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何を言っているのだろう。
どうして、そんなことを言うのだろう。
なんで、わたしのために、あの子があんなことを言わなくちゃいけないんだろう。
―――全部全部、わたしが悪いのに。
ツーちゃんが嫌がっていたのは知っていた。
………それでも、彼の傍に居たかった。
静玖に、窘められた。
………あの子の言葉が正しかった。
ただ、ただただそれでも、ツーちゃんと一緒が良かったのだ。
なのに結局、彼の傍にいるのは静玖だ。

「スペルビや山本君に聞いてもらったんだけど、やっぱりそうなんだなって確信したから、言うよ」
「うん」
「深琴ちゃんは、柚木静玖に対する人質であって、対ボンゴレでも、対沢田綱吉でもない、でしょ?」
「うん」
「だから、私との交換」

わたしと、あの子の交換。
どうして。どうしてそんな簡単に、危ないことを提案するの。
わたしがいるから? だからあの子は、あんなことを言うの………?

「すごい、花丸満点だよ、静玖ちゃん! 素晴らしい」
「褒められても嬉しくないなぁ」
「あー、酷い。酷いねぇ、君は」

こんなことで花丸満点貰っても拍手を貰っても嬉しくない。そんな顔をした静玖は、むぅっと口を尖らせた。

「でも、ちゃんと話してあげないとそっちは納得しないんじゃないかな? ねぇ、綱吉君」
「…………………静玖」
「ええ、なに。説明したよ」
「足りない」

足りないよ、何もかも。
って言うか、静玖の後方にいるスクアーロの顔が怖い。凄い顔してる。なんで静玖の挙動を確認しているの、あの人。
そして獄寺君やリボーンまで説明が足りてないって顔してるの、気付いているかな、あの子。

「なんで対静玖なの」
「だって、対綱吉や対ボンゴレだったら、深琴ちゃんだけを人質に取るのおかしいでしょ。ましてやチョイスに京子ちゃん達巻き込むなら、もっと早く巻き込んだっておかしくない。それこそ深琴ちゃんみたいに。でも白蘭はしなかったでしょ」
「うん」
「だから対私かなって」
「だからなんで『対静玖』って断言できるの」

どうして、どうしてそんな冷静に言えるの。

「だって、未来の『私』、ミルフィオーレに自分で行って自力で帰ってきた実績があるから」
「ナニソレ?!」
「私も思った」

ひゅっと息を飲む。どうしてそこまで知っているの。
以前、白蘭に説明された筋書きを思い出して、ゾッとした。
これでは、全部が白蘭の望むように事が運んでいるではないか。
わたしを助けるために静玖が白蘭のところに来る。
それは、わたしが彼の元に連れて来られた時に彼から告げられたシナリオと、全く同じだった。

「まぁ、敵マフィアの本拠地にやって来ておいて用が済んだから帰るとか、普通はないよね」
「それをしちゃったのが『私』」
「そんなことやられちゃったら、ミルフィオーレのボスとして、僕も黙っているわけにはいかないじゃない?」

思惑に気付いてくれて嬉しいよ、なんて言われたってやっぱり嬉しくないのだろう、静玖の顔が歪んだ。やめて、わたしの可愛い妹になんて顔をさせるの。
―――でも、助けてなんて言えない。
言っちゃいけない。
これは、わたしが招いた事なんだから。浅はかなわたしが、招いた事態なんだから。
だから、ツーちゃんにも、静玖にも、『助けて』なんて言っちゃいけない。
じっと黙って静玖を見ていれば、その腕をディーノさんが引いた。

「だからって、静玖と交換する必要はないだろう?!」

悲痛な声だった。更に言うなら、それは静玖だけを心配する声で、そこに、わたしに対する何かは無かった。

「だけど、深琴ちゃんを白蘭の手元に置いておけません」
「違う方法を考えたら良い。そうだろう?」
「オレも反対だゾ、静玖」
「リボ先生」
「それじゃあ何も変わらねぇ。結局白蘭の元に人質がいるじゃねぇか」
「それでも、深琴ちゃんが相手方にいるより安心です」
「何が」
「私が!」

えへん、と腕を組んだまま胸を張る静玖に、あまり変わっていないことにどうしようもなく安堵感を感じてしまう。
このたった数日で何が変わるのかと聞かれると困るけれど、こんなに長く一緒に居ないのは初めてだ。だから、まだ慣れない。

「今回、深琴ちゃんを巻き込んだのは私だよ。だから私が責任を取る。その中で一番確実な方法がこれなの」

違う。巻き込まれたんじゃない。巻き込んでほしくて、置いていかれたくなくて、考えなしのことをしたのはわたしだ。
これは、わたしの行動の浅はかさが招いたことなのにッ!!

