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その表情(かお)は駄目です。
それは、ツナさんが望んでいない表情だから。
その覚悟は、ツナさんが望んでいないことだから。
どうして、ツナさんを全て理解している人が、ツナさんを悲しませるようなことをするんですか。
どうして、

(ハルたちと違って、隣に立てるのに………………!!)

ハルたちと違って、ツナさんの隣に何の問題もなく立てるのに。
何も教えて貰えなかったハルたちよりずっと先に、ツナさんの苦しみをわかっていたのに。
ストライキをして、やっと話してもらえたハルたちよりずっと、ツナさんに寄り添えるのに。
どうしてこの人は、自分から離れていこうとするのだろう。
そんなの駄目です。ツナさんを悲しませるのは、絶対に駄目です。
ぎゅっと彼女の腕を握りしめる。京子ちゃんも同じ事をしていた。
行かないで。
ハルたちを置いていかないで。
ツナさんを、一人にしないであげて。
言わなきゃいけないのに、言葉が口から出ていかない。
言葉にしなければ、彼女には決して届かないのに。

「三浦さん?」

舌が回らない。言いたいことがたくさん有り過ぎて、それのどれも伝わりなさそうで、ただただ、彼女の腕を握りしめるしかなかった。
どうして、こうも無力なのだろう。
ハルたちが出来る事なんて限られているのに、どうして彼女一人、引き留められないのだろう。

「静玖」
「ビアンキさん?」
「貴方、何を考えているの?」

様子のおかしいハルたちに気が付いたビアンキさんが傍に寄ってきて、柚木さんにそう聞いた。
そんなビアンキさんに、きょとりと目を丸くした後、彼女はとても鮮やかに、そして優しく笑う。

「綱吉が抱えなくていい苦労は、抱えなくていいようにしてあげたいんだ」

決意の色に染まった瞳に、濁りはない。
ツナさんが抱えなくていい、苦労………?

「私なんかに出来るのはそれぐらいだからね」

何かを選ばされているツナさんを、とても優しい目で柚木さんは見詰めていた。











一瞬だけ、身体が浮いた感覚がする。その後べちゃ、と何かに落ちる感覚もして、どこか酔ったように頭の中がぐらぐらとする。
両手を可愛い子二人に掴まれていて身動きが取れなかったのもあるけれど、それ以前の問題のようで、視線をあちこちへと飛ばせば、私以外の人もへたり込んでいた。
そうして、周りの風景にぎょっとする。
聳え立つビル群。鋼鉄の冷たさがある姿に、どこか身体が恐怖を覚えた。それが人工物から来る圧迫感なのか、いきなり風景が変わったこと―――そういうことが出来る技術を持っているミルフィオーレに恐怖を抱いているのか、そこまでの判断は出来なかった。違和感があるのは、わかるのだけれど。
掴まれたままなので動きにくいのだけれど、立ち上がりたいので足に力を込めれば、二人がそれに気付いたのか一緒に動いてくれた。

「何度も会っているような気がするけど、僕と会うのははじめてかい? 綱吉君」
「白蘭と真六弔花!!」

綱吉の声に視線をそちらへ持っていけば、ぬいぐるみを持っている男の傍に、深琴ちゃんの姿が見えた。
怪我もしてなさそうな深琴ちゃんの姿に、安堵のため息が漏れる。
良かった。これなら、提案出来る。
綱吉と白蘭の言葉の応酬を聞きながら、どこかで口を挟もうとしていると、不意にジャケットの裾を掴まれた。

「少し下がりなさい。危ないわ」
「はい」

裾を引っ張ったのはビアンキさんで、私の両隣は京子ちゃんと三浦さんだ。戦えない私達が前線に出る人たちの近くにいるわけにはいかないだろう。
白蘭に言われるがままに変なのに触れる綱吉を視界に入れつつ、少しだけ後退る。
変なのの映像が宙に映し出されて、マークと数字が決まったようだった。
あれ、なに………………? ってか、なんで深琴ちゃん、微動だにしないのかな。いっそ逃げてきて。………いや、無理か。無理だよね。大人しくしてて。危ないことはしないで。
―――出来るならば私が、助けるから。

「ジャイロルーレットでチョイスされたのは、実際にフィールド内で戦う各属性の戦士の数だよ」
「属性によって人数が違うのかよ」
「でも、ボンゴレとミルフィオーレで合計が違う?」

あの変なのは『ジャイロルーレット』というらしい。いや、どうでも良いのだけれど。
何が楽しいのか、白蘭はニコニコ笑ったまま、綱吉や山本君の問いに答えていく。余裕があるのか、ずっとあちらのペースだ。これは大丈夫だろうか。
宙に浮いた映像を眺めていると、白蘭からちょくちょく解説が入る。炎が灯っている四角のアイコンは無属性? を表しているらしい。………………あの、『雪』のアイコンが無くて安心していて申し訳ないのだけれど、戦えないから選出されても困る。が、

「無属性って言うのは、リングを持たぬ者を示しているんだ。君達は『ニ』だから、二名を選出しなくちゃならない」
「それで全員つれてこいってわけだったんだな」
「みんな戦いに参加なんて………………、そんな!!!」

綱吉が声を荒げるのもわかる気がする。リングを持たないってことは、非戦闘要因たちを巻き込むってことだ。つまり、京子ちゃんたちを戦いに巻き込もうっていうことだ。
そんなの、綱吉が怒るのも当たり前だ。

「………………『雪』のアイコンはないんだな」

あああ、余計なこと言わないで、獄寺君………!!!
いや、気になるのはわかるんだけどね?! いやでも、ほら、マーレには、

(あ、)

マーレに『雪』が無い、って私誰にも言ってないね?!
思い出してしまったので、京子ちゃんの手を優しく払ってから挙手する。
少しだけ深琴ちゃんの表情が変わって、こちらにその視線が向いた。

「ふ、ふふふ。どうしたの、静玖ちゃん。挙手して」
「マーレには『雪』がない。だから君達は『雪』を選出出来ない。そのためにはじめから選択肢がない。………で良いのかな」
「うん。マーレに『雪』はないよ」
「―――静玖?」
「いや、ごめんなさい、報告し忘れです、怒らないで、山本君!!!!」

お前なぁ、と言わんばかりの声にぷるぷると首を横に振る。
すっかり忘れてた。そういえば、マーレには無いんだよね。………………じゃあなんで、尚更未来の『私』はミルフィオーレに行ったのかな。謎なんだけど。謎が増えたのだけれど?
挙げた右手を下げて口元に添えて思考を巡らせると、不意に人の気配がした。
はっと顔を上げると、さっきまで深琴ちゃんの傍にいた、ぬいぐるみを持った男が傍にいる。

「キャッ」
「なんなの、貴方!!」

悲鳴を上げた京子ちゃんと三浦さんを守るようにビアンキさんが前に出る。
そんな彼女に目もくれず、男はそっと京子ちゃんに何か差し出した。

「僕チン………、デイジー。これ、あげる」

ボロボロになった、『花』だったものだ。
さっと青ざめた京子ちゃんの腕を今度は私が引いた。それと同時に、デイジーと名乗った男の首に何かが巻かれる。

「っ!!」
「キャーーーーッ!!」

目の前で男が血を吐きながら引っ張られていく。トラウマになるからやめて。
血の気が引いたのを感じながら引っ張られていった先を見れば、アイシャドウを塗った男―――先程、桔梗と名乗った男が、彼を回収していた。

「スイマセンね、ちょっと目を離したスキに。デイジーはあなた達のように美しく………滅びゆくものに目がないんです」
「何なのこの人ー!!!」
「くっ………!」

桔梗………さんの視線は、京子ちゃんと三浦さんに向いている。だから了平先輩の悲痛な声に眉を寄せてしまった。
そうだよね、了平先輩だって、京子ちゃんを巻き込みたくないよね。
深琴ちゃんを見る。やっと、深琴ちゃんと視線が合った。
合ったのに、すぐ反らされてしまった。なんで。

「さーて、お互いの参加戦士を発表しようか。あ、ここは唯一相談して決められるからね」
「白蘭サン………、リングを持たない僕は、無属性で良いですよね!」
「んん、ま、特別にいいかな」

ほんの一瞬。無言のにらみ合いがあったけれど、白蘭はそれを軽く交わして正一くんの提案を飲み込んだ。

「だったら綱吉君、僕らのメンバーは決まりだよ」
「え?」
「ボンゴレの参加戦士は、『大空』は綱吉君、『嵐』は獄寺君、『雨』は山本君、無属性は僕とスパナが適任だ」

正一くんの提案を、もちろん獄寺君が反論するけれど、いや、あれは反論、かな? ただ単に綱吉からのゴーが欲しかっただけとも言うような気がするけれど、当たり前のように了平先輩からも不満が飛び出るし、もちろん………もちろん? 雲雀先輩も納得いってなかったみたい。みんな戦いたがり過ぎでは? いや、男の子ってそういうものなのかな。どうなのかな。
トンファーを構えてやる気満々な雲雀先輩を止めたのは、当たり前のようにディーノさんだった。えっ、いつの間に。今まで居たっけ?!

「ディーノさん、いつの間に?!」

綱吉、一応こちらのメンバーを引っ張ってる立場としてはそのツッコミは駄目なのでは。
お前らの家庭教師なんだから来ないわけにはいかない、とかディーノさん言っているけれど、それでいうと山本君の師匠してたスペルビ来ちゃうから。スペルビ来たら私のやりたいこと絶対怒られるから! フラグ立てないでもらえます?!

「ツナ達がミルフィオーレに勝てば、その後はどいつとでも好きなだけ戦えるぜ。少しの辛抱じゃねーか」
「………………………。急いでよ」
「あぁ、わかった」

いや、それでなんで納得しちゃうの、雲雀先輩。いや、暴れられても大変だけれども? ディーノさん、雲雀先輩の説得の仕方上手いなぁ。
関心していると、視線を感じた。深琴ちゃんかな、と思って期待してそちらを見れば、無精髭の人がこちらを見ていた。
え、なに、また京子ちゃんたちが狙われる?
そう思っていると、その人が私だけを見ていることに気が付いた。気が付いてしまった。気付きたくなかった。
………………未来の『私』が何かやらかした相手だろうか。その、私に何か求められても困るんだけど、なんて思っていたら、その人が急にしゃがみ込んだ。

「だりーーーーーーーー」

だ、ダルい???
こっちが呆気にとられていると、ミルフィオーレ側は慣れているのか進行を続ける。
「僕らミルフィオーレの参加戦士を紹介するよ。『雲』は最も頼りになる新六弔花の優しいリーダー、桔梗。『晴』は殺したいほど生ける屍、デイジー。『霧』は真実を語る幻影の巨人、トリカブト♪」
「それじゃ足りてない! お前たちの『霧』の数は二だぞ!」

そう言ったのはバジル君で………バジル君?! あれ、私、会ってなかったね? 君も過去から来ちゃったんだね………。
え、待って、正一くん、バジル君にもバズーカ当てたの? 凄くない?
なんて考えている間に、人が一人増えていた。仮面………あれ、能面だったかな? なんかそんなのを付けている人。………なんだろう、嫌な感じがする。
それにどうしよう、ところどころ聞き取りきれてない。集中してないのかな、私。

「さーて、いよいよ一番大事な勝敗のルールだけど、数あるチョイスのルールの中から最もシンプルかつ手っ取り早い―――ターゲットルールでいくよ」
「ターゲットルール?」
「簡単なルールだ。お互いに敵の目標となるユニットを一人決め、その目標がやられた方が負けとなる」
「なるほど、大将をたてるんだな。目標を取られたら負けの将棋でいう『王将』ってわけだ」
「ちなみに目標はさっきのルーレットですでにチョイスされているよ」

白蘭の声に、映像へと視線を向ける。
確かに、アイコンに炎が灯っているのがあるんだよね。………ってことは………、と考えていると、何かが射出され、胸元にターゲットマークが輝く。正一くんは平然としているけれど、それは駄目なやつ、と思って思わず彼の傍へ寄った。
マークに触れようとする前に、ぼっと炎が灯ってしまった。

「ミルフィオーレの目標はデイジー、ボンゴレの目標は正チャンだ」
「ギャッ!!」

正一くんの短い悲鳴が響く。駄目だ、それは駄目なやつだ。

「それは『ターゲットマーカー』だよ。標的者は胸に自らの死ぬ気の炎を灯すことにより、他のプレイヤーとの差別化をするんだ。目標者が倒されずに生きている証明にもなるだろう?」

あ然としている私達に、白蘭の落ち着いた声が響く。
リボ先生が死ぬ気の炎を灯し続け、消費し続けてしまうと死んでしまうことについて聞けば、白蘭はなんてことないように、

「それがこのバトルのタイムリミットになるんじゃないか」

なんて宣った。平然とした顔で。自分の味方の命もそんな使い方をするなんて。
そんなの駄目だ、そう思って正一くんに向き合えば、綱吉も同じことを思っていたようで、正一くんに無理しないで、と言っている。
うん、正一くん、脂汗というか、冷や汗というか、酷すぎる。大丈夫なのだろうか。

「白蘭サンをこんなにしちゃったのは僕なんだ! 僕が逃げるわけにはいかない!!」
「へぇ、正チャン、そんな風に考えていたんだぁ。………まぁ、いいや、前にも言ったけど、この盛大なチョイスの勝者の報酬は、全てのマーレリングに、全てのボンゴレリング、そして全てのアルコバレーノのおしゃぶり………、すなわち、新世界を創造する礎となる」

白蘭の背後に花火が上がる。
暗くなかった空が急に暗くなって、更には花火が上がるのだから、このフィールドは完全に彼らの手の内なのだろう。

「僕が今、一番欲しいもの、トゥリニセッテだよ」

上がった火が霧散する。空の色が戻ったのだけれど、誰もそこには突っ込まないのかぁ。………なんで。
彼らのフィールドで戦うのだから、ずっとあっちのペースなのは致し方ないけれど、勢いに飲まれていないだろうか。

「公平にジャッジする審判を紹介しないとね」
「我々にお任せを」

そんな声が聞こえたかと思えば、女性が二人、飛び降りてくる。
―――チェルベッロだ。
でも、あの時………おしゃぶりを渡してきたあの人たちとは違う人だ。顔はわからないけれど、それはわかる。
………? ミルフィオーレ、チェルベッロ機関? それってミルフィオーレの味方じゃないの??
同じ疑問を抱いたのか、獄寺君が噛み付けば、白蘭はズルしてるのはそっちだろう? なんて、言ってきた。
ズル………?

「九九.九九パーセントの殺気を消しているのは見事としか言いようがありませんが、僅かに〇.〇一パーセント、あなた方の基地ユニットから人の気配がします」

そう言った途端、中から舌打ちとともに人が出てきた。
―――スペルビである。
あああぁあ、フラグ回収しないでー!
っていうか、口を挟むタイミングがないね?! 今?! 今かな?!
そっと左中指に嵌めてあるリングを撫でる。出来るかな。ちょっと不安だけど………。
深呼吸を一つ。ぽわ、と弱めにリングに炎を灯して、正一くんの胸元の炎に触れる。

「えっ」
「あ、やった。ちょっとは放出しなくて済むかな」
「静玖ちゃん? あの、ありがとう………?」

私の炎が、炎で起きたことを無かったことにするのなら、正一くんの炎を上からコーティングすれば、少しは放出を抑えられるのではないだろうか、とか思ったけれど、出来て良かった。
正一くんに笑みを返してから、振り返る。
私の視線の先は、当然、

「―――――――――白蘭」
「うん?」
「チョイスの前に、私と取引してくれないかな?」
「うーん、内容によるかな?」

だろうね。
正一くんの炎の放出量をもう一度確認してから、改めて白蘭を見る。
ゆっくり瞬いて、自分の時間を大事に。相手のペースに飲まれないように。緊張と恐怖から、指先が震えてしまっていることは気付かれることのないように。

「私の要求は一つ。………………深琴ちゃんを返して」
「代償は?」
「私自身」

私と、深琴ちゃんの交換。
私が彼に望むのは、それだけだった。



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