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ルピナスに謝ったところで、別に私が戦えるようになるわけでもないのだけれど、まぁ、一区切りと言うか、しておくべきだと思ったからしたって感じかな。

「それじゃあ、貴方たちはここでおとなしくしてなさい」
「ルッスさん?」
「アタシはただの回復役ではないのよ?」

なんていいながら、バッとコートを脱いで、ザンザスさんたちの方へ走っていってしまった。
え、え、どういうこと………?

「あのオカマ、芝生ヘッドと同じ近距離型だからな」
「ふへぇ………」

えっ、了平先輩と殴り合ったってこと? 本当に? え?
なにそれ、と混乱していると、隼人君がなんか呆れたように息を吐いていた。
そこで呆れられても、それはそれで困るんだよな。私、その頃君たちとこんなに親密になるつもりは全然なかったんだよ。
本当に、なんでこんなことになってるんだろう。いや、君たちとはどこかで絡む事はあっただろうけど、でも、

(こういう状態は、想定していなかった)

思わずため息が出る。でもそれは隼人君も同じようだった。
まぁ、そうだよね。そっちだって私が関係者だとは思いもしなかったと思う。

「う………」
「γさん!」
「意識が戻ったか」
「……おい、一体何があったんだ………」

頭を抑えて、呻くような声を上げたγさんに、隼人君がヴァリアーのことを説明した。
それを聞いたγさんが顔を上げる。ザンザスさんの炎が空を走っているところだった。うーん、凄い。
今どきのマフィアは空を飛べるのか。………いや、確かにレナがいれば私も飛べるけどそうではなくて………え? ザンザスさん、どうやって飛んでるの、あれ。え?
………いや、深く考えるのはやめよう。たぶん私じゃあ理解できない。

「あれが暗殺部隊ヴァリアーか、噂は聞いたことはある」
「聞いたことはって………、まぁ、暗殺部隊の存在を知ってるのはおかしいしな」
「そうだよね、『暗殺』だもんね」

隼人君の言葉に頷いてから、ザンザスさんたちを改めて見る。
うーん、どう見ても忍んでないのだけれど。
暗殺、とは。みたいな。いや、そう言えばスペルビがバジル君からリング奪ったとき欠片も忍んでなかったね?!
あれはありなの?! なしだよね。

「イタリア主力がなんでったって日本に」
「まぁ、ミルフィオーレの主力がこっちに来てりゃあ来るだろ」
「ああ、そうか………」
「γさん、大丈夫ですか?」
「頭回らねぇ、クソッ………!」

悪態をつくγさんの気持ちがわからないわけではない。攻撃を受けて、意識を失って、そして気が付いたらさっきまでいなかった人がいるのだ。
起き抜けで現場を理解することと、自分が置かれた状況両方を理解しようとすると、頭が回らないことだろう。しかも、いなかった人たちが戦ってるわけだし。
ラルさんの意識はいつ戻るのだろうか。早めに戻ってくるといいのだけれど。
ふ、と静かにため息を吐くと、身体中に響く鈍い大きな音が轟く。
悲鳴を上げる暇もなく、ぴりぴりと反響する身体を抑えて、わけがわからず目を丸くするしかなかった。

「――――――おい、おかしいぞ」

そう言ったのはγさんだった。
おかしいと言われても何がおかしいかさっぱりわからない。素人にもわかるように言ってほしい。
γさんの視線に倣ってザンザスさんたちの方を見る。相変わらず派手に戦っているように見えるけれど、何がおかしいのだろうか。
うぅんと、さっきより、ちょっと遠い? でも戦ってればフィールドが決まってるわけじゃないから移動するもんだよね。

「おかしいな」
「おかしいの?」
「ヴァリアー勢の移動距離が変だな。あれじゃあまるで」
「―――誘われている」

深く響いたγさんの声に、ヴァリアーの皆さんを見る目が変わる。
誘われている? あの場所に? 何かあるってこと?
ミルフィオーレの人たちが、何か企んでいるってことかな?
疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。いや本当にわからない。人の動きを見ただけでそう言うのってわかるものなのだろうか。………隼人君とγさんを見ているとわかるようなのだけれど、素人である私にはさっぱりだ。
もっとこう、素人目にもはっきりわかるような………いや、それは駄目だろう。それだと『作戦』としては成立しない。
ってことは、私が目を肥やすか頭の回転を良くさせるか、何か諸々の対処を取らなきゃ駄目だよね。
―――ティモの傍にいるのなら。
あの人の傍にいるのなら、何も知らないままではいられない。無知なままでは駄目なのだ。なるほど、これはこの二人の慧眼は見習うべきところなのだろう。