「俺は反対だ」
「獄寺君まで」
「リボーンさんが言っただろ。状況が変わらないなら意味はあるのか」

白蘭の抱えている人質が、わたしから静玖に代わるだけ。それは意味があるのか。獄寺君の言葉に、静玖が唇を噛み締めた。

「でも、」

顔を下げてから、深呼吸。そうして、静玖は顔を上げた。

「深琴ちゃんの命まで、みんなには背負わせられない。背負うべきは巻き込んだ私だよ」

クラクラする。
どうして、どうしてそんな覚悟をしてしまったの。
わたしのことなんて、自業自得だと切り捨てたって良いのに。
悔しさと、苦しさと、逞しくなってしまった静玖が眩してくて、立ち止まって後悔していることしか出来ない自分の愚かさが際立ってくる。

「それから、これは私と白蘭の交渉なんだから、部外者は黙ってて」
「なっーーー!」
「綱吉! それからスペルビと正一くん、ちょっと集まって!!」

反論しようとしたリボーンを無視して、静玖はツーちゃんとスクアーロ、それから入江正一さんを集めてしゃがみ込んだ。
静玖がちょうどこちらに背を向けているから、何を話しているかはわからない。
そんな彼女の姿を見て、白蘭が心底面白い、と言わんばかりに笑っていた。

「ふふ、部外者だって。自分ことを心配してくれている人に、酷いこと言うなぁ、静玖ちゃんは」
「あ゛ぁ?」
「だってそうでしょ? 心配してくれる人を切り捨ててまで、助けるような子かなぁ、深琴ちゃんて」
「は?」

凄んだのは獄寺君。怒ったのは山本君だった。
ただ、それでも二の句は告げられないようで、言葉を吐き出すことはなかった。
一番酷いのは、あの子に酷いことをさせているのは、わたしだ。
それは、忘れちゃいけない。
まだしゃがみ込んだままぽそぽそと話をしている四人に目を向ける。

「あー! もう! …………決めたんだな?」

そう言って、髪をかき混ぜて立ち上がったのはツーちゃんだ。
その瞳は、静玖を見ている。

「うん」
「わかった」
「綱吉君!」
「静玖がちゃんと考えて、その後のことも考えているなら、俺は反対しない」
「ありがとう、綱吉」

安心したように微笑んで、ツーちゃんに倣って静玖が立とうとして、彼女の頭に誰かの手が伸びた。
スクアーロだ。
大事に静玖の頭を抱えて、顔を近付けて――――――
………。
え。

「は?」

久々に声が出た。
待って、あのヤロー、わたしの大事な妹に何をした。なんで静玖もツーちゃんも平然としてるの?!

「あ、話終わった?」

白蘭すら平然としてる!!
…………待って、平然としてるってことは何もなかった? 本当に?
なんて訝しげに見ていると、白蘭の声に反応した静玖がこちらを向いた。
………何も、なかった、みたい?
心の中が忙しない。あの子に何もなかったことが嬉しい。けれど、これからあの子に何かあるかもしれない、と思うと、己の無力を呪いたくなる。
そして、静玖とわたしの交換について、わたしから何も言えない立場―――静玖やツーちゃんが危険なことをしなければならなくなったのは、間違いなくわたしの軽はずみの行動の所為だ―――なので、大人しくするしかない。

「お待たせ」
「うん」
「先に深琴ちゃんを返して」
「うん、いいよ」

ほら行きなよ、と言われて、一歩踏み出す。
足が重い。これは、後ろめたさからくる重さだ。
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、静玖は決して焦らせないでくれていた。
ゆっくり、一歩。二歩、三歩。
静玖の前に行けば、ほっと安堵のため息を漏らしていた。

「静玖」
「おかえり、深琴ちゃん。綱吉の傍にいてね」
「静玖ッ!」
「うん、行ってきます」

何も言わせてはくれないその笑みが、大きめのジャケットの袖の下、指先の震えを隠すものだと知ったのはずっと後のことだった。








「白蘭様」
「んー、あれ、どうしたの、柘榴君」
「あのアレ、銀髪の男なんですが」
「うん? スクアーロ君?」
「あぁ………、そんな名前でしたね。そう、それです。アレ、俺にください」
「うん?」
「俺が殺します。―――絶対にだ」

その会話を知るものは、白蘭と柘榴以外、誰も居ないのだった。



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