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「雪さん、雪さん」

フランが彼らしくない声を出しながら静玖さんの背に触れる。獄寺隼人に至ってはどう動いていいかわからないと言わんばかりに、目を大きく見開き、ただ黙って静玖さんを見ている。
顔を伏せたまま血を吐く静玖さんに、背筋が冷えた。
自分が傷付くのは構わない。自分以外が傷付いたって構わない。
でも彼女は違う。彼女は違うだろう。どうして彼女が、血を吐くのだ。

「雪さん」
「ッ―――、は、はは、えぇ、なんですか………。げほ、」
「吐ききってください、その方が良い」
「んッ、うぅ、うん、大丈夫。大丈夫です、骸君」

ゆっくりと身体を起こして、顎を伝う血をぐいと手の甲で拭った静玖さんは、困ったように眉を寄せて、

「知られたくなかったなぁ」

なんて呟くものだから、思わず彼女の腕を引いた。膝を付いて、その幼い身体を無理矢理抱き込んだ。

「うぷ、」
「君は………! 君はなんて馬鹿なことを!!」

この時代の静玖さんも華奢で頼りないけれど、幼さを残した彼女はより一層頼りなく、そして何より彼女には血の赤なんてとても似合わない。
似合うはずがないのだ。
細い身体をきつくきつく抱きしめる。血がついたって構いはしない。

「どうして君はそう、自分を放っておくんですか! 馬鹿ですか、馬鹿ですね、だから君はッ………!」
「骸君?」
「君のソレが今の『君』に近付くのだと何故わからない!」

自分を切り捨て、特別死ぬ気はないがまぁうっかり死んでしまっても良いだなんて、自分に対して投げやりな考えを持つ『自分』になると、なぜわからない!

「あ」
「『あ』では無いんですよ、あぁもう、君は本当に馬鹿だ!」

僕の腕の中で、静玖さんは身動ぐことなく大人しくしている。先程フランに触れられて嫌がっていたのが嘘みたいだ。
忌々しげにこちらを見ている獄寺隼人など気にしていられない。
後ろの方でこちらを伺っている犬や千種もこの際無視だ。
それこそ、師匠ズルいですー、とか言っているフランなど、もっと無視するべきである。
腰に回した腕に力を込めれば、うぐ、と情けない悲鳴が上がった。

「雪さん、雪さん、これで血を拭いてください」
「んぐ」
「フラン」
「師匠ばっかりずるいですー。ミーだって雪さんとは仲良しですよ」

ひょいと軽やかな足取りで、どこから出したかわからないタオルを差し出しながら近付いてきたフランに僅かに怯えた静玖さんが、腕の中で身動いだ。
きゅ、と刀を持っていない、血にまみれた手が僕のジャケットを掴んだが、それはどうでも良かった。
―――随分と、フランに怯えている。
初対面の相手と言えど、こんなに怯えるものだろうか。
僕に会ったときも、この時代の静玖さんにフランを会わせたときも、ここまでの警戒心は持っていなかったはずだが。

「フランさん」
「むー、『フラン君』です」
「フラン君、」
「はい、そうです。どうしたんですか、雪さん」
「タオル、ありがとうございます」
「敬語は駄目です、無しです、雪さんがミーに敬語使ってはなりませーん。なんてったって、ミーよりずっと、貴方の方が立場が上なんですから」

フランからタオルを受け取りつつ、彼から逃げるように身体をひねる。
そっと腕を解けば、彼女はててて、と血を吐いたわりには軽やかな足取りでタオルと刀を片手ずつに持ちつつまた獄寺隼人の後ろに隠れた。

「なんだよ、どうした」
「なんか、なんか、ごめんなさい。なんかわかんないけど、怖い」

静玖さんの視線はフランへと向いている。
ショックを受けたような顔を作るフランの頭を槍の柄でぶん殴っておく。
危機感やら警戒心やらその他諸々自衛に必要なもののなんやかんやをどこかに捨ててきたようなタイプの静玖さんに警戒されるとは………、どうなのでしょう、この弟子。

「ミーは怖いものではありませんよ?」
「なんていうか、うぅんと、えぇと、」
「表情が胡散臭ぇ。後、骸と一緒に行動してっとこも胡散臭ぇ」
「それー! あ、いや、骸君と一緒なのは気にならないけど、あの、えぇと、」

ちら、と静玖さんの視線がフランのコートを見て、未だに血が薄っすらと付いた唇を噛み締めた。

「ごめんなさい、なんかちょっと………こわい」

そう言い終えてから、口元にタオルを当ててこほこほと咳を繰り返す静玖さんに、思わず視線を鋭くさせてしまった。

「静玖」
「けほこほっ、はぁ………」
「そんな状況だったらもっと早く言え」
「でもだって、綱吉がいる時には言えないよ」
「はぁ?」
「今の綱吉に、これは見せられない。綱吉には絶対に言えない」
「………………十代目に言えなくても、他のやつに言えば良かったんだよ」
「………ごめんね?」

ぱちぱちと目を瞬かせた静玖さんは、そのまま獄寺隼人と随分と近い距離で会話している。
………………おや。
いや、もっと早くに気が付くべきだった。
この時代の『静玖さん』は、獄寺隼人を名前で呼んでなどいない。
知らない間に、随分と交流を深めたようで。
はぁ、とため息を吐いて柄で血を叩く。
服に僅かに飛んだ血を隠すように幻術を纏わせれば、静玖さんの視線がこちらに飛んだ。
あぁ、キラキラと輝かせてこちらを見ない。そんな純粋な瞳をこちらに向けるんじゃない!