「あっ、え、これ、あまり離れるのは良くないのでは?」
「確かにあっちの動向が見れないのは良くねぇ。移動できるか? オッサン」
「誰に聞いてやがる、クソガキ」

あぁもう、軽口でやり取りできるなら元気だね、隼人君もγさんも!
先にラルさんを起こさなきゃ駄目じゃないか。さらにいうなら孔雀さん、ついてきてくれるの? ルッスさんいないよ?
ラルさんに近寄るために立ち上がると、すいっとレナが近付いて、私の身体を支えてくれた。

「ありがとう」

感謝を告げて、それからラルさんに近付く。
傷口に触れないように―――と言っても、『晴』の炎でほとんど治っているのだけれど―――彼女の身体を揺する。
ぴくり、と震えた睫毛の長さに驚いていると、ラルさんはゆっくりと目を開いた。

「ッ………あ、静玖……?」
「ラルさん、良かった。大丈夫ですか?」
「う、あぁ………。これは『晴』の炎か」
「はい、ルッスさんの炎です」
「ヴァリアーか」

のろのろと身体を起こしたラルさんは、痛みを逃がすように息を吐いて、それから孔雀さんを見た。
そうしてその視線を私に戻して、とん、と手の甲で私の胸の辺りを叩いた。

「大丈夫か?」
「はい。………………はい、大丈夫、です?」

なんで胸元? 何かあっただろうか。胃の辺りではなくて?
思わず胃の辺りを擦る。随分と手慣れた動作になってしまったけれど、今までこんなに身体を気にしたことなんてなかったのに。

「おい、静玖」
「うん? 大丈夫だよ、隼人君。ミルフィオーレの人を待ってたときの方が苦しかった。………気がする」

待機中、咳をしたことを思い出す。あれは吐きそうだったとかではなくて、単純に呼吸がしずらくて、それでけほこほしてた。酸素が取り込めないというか、入っていかないというか、そのせいなのかわからないけれど咳が出た。そんな感じ。
今はまだ、その感覚はない。だからまだ大丈夫。

「………………………」
「ラルさん?」
「本当に苦しくなってからでは遅いぞ」
「う゛」
「静玖」
「わかりました、はい、わかりました! 嫌だけど、綱吉に知られるのは嫌だけど、その、取り返しのつかないところまでは隠さないです」
「あぁ」

ラルさんの目は、真剣だった。それだけ私を心配しているのだろう。
―――もしくは。
もしくは、私が思ったよりもよくない状況であるか、だ。
思わずごくりと息を飲む。いやまさかそんな、なんて否定が頭を過るのだけれど、その『まさか』はきちんと考えていないといけないかもしれない。
ぞわ、と悪寒が身体を走った。

「いや、隠し事をしているってことがバレてる時点で話をしろ」
「それだな」
「………だ、そうだが?」
「うぅん………」

隼人君、γさん、ラルさんと畳み掛けられて、思わず唸ってしまった。
まぁ、まぁそうなのだけれど、お三方が言っていることは確かなのだけれど!

「いや、ほら! 今は戦ってる皆さんを追いかけないと!」
「はぐらかさない」
「ぐぅ」
「唸るな唸るな。あれだけ派手に戦ってるんだ、見失わねえ。が、こちらとしてもさっさと合流したいところでね」

それってつまりさっさと口開けってことですよねー!
じとり、と目を据わらせて私を睨む隼人君の視線からも逃げられない。
きゅ、と刀になったままのルピナスを握りしめて、意を決して口を開こうとした。

「雪さん!」

だれ………?!
背後からにゅっと飛び出してきた彼はそのまま後ろから私にぎゅっと抱き着いてきた。
待って待って、やめて! 知らない人に触れられるのはちょっとアレだよ!!

「静玖! テメェ、カエル! そいつを離せ!」

カエル?! 今、カエルって言った?! カエルってなに?!
隼人君の言葉に驚きつつ、離してほしいので私の出来る限りで暴れるのに、抱き着いてきた人はますます腕に力を込めてきて、なかなか離れなかった。

「フラン、その静玖さんとは初対面でしょう。失礼ですよ」
「うるさいです、師匠。雪さんは雪さんです、変わらないですー」
「変わります。離れなさい」

ゴン、と鈍い音がしたと思ったら、身体に回っていた腕が離れていった。
これ幸いと立ち上がってさささ、と隼人君の後ろに隠れる。
そうして、カエルの被り物の上に槍の柄を乗せた少年………少年? がじぃとこちらを見ていた。
―――あっ、

「骸君!」

槍の穂先を己の方に向けて、ぺしんぺしんとカエルの頭を叩いているのは骸君だった。

「どうして、お前がここに」
「聞くようなことですか?」
「いや。いや、そうだな、そう、だよな………」
「むー、雪さん、雪さん、ミーは敵ではないですよ?」
「………そう、言われても」

被り物をしているとは言え、頭を叩かれているのにそんな素振りを見せない少年に、恐怖を抱かないはずがない。
いやでも、うぅん、でも骸君と知り合いっぽい。
………待て待て、自分。いくら骸君の知り合いでも、人に気安く抱き着いてくるのは無しです。
無し、です!

「フラン、まずは自己紹介を」
「ミーはフランですー」
「はぁ………」
「『フラン君』って呼んでくださいね、雪さん」
「はぁ………」

ニコー、と笑っているような、笑っていないような表情のフラン君に、なんて返していいかわからない。
決して表情が無いわけではないのに、それが微笑みなのかなんなのか、判断が付かないというか、判断を付けさせないというか、えぇと、結論から言うと、その、胡散臭い、よね。
ちらっと骸君を見れば、とてもとても呆れた顔をしている。いつもこんな感じに飄々とした人なのだろうか。

「っ、あ、骸君、あの、怪我」
「はい?」
「白蘭のあれは、本体? には影響はないんですか? 大丈夫?」
「クフフ、僕は大丈夫ですよ。えぇ、見ての通りです。………気になるのならば、触れてみますか?」
「………………うん」

フラン君の頭のカエルを掴んで手荒にポイと投げ捨てた骸君は、そのままゆっくりとこちらに近付いてきた。
隼人君の後ろにいる私に、そっと槍を持たない手を差し出してくる。
触れて良いんだろうか。許されるのだろうか。
顔を上げて骸君を見れば、彼はにこやかに微笑んでいる。

「さぁ、どうぞ」
「………………では、失礼して」

黒い手袋に、自分の手を重ねる。じんわりと感じる骸君の温もりに、何故だが泣きそうになる。

「本物だ」
「えぇ」

本物。さっきもよく考えずにそう口にしてしまった。そして今、彼も肯定した。それはつまり、

「脱獄したのか?!」

ぱしん、と音を立てて私の手を払った隼人君は、そのまままた私を背に隠した。
並盛中の生徒を襲撃したのが骸君だとは聞いている。だから、隼人君が骸君をいまいち信頼、信用していない理由もわかる。
わかるけど、今はそれどころじゃない気もする。
ゴォ、と聞き慣れない音が耳に響く。
―――違う、耳の中で響いているのだ。
隼人君と骸君が口論してるけれど、それが耳に入ってこない。
ひゅ、と息を飲む。酸素すら入ってこない。息が吐けない。苦しい。苦しい………!
せり上がってくる吐き気は収まらない。
どうして、なんで、またっ………!

「静玖? おい、お前………ッ」

ごほ、と咳が出始めた。止められない。鈍い音を立てて繰り返される咳に、身体を折る。
口元に手を当てて、額を地に付けて、片手は胸の上だ。
ツンと鼻を刺激する鉄さびの臭いに眉を寄せる。

(あ、また)

ごほ、と口から血が溢れる。
ボタボタと落ちたそれに、息を飲む音が聞こえた。

(あぁ、もう、)

出来ればハルちゃん以外には知られたくなかった、なんて言葉は血の海に沈むのだった。



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