えている。
ひゅく、と息を飲んで、固く握りしめていた手を解いた。
ソファから立ち上がろうとしたらチェルベッロの人に止められる。
どうして止められたのかわからない。

「その手、退けて頂けますか? 雪の姫様が穢れます」

え、ブチ切れていませんか、子霧さんっ。

「………雪の姫、こちらを」
「はい?」
「貴方のものであって貴方のものではないこれを、お預かり下さい」

ころんと手のひらに転がってきたのは、リボ先生やスカルくんの胸元で輝いていたそれと同じ───白のおしゃぶりだ。
私のであって私のじゃないって、どういうこと………?

「では我々はこれで」
「はぁ」
「雪の嬢!」

恭しく頭を下げたチェルベッロの方々は子霧達を見ることなく居なくなった。
え、え。え?
色々と急展開過ぎてついていけないんだけど。
結局、チェルベッロってなんなの?
この『おしゃぶり』の本当の持ち主は誰なの?

「子霧、雷、嵐ちゃん………」
「雪の姫様、お怪我は?」
「ない。………ないけど、その、仕事増やしてごめんね」
「いや、傍に侍らなかったのはこちらの落ち度だ。申し訳ない」
「姫さま」

きゅ、と抱き付いてきた嵐ちゃんに目を細めて、帰ろう、と3人を促した。
嵐がやってきたことはわかったけれど、やっぱり展開が早くてついていけないし、意味がわからない。

「子霧」
「はい」
「子雨とは連絡ついた? ねぇ、ティモは大丈夫なの?」
「それは───、はい、大丈夫です。貴方のお耳に入れるものは何一つありません」

子霧の一瞬揺れた瞳を問い質すわけにはいかないだろう。
不安なのはみんな一緒。
怖いのもみんな一緒。

「子霧、帰ろう。家に帰ろう」
「はい」

わからない、わからない。
ああやって啖呵をきったけれど、それは本当に正しかったのだろうか。
それとも、いっそのこと渡してしまった方が良かったのだろうか。
───それでも、

(簡単に手放せるほど、軽いものじゃない)

胸元で揺れるリングは、『預かった』もの。
それだけは譲れない。
これが私のものになるのは、ティモの一言あって初めてそうなるのだ。そう、ボンゴレ九代目の一言があってこそ。
でも、そんなティモとの連絡が取れないだなんて、拷問のようだ。

(会いたい、よ)

会ったのはただ一度だけ。
幼い頃の、あの日だけ。
それでもずっと細々と続けてきた小さくても大きな縁。
だからこそ、会いたい。

それが最低の形で現実になるなんて、私は知らないのだった。



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