16

じわり、背中に汗をかく。
あぁ、暑い夏が再びやってきた。
じっとりとベタつく汗を拭って、俺はふぅ、とため息を吐いた。
目の前のフゥ太は、楽しそうに笑っていた。

「ツナ兄、ツナ兄」
「なに、フゥ太」
「ツナ兄のランキング、取っても良いかな?」
「………? うん、別に良いけど、どうかした?」
「たぶんみんな気になるランキングだと思うんだけど」

みんな、と言われてフゥ太の向こう側を見る。
きらきらと輝かしい笑みを浮かべているのは獄寺くんと深琴だ。
俺のランキングってだけで既に目を輝かしているけど?!

「フゥ太、どういうランキングを取るの?」
「ツナ兄が一番信頼している人は」
「それってランキングするほどでもないよ、フゥ太」

あっさりさっぱり言い切る深琴に、フゥ太はきょとん、と目を丸くして、獄寺くんは更に目を輝かせた。
そしてぐりんっと首を回して俺を見て来る。
ひっ、と小さな悲鳴が口からこぼれたのはこの際無視だ。

「もちろん右腕の俺っスよね、十代目!」

え、や、獄寺くんのことは友達とは思っているけど………。
その、ボムを使われるのはちょっと困るよなぁ。

「バカだねぇ、獄寺くんは」
「なんだと?!」
「ツーちゃんが一番信頼しているのは当然」
「柚木先輩、スか?」
「それも違うよ、山本くん」

首を傾げた山本に深琴はにこっと笑い、笑んだままに首を横に振った。
ハンモックからぴょこんと飛び降りたリボーンがちょこんと深琴の膝に乗ってにやり、と笑う。

「もちろん、オレだろ」
「はい残念ー。リボーンでもないの」

ぽむぽむとボルサリーノの上からリボーンの頭を叩いた深琴は、相変わらず少しテンションが高い。

「ツーちゃんがもっとも信頼しているのは当然、静玖よ」
「っ────」
「はひ。静玖さん、ですか?」

押し黙って目を見開いたままの俺を無視してハルが深琴に静玖について聞いた。
………そう言えば、静玖は絶対的に、そして徹底的にこのメンバーに関わっていない。それって凄くないか?
にんまり笑ったまま何も言わない深琴に首を傾げたハルは、今度はじっと俺を見てきた。

「な、なに?」
「ツナさん、『静玖さん』って誰ですか?! まさかツナさんの、恋人?」
「え、そうなんですか、十代目!」
「いや、静玖とはそんな関係じゃないって!」

今までもこれからもそんな甘い関係になることないし!
少しだけ赤く染まる頬を無視してそう言えば、ハルはきっと眉をつり上げて俺を睨んでくる。

「一体誰なんですか、ツナさん!」
「『冷静で逞しい可愛い妹』、って言ってましたよね、先輩」
「そう! わたしの誰よりも可愛い大切な妹! ツーちゃんとくっ付いてくれるとわたしがとっても得するんだけど」
「だから俺と静玖はそういう関係にはならないって!」
「………絶対?」
「絶対」

静玖の気持ちを知らないのにこんなにはっきり言い切っていいのかわからないけれど、たぶんまぁ、大丈夫だろう。
だって俺達は、そんな仲じゃないから。

「つまんないの」
「なに、それ」
「だって、」
「………あ、そうそう。先輩が言ってた『逞しい』の意味、わかりましたよ」
「そう、あの子逞しいのよ!」

山本が話を逸らしてくれたからほっとしつつも、未だに俺を睨んでくるハルにちらりと目を向けた。それから静玖談義でもりあがる山本達を見る。

「って言っても静玖とは一回しか喋ってねぇんだけど」
「………何か言われたの、山本」
「簡単にはくれねぇって」
「は、何を?」
「柚木先輩を」
「は、わたし?!」

脈絡が全くない山本の話にぽかんとする俺を無視して、山本の胸ぐらを掴んだ深琴が立ち上がる。
膝の上にいたリボーンは転げ落ちる前にぴょんと逃げ、机に座った。

「なに、なにそれ。何言ったの、山本くん。わたしの可愛い静玖に何を言ったの!!」

がっくんがっくん勢い良く前後に山本を振る深琴の腕力に冷や汗を流しながら、山本の胸ぐらから深琴の手を離させた。
軽く呻いた山本はけほ、と小さく咳き込む。
ちょっと深琴、どれだけ力入れて山本を揺さぶってたワケ?!

