24

深い眠りに落ちた私に手を差し出したのはあの時の、あの謎の夢を見た時のお兄さんだった。
男の人の大きな手に手を重ねて、その暗闇にふわりと落ちる。
浮いたような感覚に顔を歪めると、お兄さんは林檎色の唇をうっすらと開いて淡く笑った。
頭の天辺からゆっくりと足先までを見つめる。
その途中、レースに包まれた首を見る。
なだらかな肌の途中にぽこりと浮き出る喉仏。
あぁやっぱりいくら妖艶でもこの人は「お兄さん」なんだ。

「君は、だれ?」
お前の魂の欠片だよ
「………? わからないんだけど、」

口はちゃんと動いているのに、全く聞き取れない。
気になる。
物凄く気になるのに読唇術なんて心得てない私にはお兄さんがなんて言ってるかわかる術はない。
不満に口を尖らせれば、お兄さんは喉をくつくつ鳴らして楽しそうに笑った。
子供扱いをされているようでムッと頬を膨らませるけれど、その行為がそもそも子供っぽいと気付いて、やめた。
それすらも子供っぽく思えて、少し深いため息。

俺はお前の前世じゃない。だから俺に囚われることなく好きに生きろ
「?」
おいで

握られていた手を引っ張られて、お兄さんの胸にダイブする。
頭上でぱしん、と乾いた音を聞いて、それから顔を上げた。
お兄さんの左手には蛇がいて、捕まれた蛇はうねうねと身体を揺らしている。

「───おいたが過ぎたようだ」

思ったよりも低い声が響いて、私はびくりと肩を揺らした。
どうして声が聞こえるようになったのかも謎だけれど、それ以前になんで彼が蛇を掴んでいるかが気になるし、何よりこの体勢は恥ずかしい。
そう思うのにいつの間にか手ではなく肩に回っていたお兄さんの手は思いの外力強く、私にはどうすることも出来なかった。

「あの、」
「夢の逢瀬の覗き見なんて趣味が悪いようだ。せっかく若いのに勿体無い」
「えと、」
「この子に目を付けたことは誉めてやるが、それ以上は頂けないな」
「あの、」
「生き急ぐとロクなことにはならないぞ、若人」

いや、だから!
私と視線を合わせず暗い空を睨んで言うお兄さんは仰々しい顔をしている。怖い。正直怖いですよ、お兄さん。
そんな私に気付いたのか、お兄さんはそっと下を向いて私を見たかと思えば、ふんわりと性別を疑わせるような輝かしい笑みを浮かべた。
そして肩に回っていた手から力を抜いてぽむぽむと叩いてきた。

「大丈夫だ。この『夢』は誰にも侵させない」
「ふへ」
「さぁ、お目覚め。お前がまた逃げたくなったらここへ来るといい」
「ふお」

かぷ、と鼻の頭を軽くかじられて変な声が口から漏れる。
くす、と笑ったお兄さんは蛇を野球選手もびっくりな速さで投げ捨て、私を抱きしめた。

「俺の名前はスカルに聞くといい」
「っ、私は」
「───静玖、だろう? 知っているよ。だってお前は、俺が選んだ俺だけの後継者だから」

ぱちっと目が覚めた。
そこはやっぱり私の部屋で、スカルくんは思いの外早く起きた私にぽかんとしていた。

「静玖………?」
「おはよう、スカルくん」

呆けるスカルくんに微笑めば、しゃり、と手の内で何かが鳴いた。
ぱちっと目を見開いてまじまじと見ると、それはどこかで見たことがある銀細工だった。
そうだ、これ───。

「預かったのか、スノーフィリアから」
「スノー、フィリア………?」
「白髪の男だ。会ったこと、あるだろう?」
「あ、」

そうだ。
夢のお兄さんが身に付けていた銀細工だ。
細かい花が散りばめられていて、銀の玉がぶら下がっている。
これ、なんの花がモチーフなんだろう。

「ねぇ、スカルくん。スノーフィリアさんって、私に何の関係がある人なの?」
「お前を後継者に選んだ者」
「えと、具体的にどうぞ」
「………もう、死んだ人間だ」

驚愕に目を見開いた私の手の内で、再び髪飾りがしゃらりと鳴いた。
え、え、えぇ?
どういう事。あのお兄さん、死んでるの?
え、でもだって触れられたのに。

「え、どういう事? 駄目だ、意味がわからない」
「亡くなってなきゃ、後継者は選べないだろ」
「その前提が意味わからないんだけど」
「仕方ないだろ。そういう『呪い』なんだから」
「は?」
「詳しくは本人に聞けっ」

少しむくれたように言い切ったスカルくんは私の手から髪飾りを奪って背に回った。
何をされるのかと思いきや、小さな手で器用に髪を結い上げ、さくっと髪飾りを挿す。
首を横に振れば、しゃりしゃりと銀の玉が鳴り響いた。

「スカルくん」
「これでお前は正式な後継者だ。───まぁ、特にすることもないんだが」
「ないの?」
「ない」

前に戻ってきてうんと頷いたスカルくんはやっぱり真剣な顔をしていたから、それは本当らしい。
特にすることもないって………。
それに結局スノーフィリアさんが何者なのかもわからないし。
あぁ、また眠くなってきた。
せっかくスカルくんが結い上げてくれたけれど、そう、勿体無いと思いながらも髪飾りを外した。
しゅ、と髪が首に掛かる。

「静玖? スノーフィリアの話、気持ち悪かったか?」
「ううん、そうじゃなくて。───そうじゃなくて、ただそう、眠いだけだよ」
「寝るか?」
「うん、寝るよ、眠いんだ。ねぇ、スカルくん。傍に居て」
「………あぁ」

すっぽりとスカルくんと髪飾りを抱いて目を閉じた。

脳裏に、蛇を片手に大口開けて笑うスノーフィリアさんの姿が映り、私はゆるく微笑んだ。



- 25 -

[] |main| []
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -