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「あのね、怖くないわけじゃないよ。自分の力を過信しているわけでもないんだよ。ただ、なんの力も持たない深琴ちゃんが向こうにいるより、身を守る術を持っている私の方が安全かなって話なだけだし。………それから、さっきも言ったけど、今回深琴ちゃんを巻き込んだのは私だから、綱吉に助けて、なんて言えないわけ。わかる? わからなくてもわかってね。あ、決して自己犠牲の精神ではないよ。私は自分の身が可愛いし………。あぁ、そうだ。あのね、身を守る術ってのは、匣のことね。二つ持ってるんだけど、詳しくはスペルビに聞いて」

リングに炎を灯して、そっと入江君の胸元に触れながら、静玖が畳み掛けてくる。本人も自覚があるのか、駆け足でごめんね、なんて言っていた。
うん、匣を二つ持ってるなんて聞いたことないぞ、静玖?!

「それとね、これはあくまでも可能性の話ではあるんだけれど、綱吉たちがチョイスをやっている間に、もしかしたら場所を移動させられるかもしれないでしょ? そうなったら、ピンキーリングがあれば私の居場所は君たちにわかるなぁって思ってさ。だって、このピンキーリングが機能しているのは、ヴァリアーが深琴ちゃんを保護してくれたことで証明されているわけだし。………ね?」
「…………………あぁ」


凄く酷い顔をして、渋い声で頷くスクアーロに少しだけ同情してしまった。
ね? じゃないんだよ、静玖。

「大丈夫。恐怖には負けないよ。立ち止まらない。ちゃんと帰ってこれるよう、考える。約束する」

そう言った静玖の震えている指先を見て、俺はようやく静玖が虚勢を張っていたことに気が付いた。
恐怖を飲み込んで、俺にも深琴にも心配掛けないように毅然と立って。
もっと早く気付いてあげれば良かった。もっと早く、声を掛けてあげれば良かった。
あぁ、静玖は、少しだけ俺より先に行ってしまった。

「だから、私のことは心配しないで。深琴ちゃんのことを宜しくね、綱吉、スペルビ。それから正一くんは無理しないで」

震えた指先を隠すように軽く握りしめた静玖の拳に、己の手を添える。
緊張と恐怖から、いつもより体温が低い気がする。
静玖はちゃんと考えてる。
深琴をただ助けるだけではなくて、その後のことも、対処のことも、ちゃんと。
そうして、頼っていい相手、と思った俺たちに頼ろうとしてくれている。

「あー! もう! …………決めたんだな?」

髪をかき混ぜて立ち上がる。視線の先は当然静玖のままで、静玖もこちらを見上げていた。

「うん」
「わかった」
「綱吉君!」
「静玖がちゃんと考えて、その後のことも考えているなら、俺は反対しない」
「ありがとう、綱吉」


入江くんの焦った声が聞こえたけれど、悪いけれど無視させて貰った。
静玖は安心したように息を吐いて、そっと笑う。
そうして、俺に倣うように静玖が立ち上がろうとして、スクアーロの手が伸びた。
両手で大事に静玖の頭を抱えて、そうして、ギラついた瞳で静玖を見ていた。
顔が近い、とツッコミそうになって、なったけれど、それが口から漏れることはなかった。

「オレは、お前の方が大事だ」
「えっ」
「だから、必要とあらば深琴は切り捨ててでもお前の方に向かうぞぉ゛」
「………………うん」


それだけは覚えておけ、と言ったスクアーロに、静玖が恥ずかしそうに、だけれどとても嬉しそうに微笑んだのが印象的だった。
………………良いなって思った。
静玖が大事に思われていることはとても良いことだ。
ふぅ、とため息を吐く。回想はそこまでだ。後は、無理矢理毅然とし態度を崩さなかったアイツが、歩いていった姿を見送っただけ。
………………チョイスに勝って、アイツも取り戻して、過去に帰る。帰るんだ。

