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骸君がちょっとと言うか、たぶんこれ、隼人君の反応からするにだいぶ私に甘い反応をしているだろうそれを受け入れつつ、とにかく戦ってるザンザスさんたちに近づくことになった。
相手に優越感を持たせつつ、あちらの力量を計り、尚且、骸君のウォーミングアップを済ませ、更には一旦戦ってるみんなに束の間の休息を与えるという、なんていうか、一石二鳥というか、諸々美味しいところで食べられるものならばあらもこれも食べていこう、みたいな感じの、頭の良い人が考えそうなものである。私では考えつかないな。
けほこほ、とちょっと収まらない咳をしつつ、ちょっと草臥れたリュックを背負った。
んん、ちょっと息苦しいかな。なんでだろう。やっぱり吐いたから? いや、吐いたことと息苦しさは別だよね。

「………うん?」

するっと骸君に頬を撫でられ、そうして、その手がなんでか首の後ろにまで回って、そうして。

「うん???」

ぎゅ、と何故か抱きしめられて、そしてそっと離された。
えぇ、なあに。なんなの、骸君。なんで今、抱きしめたの。

「大丈夫ですか?」
「え、えぇと、」

思わず視線をそらす。ただただ、じいと骸君からの視線と、ちょっと離れたところからじぃぃい、と骸君以上に圧を掛けてくる隼人君の視線に、口を開く。

「ちょっとだけ、息苦しい」
「おや」
「静玖! ………………いや、お前、随分と素直だな」
「なんでそこで疑うかな、隼人君っ」

いや、今までの所業、なんて言われて、口を閉じる。
うぅう、いや、わかるけど。信頼なくしてるのは自分の行動なのはわかるけれども!

「喀血と呼吸困難ですか」
「そんなに大袈裟ではないと思うんですけど………? え、大事?」
「大事です」
「う」

大事。まぁ、確かに大事ではあるのだけれど、なんだろう、実感がわかないのだ。
血を吐いたのも私だし、息苦しいのも私なのに、なんで、どうして。
―――あぁ、なるほど。
了平先輩が言ってたのはこのことか。
ううう、どうしよう、了平先輩、私、全然だめかもしれない。
自分を、上手に、大切に………? 難しいな、これ。今のままでは足りないのなら、どうしたら良いのだろう。

「あー、師匠ずるいですー。ミーも」

なんて言いながら近寄ってきたフラン君に、びゃっと猫が過剰に反応したみたいな反応をしてしまった。
ち、違うんだよ。いや、あんまり違わないけど、えぇと、なんか駄目なんだよね。なんでだろう。
フラン君のこと、嫌悪感はないけど、既視感はあると言うか。うぅんと、なんだろう………。
―――あっ。
あぁ、そうか、なるほど。わかってしまった。

「あの人と一緒だから怖いんだ」
「あの人?」
「あのほら、隼人君と戦ってた嵐の人」
「ザクロのことか」
「いや、名前は知らないからあれなんだけど、うん、あの人と一緒だからちょっと怖いんだなぁって」

うんうん、と一人で勝手に納得して頷いて、それからあのね、と今一度口を開く。

「別にさ、骸君のお弟子さん? だから『怖い』とか、骸君のお弟子さんなのにヴァリアー隊服着てるのが『怖い』とか、そういうんじゃなくてね」
「?? おい、静玖?」
「私は彼を知らない。彼は私を知ってる。でも、彼の知ってる『私』は私じゃないよ。それなのに、『はじめまして』も無しに好意をぶつけられても困るし、こわいよ」

さらっと抱き着いてくるのとか、名前の呼び方とか、そういうのが気安く行えるぐらいの交流をしたのは、私じゃない。
それなのに、それを求められても困る。
訥々と『私』について語ってたあの人に被るとこも怖いんだよね。
ちら、とフラン君を見れば、無表情のままだけれど、何か考えているようだった。

「フラン、連絡を」
「人使いが荒いですー」
「これ以上静玖さんを困らせるのならばわかっていますね?」

私がわからないのだけれど、まぁ、フラン君がわかっているのなら良いのかな。
くふふ、と独特の笑い声を上げる骸君を見上げて、そっと静かに息を吐くのだった。









あ、これ、無理だ。
骸君が戦いの最中に次々とみんなを幻覚に変えていくのを傍で見ていて、そう感じた。
思わずさっと視線を反らす。傍にいる隼人君の視線がこっちに向いたけれど、今はそれに応える余裕はない。
あれは本人ではない、幻覚なのだとわかっていても、知り合いが血塗れのドロドロになっていく姿を見るのは無理だ。
心臓のあたりがぞわぞわとする。気持ちが悪い。気分が悪い、が正しいのかもしれない。
でも、こう、一人一人確実に倒して行くというのは、相手に自信を持たせるものなのだろう。
意を決して顔を上げる。女の子のひどく楽しそうな声と表情が、骸君の作戦がうまくいっていることを証明していた。
いや、でも、むぅ。
これは慣れないかもしれない。そりゃあまぁ、誰かが傷付くのを良しとしているわけではないからなぁ。
息苦しさと幻覚に揺さぶられている感情とを上手に制御出来ない。
どうしよう、これ、いつまで続くのかな。