「ありがとうございます、骸君!」

獄寺隼人の後ろ、フランから逃げるようにしている癖に、どうして僕にはそんな笑顔を向けられるんだ、君は!!
八つ当たりのような感想を抱いて、また深くため息を吐いた。








「話を戻しましょう」

こほん、と咳払いをした骸君を見上げていると、彼はふいと視線を空へと向けた。
その先は、ザンザスさんたちが戦ってる方だった。
うぅ、まだちょっと胃の辺りというか、食道辺りがもやもやする。

「話を戻すってなんだよ」
「あれを追う、という話ですよ」

隼人君が聞けば、骸君はさらりと答えてくれた。
あぁ、骸君たちが来る前にしてたところにまで戻るのか。………待って、知ってるってことは骸君、聞いてたのかな。
まぁ、それぐらいやってそうではいるけれども。
そういえば、リュックどこに行っちゃったんだろう。あの中に水入ってたのに。ちょっと嗽したい。気持ち悪いな、口の中。
たぶんきっと真っ赤であろう口を隠すようにフラン君に渡されたタオルで口元に当てる。
ちょっと人に見せられるものではない。
それに、たまに突き刺さるような骸君の視線が気になる。怖くはないのだけれど、何を気にしているのだろうか。

「まぁ、追うのは構いません。必要なことでしょう。が、僕に少し時間をください」
「理由は?」
「簡単な話ですよ。………あちらの力量を見ます。それと僕のウォーミングアップですね。些か長く寝ていたものですから」

左右色の違う瞳を細める骸君に、楽しそうだなぁ、なんて場違いな感想を抱きながら、まだ続く咳に悪戦苦闘していた。
噎せながら考えるのは、骸君のこと。骸君のことをよく知っているかと問われれば、間違いなく良くは知らないのだけれど、でもなんか、楽しそうだ。
………長く寝ていたってどういうことだろう。まぁ、今は気にしなくてもいいかな。
ちらっと骸君を見れば、小首を傾げながら微笑みが返ってくる。踊るように揺れる結ばれた長い髪になんでかどきりと心臓が高鳴った。

「千種」
「はい」

ポンポンの付いた帽子を被った千種さんが、私の前へとやってきた。
片手にはリュックを、もう片手はフラン君を抑えてるように頭を掴んでいる。
―――あっ。

「リュック!!!」

どっか行っちゃってたリュック! 私の、水とか入ってるやつ!!!
わあい、と口からタオルを離すことなく顔を上げて千種さんを見れば、呆れたような、残念なものを見るような、そんな冷たい目をして私を見ていた。
な、なんで。

「はぁ、やっぱり静玖のだったか」
「ですです。ありがとうございます」

リュックを受け取ったは良いのだけれど、人前で嗽するのもあれなので、ちょっと離れてもいいか隼人君に確認すれば、後ろ向けば良いだろ、と簡潔に返ってきた。
そうなんだけど、うぅんと、やっぱりちょっと離れようかな。
立ち上がって、片手でリュックを持ってちょっとだけ隼人君から離れてしゃがみ込む。
そんな私の後ろを千種さんが付いてきたので、そのままにして、口からタオルを離した。
リュックの中身を漁れば、まだ未開封のペットボトルがあったので、それを開けようとすれば、すっと隣から手が伸びてきた。
ぱきり、と音を立てて蓋が回されたそれを、千種さんが無表情のままにこちらに差し出してくる。
口の中に血が残っていたら嫌なので、ぺこり、と頭を下げてからそれに口付ける。

(ぬるい………)

いや、我儘は言えない。
少しだけ口に含んで、嗽をする。そろっと顔を背けてぺしゃ、と吐き出せば、透明だった水が僅かに赤く染まっていた。
それを幾度か繰り返して、水に色がつかなくなった頃、ふぅ、とようやく一息吐いた。
理由がわからないから説明しにくいんだよね、これ。一応まだまだ健康体のつもりだし。
現状が現状だから、あまり深く突っ込まないでくれてるの、とても有り難い。
………………あぁ、そう言えば。

「千種さん、千種さん」
「なに」
「骸君、なんかピリピリしてます? あの、戦う前だからとかじゃなくて、うぅんと、私の一挙手一投足、気にし過ぎてませんか?」
「………………少し前、白蘭の部下に憑依していたって話、覚えてる?」
「うん? はい。えぇと、白蘭がそんなこと言ってましたよね?」
「そういうことだよ」

どういうことかな?!
面倒くさそうに顔をしかめた千種さんに、はぁ、と深いため息を吐かれた。
えぇ、なんで。

「お前はどこに居たの?」
「え?」
「あぁ、違う。この時代のお前は、ボンゴレに合流する前、どこに居たの」
「えっと、ミルフィオー………………、え? 待って? それってつまり、骸君の潜入の時期と、この時代の私がミルフィオーレに居た時期とが」
「重なってる」
「わぁあ、ご迷惑おかけしました?!」

この時代の『私』がごめんなさい!! と、リュックもタオルも投げ捨てて骸君の傍へ行って頭を下げれば、ぽんぽんと優しく頭を叩かれた。

本当に、迷惑しか掛けてないのではないかという疑惑だけが膨れ上がっていくのだった。



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