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物凄い音がして、ビクッと身体を震わせた。
結局あの後、獄寺君たちと別れてから、自室でウトウトしていた。
あれだけ寝たのに、まだ眠れるのか。
そう思ったけれど、寝ながらの修行、と言うやつだからか、実は身体は休まっていなかったのかもしれない。
フィーはと言うと、「後はもう実地だな」なんて言っていた。いや、待って。出来れば実地は避けたい。私は元々戦えない。
ふわぁ、と大きなあくびを一つ。ささっとお風呂に入って、また寝そうだなー、とか思っている矢先に、先程の大きな音である。
何だったんだろう。
わしわしと濡れてる髪をタオルで拭きながらひょこりと部屋のドアから顔を出す。
ちらっと視界の端に写ったものは。

「―――スペルビ?」
「あ゛?」

あの銀髪は見覚えがある。間違いない。スペルビだ。
そうして私は、もう一つ勉強したことがある。
未来に来たとき、そう、未来に来て初めて会った雲雀先輩も、ディーノさんも、なんでかわからないけれど、私を抱きしめた。まさかスペルビもなんてのは無いよね。うん、無いと思いたい。でも一応疑っておこう。私のメンタルのために。
肩に山本君を担いでいたスペルビは、ぽいと山本君を捨ててこちらへとその足を向けてきた。
一歩が大きい。それと同じに、ふわりと鼻を擽る匂いがあった。

「待った、ストォップ!!!」
「あぁ゛?!」
「やだ、なんで、」

一歩二歩下がる。
私が下がった分、スペルビがたった一歩でその差を埋めてしまった。
そうして、さらに匂いが―――臭いが、きつくなる。

「だぁああ、だからストップ、それ以上近付かないで!」
「はぁ?! 何言ってんだぁ、テメェ」
「くさい!」
「………………は?」
「生臭い! なんで??」

ぴた、とスペルビがその足を止めた。
スンスンと自分の服の袖を嗅いで、ようやっとその眉を寄せた。

「海渡ってきたからかぁ゛………? いや、マグロの所為かぁ」
「海、渡ったの?」

ってか、マグロ????

「飛行機乗るより早かったからなぁ」

そういうものなのだろうか。
スペルビがポイ捨てした山本君をちらりと見るけれど、彼の意識が戻る気配はなかった。
視線をスペルビに戻すと、スペルビは少しだけ眉を寄せて、まだスンスンと鼻を鳴らして臭いを嗅いでいた。

「シャワー浴びるかぁ」
「その方が良いよ。磯臭いの格好悪い」

お風呂場あっち、と指差す。スペルビはそちらに向きかけて、また私を見た。
鋭い眼光に姿勢を正す。なんだろ、何かあったかな。いや、会うの久々だし、何ていうか、ディーノさんの反応を見る限り、未来の私は何かやらかしたっぽいし。

「出掛ける準備をしておけぇ」
「私の?」
「あ゛ぁ」
「んん? どこか行くの? スペルビと?」
「後山本武だなぁ」

二人と連れ立って、………外へ?
外へ行って良いのかな。確認して来なくっちゃいけないかもしれない。
でも、ちょっと『この時代の人』に聞きたいこともあるから、ちょうど良いと言えば良いよね………。
顎に手を当てて考えている間も、スペルビは私の返答を黙って待っていた。
うぅん、と。

「とりあえず、リボ先生たちの許可が下りなきゃ駄目だと思う」
「沢田じゃなくて?」
「綱吉ぃ? 綱吉に聞いてどうするの。綱吉に決定権はないでしょ。………じゃなくて、私の体調面の話だよ。リボ先生の方が詳しくわかってるんだから、綱吉じゃなくてリボ先生に聞くよ」

そう答えた私に、スペルビがにぃと口端を吊り上げて笑った。









あのスペルビの笑い方、何だったんだろう。
まだ水分の抜け切らない髪をタオルで拭いながらリボ先生を探す。
とりあえずなんか嬉しそうに感じたけれど、ちょっとよくわからない。まぁ、後で聞けば良いや。
いつもリボ先生がいる部屋に一言申してから入る。
ちょこんと座ったリボ先生と、その隣に何故か頬を濡らしたタオルで冷やしている綱吉、それから機械と向き合っているジャンニーニさんがいた。

「こんばんわ。外出許可を取りに来たんですけど」
「は?!」
「オメーが?」
「スペルビが用意しておけって」
「え」

とりあえずリングとおしゃぶりを差し出すと、マモンチェーンと、おしゃぶりをまあるい何かに入れられた。
そうして返されたそれを手に取る。………………少しだけ、隔たりを感じる。おしゃぶりとの距離が遠いというか、そう感じる。

「雪の方、こちらを」
「………………ストール?」

ジャンニーニさんに渡されたのは、薄めの生地を使ったストールだった。
リングとおしゃぶりを身に着けて、さらにストールも身に着ける。おしゃぶりは決して私のものではないけれど、ポケットに入れておくのも味気ないし。
それになんか、なんだろ、安心する。

「雪の方は他のアルコバレーノの皆さんと違って影響はそこまで大きくないとのこと。なのでリボーンさんみたいなスーツである必要はないので、とりあえずストールにしてみました」
「ありがとうございます」
「静玖、外に出んならヘッドホン忘れずに持っていけ」
「了解です」

雪だるまの描かれたヘッドホンは自室だ。取りに行かなければ。
そう思ってジャンニーニさんとリボ先生の言葉に頷いていると、私の右手を綱吉が握った。

「綱吉?」
「うーん、気を付けてね」
「何に?」
「んー、なんだろ。右耳?」
「耳?」

なんで耳。

「わかんない。いや、悪いことではないとは思うんだけど、うーん………、うん。静玖がちょっとでも痛いのは駄目だ」
「痛いの?!」
「なんか、なんかそんな感じがする」

でも悪いことじゃないんだよ。
そう言って言葉を重ねる綱吉に、ちょっと不安になる。えぇ、悪いことじゃないにしても、痛いのは嫌だな。
左手で自分の右耳を撫でる。この耳に何かあると言うんだ。

「痛いと言えば、綱吉のそれは大丈夫なの?」
「あぁ、これ? これは良いんだ。お兄さんと俺のけじめだから」
「けじめ」

お兄さんってことは………了平先輩か。
あれから何かあったらしいけれど、私が首を突っ込むことじゃないよね。

「あ、行くのは良いが、静玖、その髪、ちゃんと乾かしてから行くんだゾ」
「はぁーい!」

リボ先生の忠告に、私にしては珍しく元気に返事をして、部屋から出ていった。










「ツナ」
「あー、聞かないで、リボーン。言いたいことはわかる。良いんだよ、静玖は」
「良いのか」
「良いんだよ。リボーンだって心配してたんじゃないの?」
「………………ツナに見破られるなんてオレも落ちたもんだな」
「何言ってるんだよ、リボーン。俺としては、そこまで静玖を気にしてるのにちょっと意外」
「オレは女子供には優しいゾ?」
「ん、良いよ。そういうことにしておく」
「生意気だな!」
「あいた! ………もぅ、お兄さんに殴られたとこ蹴るなよ!」
「それにしても」
「ん?」
「オメーの超直感どうなってんだ」
「それは俺も思う」

なんて会話は、ジャンニーニだけが聞いていた。



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