「――――――良し!」

ぱちん、と両頬を叩いて気合を入れる。
そうして、はた、と気が付いたことがあった。静玖の手を握りしめた時、そこには手以外の芯があったのだ。
あれは………………あれは!!!
強めに叩いたために赤くなっただろう頬を無視して、俺は入江くんの下へと走るのだった。









声は震えてはいなかっただろうか。
膝は笑ってはいなかっただろうか。
緊張と恐怖から震えた指先を隠すために握りしめた拳は、誰にも見られていないだろうか。
綱吉とスペルビには知られたけど大丈夫。あの二人にバレるのは、『相談』を決めた時に覚悟していた。正一くんもそう。
けど、深琴ちゃんには、知られるわけにはいかなかった。恥ずかしいからね。
兎にも角にも、白蘭の手から深琴ちゃんを救い出せたのだから、それで良い。
白蘭に案内された部屋で、たった一人にしてくれたから、思わずしゃがみ込む。
まだ震えている左手を右手で包んで目を閉じ、深く深くそして長く息を吐く。
まだ、気を緩めてはならない。まだ終わりじゃない。これからだ。勝負は、これから。
―――大丈夫、大丈夫。
フィーの相棒だったリコリスがいる。
未来の『私』が託してくれたルピナスがいる。
ヴァリアーがくれたレナがいる。
独りじゃない。大丈夫。
言い聞かせないとどうしようもない。あぁ、本当に、ちゃんと繕えていただろうか。

「大丈夫、大丈夫」

自分に言い聞かせる。楽観的になってはならない。どうにかして「大丈夫」にしなければならない。
この時代の『私』が白蘭から逃げられたからと言って、私がそうなれるとは限らない。むしろ、困難であるべきなのだと、ちゃんと理解しなければならない。

「大丈夫、負けない」

恐怖には、負けない。負けている場合じゃない。
深琴ちゃんをこの恐怖から解き放つことが出来たのだ。だから、次も頑張る。負けない。怖いと思う自分に、負けない。
負けて動けなくなってしまうのが、一番駄目だ。
先手なんか打たなくていい。後手でもいい。思考を止めない。行動を止めない。
そう約束した。

「大丈夫」

約束は守るからね、綱吉。
ふ、と短く息を吐く。いつまでもしゃがみ込んでいる場合じゃない。
膝に右手を付いて立ち上がる。まだ震える指先に、情けなさから笑いが込み上げる。
怖くないわけじゃない。だって、こんな世界にした人だもの。
だからこそ、その場所に深琴ちゃんを置いておくわけにはいかない。
私には身を守る術がある。だから、代わったのだ。
それにしても、

(スペルビの、ばか)

思い出しては顔が熱くなる。ぽぽぽ、と熱が溜まる頬に手を添える。
恥ずかしい。恥ずかしいけれど、とても嬉しかったのも事実だ。
あんなことを、あんなに近くで言うなんて。
………いや、いや、今はそれは置いておいて。置いておけないけれど、置いておいて………!

「――――――よしッ」

気合を入れるために漏らした声に、震えがなかったことに安堵しつつ、そっと右耳に触れる。
いつも通り、リコリスを結紐に変えて髪を結んでいたけれど、ピアスを隠したいからちょっとだけ右耳の方の髪は下ろしていたのだ。
かつん、と爪に硬い感触がして、ピアスの所在にほっとしつつ、未だ握りしめたままだった左手を開く。
雪だるまの描かれた、私のヘッドホン。その姿を認めてから、はっと閃きが頭を過ぎった。

「うっわ、私の馬鹿!!!」

緊張を誤魔化すことだけに意識を奪われていて、通信連絡が取れるのだということをすっかり忘れていた。
綱吉が気付いていてくれたらいいけれど………………いや、この際誰でも良いはずだ。

誰かとのチャンネルが合いますように。そう願って、ヘッドホンを耳に付けるのだった。



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