33

「なんで静玖だけついてったの?」
「は?」

家に帰ってきた途端にそう言われ、思わず眉を寄せて低い声を出してしまった。
玄関で仁王立ちしていた深琴ちゃんも実に不機嫌そうな顔をしている。
なんでそんな顔、私がされなきゃいけないのかな。
私を連れて行く判断をしたのはリボ先生だっつの。

「少年───えっと、バジル君だったっけなぁ? 彼が私のジャケットを握り締めてたからだよ。他意はないでしょうよ」
「ふぅん」
「詳しい事情を聞きたいなら綱吉に聞きなよ。私は知らないし」
「そっか。───そうだよね」

納得したのかにこっと可愛らしい笑みを浮かべた深琴ちゃんはそのまま私に手を伸ばした。

「お帰り、静玖」
「うん、ただいま」

その手をしっかりと握り締めて家へ入る。
深琴ちゃんの真意はわからないけれど、まぁ、良いかな。どうせ聞いたところで答えてくれないだろう。
少しもやもやとした気持ちのまま、その日は終わりを迎えた。
明くる日、学校から帰ってきてから沢田家へ直行。もちろん片手には綱吉、リボ先生へのプレゼントを持って、である。
インターフォンを鳴らせば、出てきたのはお玉片手の奈々ちゃんだった。

「こんにちは、奈々ちゃん。綱吉居る?」
「いらっしゃい、静玖ちゃん。ツッ君はまだ帰ってきてないわよ?」
「そっか。じゃあこれ、渡してもらえるかな。綱吉達の誕生日プレゼント」
「あらあらまぁ、ありがとう」
「あ、重いよ、奈々ちゃん。やっぱり私がリビングまで持ってく」

奈々ちゃんに手渡そうとして、エスプレッソメーカーの重さを思い出した私は、さっと手を引いた。
いけない、いけない。
いくら奈々ちゃんが主婦だと言っても、重たいものは持たせられない。

「うふふ。静玖ちゃんったら相変わらずね」
「え、何が?」
「でもね、静玖ちゃん。私は少女じゃないからそんな気遣い無用よ」
「………でも駄目、私がイヤなんだ。だから奈々ちゃん、私のわがまま聞いて?」

手を伸ばしてきた奈々ちゃんに首を横に振る。
奈々ちゃんは困ったように笑ってからどうぞ、と促してくれた。
靴を脱いでリビングへ行けば、奈々ちゃんの後に続いて見えた私の姿に、ぽわっと頬を緩ませて、それから泣きそうな顔をした少年はささっと目を背ける。
………?

「奈々ちゃん、ここで良いかな?」
「えぇ」
「じゃあ、私帰るね。綱吉とリボ先生に宜しく伝えて」
「───静玖姉!」

踵を返す前に名前を呼ばれ、目を見開いたままに振り返る。
私の名前を呼んだのは先ほど泣きそうに顔を歪めた少年だ。
あれ?
彼とは初対面、だよね?

「えと、私に何か用かな、少年」
「僕………。僕、静玖姉に謝らなきゃいけないことがあるんだ」

少年の声は真剣そのもの。
………ふむ。

「あの僕───」
「まぁ、落ち着こう、少年。奈々ちゃん、オレンジジュースある? 後さ、綱吉の部屋使っていいかな?」
「ジュースは2つね? 今用意するわ」

おろおろとしている少年の頭をぽふぽふと叩いて落ち着かせ、オレンジジュースが並々と注がれたコップの乗ったお盆を持って二階へ上がれば、少年はぱたぱたと走って後ろからついてきた。
慣れたように綱吉の部屋を足で開けて(行儀悪いのはわかってるけど両手塞がってるから仕方ない)、机にお盆を乗せる。
小さなハンモックがあるけれど、あれはきっとリボ先生のものだろたう。

「えと、少年。君が言う通り、私は静玖だけれど、君の名前は?」
「僕はフゥ太。フータ・デッレ・ステッレっていうんだ」

コップを1つ持ってベッドに座れば、フゥ太少年は机の前にちょん、と座った。
フゥ太少年はオレンジジュースの揺れる水面と同じように瞳を揺らして、ゆっくりと顔を上げる。

「静玖姉、僕、」
「うん」
「ツナ兄のランキングを取ってるんだ」
「『ランキング』?」
「そう。僕はランキング星と交信できるから」

え、なにこの子、電波?
眉をきゅ、と寄せたけれど、フゥ太少年は実に真面目な表情をしている。だからきっと、本当に交信できるのかもしれない。
でも、それがどうしたんだろう。

「これ、見て」

そう言って少年が取り出したのはフゥ太少年が抱えるには大きすぎる本。
ぺらりと少年が本を開いたページには綱吉の名前が書いてある。
えぇと、『頼まれたら断れないランキング』?

