25

並盛襲撃事件から二週間。
もう並盛の生徒が襲われるだなんていう由々しき事態はなくなった。
さすが雲雀先輩! 怖いから近付かないけど、と思っていたらくすくすと笑う深琴ちゃんに訂正された。

「………え?」
「だから、骸───黒曜の親玉を倒したのはツーちゃんだってば」

膝が崩れた。
ぼすん、とソファーに座り込むと、静玖? と深琴ちゃんに顔をのぞき込まれた。
なにそれ。なにそれっ!

「なんで深琴ちゃんがそんなこと知ってるわけ?!」
「なんでって、」
「まさか自分から危険なことに首突っ込んでるの?」
「それは………。でもツーちゃんが居るから大丈夫だよ」

無責任な深琴ちゃんの発言に苛っとした。
何を根拠に綱吉が居れば大丈夫なの?!
綱吉が最終的に守ってくれるから? そんなの、綱吉の負担になるだけなのに。
綱吉は、私が知ってる綱吉なら、たぶんきっと深琴ちゃんを助けるだろうね。だって綱吉は優しいもの。
だけど、

「深琴ちゃんは何がしたいの?」
「ツーちゃんの傍に居たいだけ」
「そ、か」

深琴ちゃんには、不安がないみたいだ。
綱吉に迷惑が掛かるんじゃないかって、綱吉の負担になるんじゃないかって。
少し羨ましいけれど、私にはそういうことは出来ないから。

「綱吉が、可哀想だよ」
「静玖?」
「深琴ちゃんが関わることでもしそれが綱吉の負担になるのなら、綱吉任せの深琴ちゃんは無責任だ」

口からポロリと零れた言葉に、私は眉を寄せた。
深琴ちゃんを傷付けるってわかってはいたけれど、言わなくてはならない。
目を丸く見開いた深琴ちゃんはそのまま固まって、それから何も言わなくなった。

「ごめん、頭冷やしてくる」

足に力を入れて立ち上がり、深琴ちゃんの脇を通って家を出た。
九月下旬に入ってもまだ日差しは暑く、空を見上げて目を細める。
やっぱり姉妹といっても考え方は違うんだなと冷静に考えて、とぼとぼと歩き出す。
うう、言わなきゃよかった。

「静玖ちゃん………?」
「へ? あ、正一くん」
「やっぱり静玖ちゃんだ。なんかちょっと哀愁漂ってるけど、」

後ろから声を掛けてきたのは正一くんで、その手にはコンビニのビニール袋が握られている。
ちょっと距離があったから二、三歩彼に近付けば、正一くんはにこりと笑った。

「公園、行く?」
「行く」

即答の私にくすくすと笑った正一くんは空いている手を私に伸ばしてきた。
え、握るの………?

「だ、大丈夫だよ、正一くん。心配してくれてありがとう」
「そう?」
「うん」

綱吉の時みたいに私がその手を引いて歩くのなら恥ずかしくはないけれど、私が手を引かれて歩くのは恥ずかしい。
なんだろう、何か、違う気がする。

「静玖ちゃん」
「うん?」
「無理しないでほしいな。そりゃあ僕じゃ、力になれることなんて少ないかもしれないけど、少しでもいいから、頼ってほしいよ。だって僕たち、」

友達じゃないか、と言った正一くんに泣きそうになる。
そうだよね。友達なのは、綱吉だけじゃない。
それなのに私、どうしてこんなにも綱吉にこだわっているんだろう。

「正一くん………」
「わ、ちょ、静玖ちゃん」

ぼたぼたと涙を零す私に焦った正一くんはその手を慌ただしく動かして、ぼた、という鈍い音がした。

「え?」
「え───あ」

正一くんが持っていた袋が落ちて、中身が出てしまった。

「………ふ、」
「あ、静玖ちゃ」
「ふふふ、」
「ちょ、ちょっと静玖ちゃん!」
「あははは!」

声を上げて笑う私に、正一くんはさらに慌てて、それがなんだかとてもおかしかった。

「正一くん、ありがとう」
「え、いや、静玖ちゃん。僕まだ何もしてないけど」
「うん。でも充分だよ」

アイス、駄目になっちゃったね、と呟けば、正一くんは短くそうだね、と言葉を返してきた。
アイス、アイス………。
あ、

「買いに行こう」
「え?」
「アイス!」

落ちてしまったビニール袋を拾って、反対の手で正一くんの手を握った。
ずり落ちた眼鏡を直しながら正一くんが私の後ろを走る。
あ、財布ない!

「やば。家、帰らなきゃ」
「静玖ちゃん?!」
「財布ない」
「いいよ。行こう」

引いていた手は逆に引かれる形になって、走る。
わ、と短く声を漏らして、それから声高に笑った。
あぁ、あの鬱なる気分とはおさらばだ。
近場のコンビニまで走って、落ちてしまったアイスをゴミ箱に捨てた。
顎を伝う汗を手の甲で拭って、クーラーの効いたコンビニに入る。
は、っと短く息を切って、隣を見れば、正一くんは苦い顔をしていた。

「疲れたね」
「うん、疲れた」

繋いでいた手を離せば、後ろからくんっと服の裾を引かれた。
後ろを振り向けば、可愛い可愛い少年が私を見上げている。
じぃっと、ただ一途に私を見ていた。

「えと。どうかしたの、君」
「夢よりも現の方が逢いやすいってどういう護衛方法なんですか」
「は?」
「静玖ちゃん、知り合い?」
「いや、全くの赤の他人だけど………」

隣に居た正一くんに首を横に振って答えると、小さな小さな子は裾から手を離したと思ったら私の両手を掴み、ぐいっと手を引っ張った。
ちゅ、と可愛らしい音がしたのは私の右頬で、正一くんからは悲鳴にならない声がする。
………?!

「今度は『僕』と会いましょうね。静玖さん」

だ れ だ 、き み は 。
こてん、と正一くんの肩に頭を預ければ、少年は目の前から去っていった。
あぁ、もうコンビニ二度と来れない。
顔を真っ赤にしたまま、新しくアイスを買った正一くんに手を引かれてコンビニを出た。
頭を冷やすために家を出たのに、火照るばかりの頬に私はぎゅうと繋いだ手に力を込める。

遠くない未来、私は彼と手を離さなければならなくなる事を、未だに知らない。



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