綱吉と同じベッドで眠ったら、なんだろう、とても満たされた。
ただ、とてつもなく眠っていたらしく、起きた時には綱吉は居なくて、代わりにちょっとしたメモが置いてあった。
修行してるから、静玖はのんびりしてて、だって。
相変わらず優しいなぁ、なんて感想を抱いている場合ではなくて。
私も、修行をしなくっちゃいけないんだよね。
まぁ、私の師匠は『雪』であるフィーにしか出来ないから、眠って彼に師事するしかないんだけど。
どうしようかな、また少し、眠れるかな。
あんなにたくさん寝たのに、いくらフィーに会うためとは言え、また眠れるのだろうか。
「にゃおん」
「………にゃおん?」
ぼんやり悩みながら自室へ戻ろうと廊下を歩いていると、鳴き声が聞こえた。
猫、かな?
くるりと振り返ると、耳から赤い炎―――嵐の炎を灯した可愛い子がちょこんとそこにいた。
「わぁ」
「にゅおん」
「ん、ふふ。おいで」
しゃがみ込んで両手を広げると、その猫はすんなりと腕の中に収まってくれた。
猫なのにツンデレじゃない! 可愛い!
あんまり構い過ぎると逃げちゃうだろうから、優しく、それからしつこ過ぎないようにその背を撫でる。
するとゴロゴロと喉を鳴らしだしたので、思わず胸がきゅうんっとなった。
いや、これのどこが兵器。嘘でしょ、可愛いすぎる。………え、炎纏ってるから匣兵器だよね、間違いないよね?!
「瓜、どこ行った!」
響いた声にびくんっ! と、腕の中の猫ちゃんが身体を震わせた。
今の声、獄寺君だよね? 嵐の炎の子だから、当然獄寺くんのかー。
よしよし、と撫でてあげると、ぺたーん、と猫ちゃんは身体を蕩けさせた。
「獄寺君!」
「柚木、………あ」
「探しているのはこの子?」
猫を抱っこしたまま立ち上がる。
走ってきたのか荒い息を整える獄寺君は、顎に伝う汗をぐいと拭ってから、私に手を伸ばした。
「悪いな」
「ううん。可愛い子だね。名前はつけた?」
「瓜だ」
「うり」
瓜って、なんでまた。いや、なんか響きは可愛いけれど。
どうぞ、と彼に渡そうと腕を伸ばすと、瓜ちゃんは器用にするりと私の腕から抜けて、二の腕を通って肩までやってきた。
え、あれ?
「瓜!」
「瓜ちゃん、ご主人だよ? 帰らないと」
「シャーー!!」
なんで、獄寺君威嚇するの、この子。しかも私の耳元で威嚇声出さないで。響く。
うっと思わず目を瞑ると、瓜の名前を呼びながら奮闘する獄寺君の声が良く聞こえてきた。
ぷす、と瓜の爪がちょっと肌に刺さって痛い。
「あ、こら、瓜!!」
「いたた、いた、待って、瓜ちゃん、痛い痛いっ」
獄寺君の手が瓜ちゃんの胴に触れると、刺さった爪がさらに深く入った。
痛い、これは痛い!
「何をしているのだ、お前たちは」
「芝生頭!」
「え? 了平先輩?」
後ろから、ちょっと食い込んだ爪を剥がしながらひょいと瓜ちゃんを捕まえた了平先輩がそこにいた。了平先輩の足元にはランボ少年もいる。守護者三人も揃ってしまった。
私は部屋に帰る途中です、と告げてから、彼らは何をしているんだろうと首を傾げる。
それが顔に出たのか、ランボ少年がこれ、と匣を見せてきた。
「匣がどうしたの?」
「ふふん、ランボさん、開けられるようになったんだもんね!」
「それは凄い!」
良い子良い子、ともじゃもじゃの頭を撫でてあげると、嬉しそうに声を上げられた。
おや、可愛い。
「おい、柚木、そいつをあんま調子に乗せんな」
「え、いやだって、匣を開けるには炎が必要でしょ? それをこの年で出来るんだから、凄いじゃんか」
炎を灯すには覚悟が必要。違うかな。覚悟に炎が応えてくれる。そうであるならば、こんなに幼いのに炎を灯せるのは凄いことだと思うんだけどなぁ。獄寺君的には違うのか。
………あぁ、そういえば、
(私の匣、どうしようかな)
まだ開けたこともない匣。ルピナスが入っているという匣。ただ、あれの存在を知っているのが、私と凪ちゃんだけだから、あんまり披露したくないというか、わざわざみんなと違うところに隠されていたって言うのが気になるんだよね。隠しておくべきかな。
正一くん、答えてくれるかな。
うーん、でも、チョイスに向けてあれこれやっているんなら、邪魔は出来ないよね。
「柚木妹? どうしたのだ?」
「あぁ、いえ、何でもないです、了平先輩」
もふもふと心あらずにランボ少年の髪をもふっていた私を不思議に思ったらしい了平先輩にそう答える。
「静玖ー、静玖暇なの? ランボさんと遊ぶ?」
「ランボ少年、獄寺君の顔色見てから誘ってね」
くいくいと服の裾を掴んできたランボ少年にそう返す。ランボ少年がちらっと獄寺君を見ると、ぴゃっと泣いて私の足の後ろに隠れてしまった。
あぁ、獄寺君、凄い顔してる。
「遊んだことない私を誘ってくれてありがとうね、ランボ少年。私はちょっと部屋に戻らないと」
最後にもう一度ランボ少年の頭を撫でていると、その腕を獄寺君に掴まれた。
え、と思って顔を上げると、獄寺君はさっきの鬼の様な形相と違って、眉間に皺を寄せて、何か深く考えるような顔をしている。
えっと………?
「お前、」
「うん?」
「………………………………………」
「獄寺君?」
掴んだは良いけれど、何を言っていいかわからない。そんな顔をしたまま、獄寺君はチッ、と舌打ちをして、そっと私の腕を離した。
「いや、いい」
「?? 本当に?」
「あぁ」
ぐしゃりと前髪を掴んで悔しそうに顔を顰める。
そんな彼に掛ける言葉など、私はまだ持ってなどいなかった。