「なんだ?」
「うん、表現がちょっとね。私には刺激が強いというか、なんというか」

なんてもごもごしていると、ぼこぼこと『雲』の炎を纏って生み出された恐竜たちの頭が、ぽこぽことみんなの顔に変わるのはある種の恐怖だし、それをすんなり受け入れて『幻術』の仕業だとわかるのも凄い………あ、いや、敵を讃えるのは良くないな、いやでも戦い慣れてるからの判断ってことを考えると、こういうところでも相手の実力を計れるってことなのかな、なんてことも思ってしまう。
さらに言うなら、骸君の位置を寸分違わずの把握したのも結構なアレなのでは。
それでも平然としている空気を消さない骸君も凄いのでは。いや、ここまで想定内なのかなぁ。どこまでが彼の掌の上なのか。
えぇ、どうしよう。綱吉と距離を取りたかったのは確かだけど、あまりにも場違いなところに自分がいて、どうしたらいいのかわからない。
とにかく邪魔にならないようにってどうすべき? 今はとりあえず大人しく隼人君の傍にいるけれど、それで良いのかな。良いよね? 良しとしてほしい。

「おーい、フラン」
「ハーイ、センパイ」

うーん、仲良し。
ベル王子の声掛けに同じようにして応えてるなら、やっぱり仲良しなのでは?
いや、二人のノリが軽いのかな。
あぁ、ヤだな、なんかくらくらする。
思わず隼人君の背中に頭を預けると、ラルさんが大丈夫か、と私の肩をそっと抱いた。
ベル王子とフラン君のやりとりをBGMに、ふると首を横に振った。

「くらくらする………」
「幻覚酔いか? お前、弱かったのか」

幻覚に酔うってなに。いや、今説明されても頭に入らない気がする。
きゅ、と日本刀になったままのルピナスを握りしめれば、飾り紐の先の宝石が、ぽわりと僅かに光った気がした。

「んん………?」

視界に、思考に被さっていた霧が消えていくような、そんな感覚。
隼人君の背中から頭を離す。ほんの少しだけれど、確かに楽になった。
もう、なんなんだろう、これ。

「おい」
「ん、ごめんね、隼人君」
「………………別に」
「静玖、とりあえず緊張感を持て。持てないなら離れていろ」
「大丈夫。―――うん、大丈夫」

ラルさんに断りを入れてから、深呼吸をしてから顔を上げる。
空を飛んでいるミルフィオーレを三人は、悠然と微笑んで、余裕たっぷりな態度でこちらを見下ろしていた。
骸君はフラン君の頭を槍で刺して、え、槍で刺して?! なんでフラン君無事なの?! いや、今はいい。そこは気にしている場合ではない。
すいとザンザスさんに視線を向ける。うん、無事そう。
次に雲雀先輩。さっき幻術で凄いやられ方されていたけれど、もちろん本人に影響はなさそう。
次、了平先輩。なんでか上半身裸だけれど、こちらもまぁ、無事そう。
ヴァリアーのみんなもそれなりに今のところは無事そうだ。もしかして諸々一番駄目なの私かもしれない。

「ってか、いつまで六道骸の幻覚だしてんだ? あいつは復讐者の牢獄に沈んでんだろが」

骸君、沈んでるの?! あ、違う、沈んでたの?!
ぎょっとして骸君を見れば、骸君はにこ、と笑うだけ笑って、すぽっとフラン君の頭から槍の穂先を抜いた。
えぇ、なんでフラン君平気なの、怖………。

「あれー? 聞いてませんか? あのパイナッポー頭は幻覚ではなく正真正銘、一分の一スケールの六道骸本人ですー。ミーの師匠、復讐者の牢獄から出所しちゃいましたー」
「!」
「!!」
「なんと!」

先に聞いていた私達はまだ驚かないけれど、あの雲雀先輩やベル王子が驚くぐらいだ。凄いことなんだろう。
まぁ、そりゃ、牢獄から脱獄って、凄いことではあるとは思うんだけど、うぅん、なんか実感が沸かないよなぁ。

「へへーん、どーら! 骸さん、スゲーらろ!!」
「犬ニーサンが喋ると話がややこしくなるので黙っててくださいー」
「ムッキー! 何らと、フラン!!」
「………落ち着いて、犬……」

なんて楽しそうにしている千種さんたちを見てると、何故か骸君が私に向けて楽しそうな笑みを見せてきた。なんでさ。なんでなのさ。
って、なんでラルさん、頭ぽんぽんするの、なんなの?!
あぁ、ほら、隼人君が呆れた顔でこっち見てるじゃないか! やめて、やめて。

「ハハン、なるほど。脱獄不可能と言われる牢獄の門番、復讐者を欺いたのが六道骸の弟子だと言うのならば、納得もできるというものです」
「ヤッター、師匠、有名人じゃないですかー」
「黙りなさい、おチビ」

グサッとまた簡単にフラン君の頭を刺した骸君は、そのままその視線を僅かにザンザスさんへと向けた。

「このようなダメ弟子を預かっていただいていることには感謝しますよ、ザンザス」

ザンザスさんは何も言わないけれど、骸君の視線をしっかりと受け止めていた。
ぴくん、と身体が震える。え、なんだ、これ。
背中がゾワゾワする。かたかたと震えるルピナスをかき抱いて、空を見上げる。

「だれ………?」

声が聞こえる。
嘆きの声だ。悲しみの叫びだ。悲壮なる訴えだ。
声がする。声が聞こえる。
心を震わせる咆哮だ。
―――知ってる。
この声を、泣き叫ぶこの声の主を知っている。
どうして彼が泣いているのだろう。どうして彼が、苦しんでいるのだろう。
どうして、この状況にしたのは君なのに。君が苦しむのは、なんで。
私の意思に反して、刀となったルピナスを白い炎を包む。

(白蘭の声だった)

白蘭の、声だった。叫びだった。苦しみだった。
あぁ、違う。白蘭だけど、『白蘭』じゃない………っ!

ぽたりぽたり、『声』に感化されて溢れる涙を拭うことなく、私はそのままぺたりと座り込んでしまった。




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