リボーンとの修行を終えて家に帰れば、見慣れない紙袋がでん! と腰を据えて鎮座坐していた。
あれ、昨日の朝あったかなぁ………?
「ツッ君、それ、静玖ちゃんからよ」
「え?!」
「ツッ君とリボーンちゃんの誕生日プレゼントだって」
マメよねぇ、と笑う母さんに、俺はきゅっと口を閉じて感動した。
あぁもう、静玖ってば本当に………!
「開けていいかな、リボーン」
「あぁ、開けてみろ」
俺とリボーン宛てなので一応リボーンにも了解をとってから紙袋を抱えた。
お、重っ。
「あ、これ」
「エスプレッソメーカーじゃねぇか! こりゃあお返しは三倍返しだな」
紙袋が重たかったのはリボーンが頼んだエスプレッソメーカーだ。
あぁもう相当お財布空っぽにしたな、アイツ。
そんなに気を遣わなくても良かったのに。
「………マグカップ?」
「ほう」
「2つある。小さい方がリボーンのだね」
「本当にマメだな………。三倍返しじゃたりねーな」
人の肩に座ってそうため息を吐いたリボーンに、俺は苦笑する。
かざり、と紙袋の底に小さな袋が入っていたのでそれを拾い上げると、それは手のひらに収まるぐらいのものだった。
「お前宛てじゃあねーか?」
「え、なんで?」
「エスプレッソメーカーとマグカップでオレは二個だ。だったらお前も二個だろうが、このダメツナ」
とん、と俺の肩を蹴って地に足を着けたリボーンは、静玖からプレゼントされたそれを大切に抱いて母さんの元へ。
何か淹れてもらうのかな。
袋をぴっと開けると中から銀のプレートが出てきた。
何、これ。
手のひらの半分もない大きさのそれには長めのチェーンがついている。
「え、何これ。どうしろってのさ」
きらきらと手の内で輝くそれを見て、思わず握りしめた。
「母さん、俺、ちょっと行ってくる」
「静玖ちゃんのところ? ちゃんとお礼を言うのよ」
「うん」
わかってる、と呟いて、修行でちょっと痛む背中を無視して玄関を出た。
お隣さんの静玖の部屋を見れば、まだ電気が付いてる。
ピンポーン、と控えめにインターフォンを鳴らして待てば、がちゃりと玄関のドアが開く。
居たのは静玖でも深琴でもなく、全く見知らぬ、ディーノさんとはまた違ったタイプの目映い金髪の男の人だった。
「あの、遅くにすみません」
「えぇ、全く」
にっこりと笑みを浮かべたままに肯定され、ふるりと肩を揺らす。
こ、この人怖ぇー。
「あの、静玖、起きてますか?」
「深琴お嬢様ではなく?」
「静玖です」
ってか『お嬢様』ってなんだよ!
静玖ン家(ち)ってそんなに金持ちだったっけ?!
いや、俺の記憶が正しければ普通だったはず。
「少々お待ちを」
「───子霧? 何やってんのさ、玄関で」
「あ、静玖」
「綱吉?」
金髪の男の人の向こう側に見えた静玖は、秋に着るにはまだ早いだろう厚手のジャケットをしっかりと着こなしていた。
そんなに寒いかなぁ。
「どうしたの、綱吉。こんな時間に」
「今から出掛けて大丈夫?」
「うん、平気だけど」
「静玖お嬢様、」
「大丈夫、心配しないで」
自分よりはるかに背の高い相手の頭を背伸びして撫でた。
ぴたっと身体の動きを止めた男の人はそのまま静玖を見送り、静玖は後ろ手にドアを閉めてため息を一つ。
「彼は?」
「お手伝いさん。もう一人女の子もちゃんと居るんだ」
「それ、おばさんが?」
「そう、お母さんが」
苦笑して頷いた静玖に、握りしめていた手を開いた。
今日の目的を忘れちゃいけない。
「静玖、これなんだけど」
「うん?」
「あ、その前に。誕生日プレゼント、ありがとう。リボーンも喜んでたよ」
「それは良かった」
安心したように笑う静玖に俺も笑みを返して、静玖の手にプレートを渡した。
手のひらに収まるそれを静玖はゆっくりと指の腹で撫でて、人差し指にチェーンを掛ける。
「要らなかった?」
「そうじゃなくて、これ、どうしたら良いのかなって」
「首に掛けても腰に掛けても良いんだよ。ほら、頭下げて」
ん、と短く返して頭を少し下げれば、ゆっくりとそれを首に掛けられた。
きん、と金属の音が響いて、俺ははっとする。
そうだ、この首には───。
「結局渡されちゃったんだね、」
「え?」
「それでしょ? 件のリング」
「うん。………気が付いたら掛けられてたんだ」
こつん、と静玖の肩に額を乗せる。
少しきょとりとしていたけれど、静玖は俺の背をぽふぽふと叩いてきた。
───怖いよ。
怖いよ、静玖。
俺、怖いんだ。
でもそれでも、俺が逃げたら駄目なんだ。
「ねぇ、綱吉。私は今、君がどういう立場に立たされてるかわかんない。だから気安く『綱吉なら大丈夫』なんて言いたくない」
「っ───」
「だから、逃げ出したくなったら私の所へ来るといいよ」
少しは気分転換になるでしょ、と当たり前のように声を掛けてくれる。
そう、だね。
俺の宿り木はここにあるんだ。
「まだ何も始まってないのに怖がっても仕方ないか」
「じゃあ始まったら更に怖がるんだ」
「ちょ、静玖っ」
「でも良いじゃない、綱吉」
「何が、」
「『逃げたい』って思うことも、『怖い』と思うことも悪いことじゃない。でしょ?」
すとん、と胸の奥に静玖の言葉が落ちていく。
ゆっくりと額を離せば、静玖はにっこりと笑っていた。
いつもの静玖の笑みだ。
俺を安心させる、静玖の笑み。
───大丈夫。
俺は平気。
静玖がここにいるなら。
静玖がここで手を広げて待っていてくれるなら。
「静玖って本当に」
「なに」
「いや、いいや」
なんだかとっても恥ずかしいことを口走りそうで、不思議そうに首を傾げる静玖に押し黙る。
あんまり恥ずかしいことは言いたくない。
「何さ、綱吉」
「何でもないって。もう良いんだ」
「ふうん?」
「ありがとう」
「んー? うん」
よくわかってないようで、だけれど当たり前のように頷いてくれる静玖に、俺は安堵する。
甘えてるのはわかってる。
だけれどこれは深琴やリボーンでは与えてもらえない安心感だ。
「ふえっくしゅ!」
「もう遅いから帰らないと。………綱吉、」
「ん?」
「身体は大切にね」
「───うん」
最後に一度、手を握り合う。
静玖が俺に何を隠していたとしても、俺が静玖に隠していることがバレても、この手は手放せない。
何があっても、それが俺の『真実』だ。