「フゥ太少年、これは?」
「ランキングブックだよ。僕がランキング星と交信して順位付けしたものなんだ」
「ふぅん。それでね、ここ、見て」

フゥ太少年手書きの小さな記載。
えぇと、『ツナ兄の信頼ランキング』………?
そう題されているそれには、私のフルネームだけが記載されていて、実にシンプルだ。
………あれ?
他のランキングは長く順位がつらつらと書いてあるのに、これは私だけ。
おかしくない?

「ランキング星と交信する前に、深琴姉が静玖姉の名前を言ったんだ。僕、それを素直に書いちゃったんだよ」
「………ランキング星と交信してないものは書いちゃいけないの?」
「そんなことはないけど………」

そっと自身が書いたそれをなぞるフゥ太少年の指は少し震えている。
フゥ太少年は少年らしくない表情を顔に乗せて苦痛に顔を歪めた。

「僕が何も考えずに、ここに静玖姉の名前を書いちゃったから、静玖姉は六道骸に狙われちゃったんだ」

………ん?

「これが狙われることなんて沢山あって、それから守ってもらうためにツナ兄の所に来たのに………。今までだってこれが悪用される可能性は沢山あった! それなのに僕は───」
「はい、ちょっと待った、フゥ太少年」

彼の口に指二本添えて黙らせる。
フゥ太少年はきょとん、と目を丸くして私を見ていた。
縋るような目をするフゥ太少年に、にこっと笑う。

「まずはじめに、ロクドウムクロさんって誰?」
「え」
「私の知り合いにそんな名前の人は居ないし、」
「え」
「だからちょっとフゥ太少年が何を言いたいのかわからないんだけれど」

と、首を傾げて言えば、フゥ太少年はぽかん、と口を開けて固まった。
あれ、もしかして。

「君は、私が巻き込まれたかも、っていう不安と心配をずっと抱(いだ)いていたの?」
「っ───!!」
「そっか………」

この小さな身体に、見知らぬ人間を自らの浅はかさで何か事件に巻き込んでしまったという不安と、その人間の安否の心配を抱えていただなんて。
俯いて縮こまるフゥ太少年に手を伸ばしてぎゅうと抱きしめる。

「君のそれは杞憂だよ。現に私は君を抱きしめられるほど元気だ」
「でも、僕っ」
「良かったね。1つ教訓になった」

ビクッと肩を揺らす。
そうだね、今のは嫌味ったらしいね。
でもそうじゃないと、聞く耳持ってもらえにないから。
『君は悪くない』って言葉は簡単に口に出来るけど、それじゃあ彼は納得しないだろう。

「自分の浅はかさも何もかも理解した。君のたった小さな行動で他人にどういう影響を与えるか理解した。それって過ちを犯さなければわからないことだよねぇ」
「静玖姉は、僕を怒らないの?」
「私が君を怒らなきゃいけない要素はないよ?」

だって私は何の被害も受けてないし。
フゥ太少年を許す許さないの判断を下すのは私じゃないはずだ。

「綱吉にも言えなかったんじゃない?」
「ツナ兄は、広い意味で僕を許してくれたよ。『一緒に帰ろう』って、言ってくれた」
「うん」
「だからこそ言えなかった! 今更言える筈がなかった! だって次は許してもらえないかもしれないっ。僕、僕っ、そんなの、耐えられない………!」

わっと火が付いたように泣き出したフゥ太少年の背中をぽんぽんと叩いて、彼が落ち着くまで待つ。
ひく、ひく、と喉を鳴らして泣きじゃくるフゥ太少年は本当にただの小さな少年だ。
数分の後、ゆっくりとフゥ太少年が顔を上げる。
瞳は確かに涙で濡れているけれど、彼はしっかりと顔を上げて私の目を見た。

「ありがとう、静玖姉。僕、もう間違えない。僕が持ってる能力(ちから)を悪用されないよう、強くなる」
「泣いた後に決意を言えるならイイ男に育つかもね、フゥ太少年」
「そうかな───そうだね、そうだとイイなぁ」

そう言って涙を拭うフゥ太少年が、10年後本当に『イイ男』になるだなんて、この時はまだ知らない事実だった。



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