「どーして止めるのよ、ツーちゃん!」
「普通、止めるから!」
「だって山本くん、静玖と喋ったのよ?!」
「どんだけ独占欲強いんだよ、深琴!」
「だってわたしの静玖なのに!」
「───誰がいつどこで誰のものになったのか説明してって言われるよ、深琴」

静玖なら言いそうな台詞を言えば、深琴はきゅむっと素直に口を閉じたので、一先ずほっとする。
本当にもう、シスコンなんだからっ。
これはもう、あれだ。あの静玖が苦労するはずだよ。うん。

「ツナ兄の信頼している人は静玖さん、かぁ」
「ランキングブックに書かなくていいからフゥ太!」
「でもツナ兄………」
「でもじゃなくて、本当にやめて!」

あっちを止めて、こっちを止めて。
本当に辛いし、忙しい。
あぁもう本当に、静玖が居てくれたら楽なんだろうなぁ、と思う。けどアイツ、こういうの苦手だし、どちらかと言うと嫌いだからなぁ。

「静玖が居ると楽なのか」
「楽だよ。静玖は騒がしいの嫌いだし、深琴の暴走止めてくれるって、リボーン、人の心読むなよ!」
「読まれるオメーが悪いんだぞ、ツナ」
「そんな理不尽なっ」

フゥ太の手元からランキングブックを取り上げていると、ハルと獄寺くんがぷるぷると肩を揺らしていた。
そして二人とも勢い良く立ち上がったかと思ったら、ぎっと4つの目が俺に向いた。
ひっと再び悲鳴が口からこぼれる。

「どこですか、ツナさん」
「何がだよ、ハル」
「静玖って奴はどこにいるんですか、十代目。果たしてきます」
「だ、駄目だよ、獄寺くん。何考えて───………」

だん、とドアの方から鈍い音がした。
みんなが黙ってドアの方へ向けば、きゅうっと眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をした静玖が立っていた。
静玖、と名を呼んで傍に寄った深琴を静玖は両手を広げて迎えて、ぎゅうっと抱き締める。

「はい、確保」
「かく、」
「今日、京子ちゃんと了平先輩の試合見に行くって約束してるんでしょ? 京子ちゃんが迎えに来てるよ」
「あぁ、忘れてたっ! ツーちゃん、ごめんね。またね」

静玖から離れてバタバタと走っていった深琴の背を細めて見送った静玖はそのままこっちを向いた。
そこに不機嫌さはない。

「綱吉、」
「大丈夫だよ、静玖」
「そう。………じゃ、お騒がせしました」
「おい、待てよ」

深琴の背を追おうとした静玖を引き止めたのは獄寺くんで、静玖は胡乱な目を彼に向けた。
あ、やばい、本気で不機嫌だ。

「なに」
「十代目の右腕はこの俺だ! テメェなんかには渡さねぇ!!」
「………………」

そっと顎に指を添えてふむ、と何か考えるような素振りを見せて、ついっと目を細めた。
何も言わなくなった静玖に焦れた獄寺くんはダイナマイトを取り出し、火を着けようとする。
俺が彼の名前を呼ぶ前に、静玖の口から爆弾が落ちた。

「君、だれ?」
「なに───!!」
(あぁ、うん。静玖らしいなぁ………)

至って真面目な顔をして首を傾げながら言った静玖に呆気に取られたのか、着火前のダイナマイトがぽろぽろ落ちた。

「綱吉の右腕の割にはずいぶん失礼なんだね、君。礼儀もないみたいだし」
「なん───!」
「そんなんじゃ、いつまでも『自称』で終わるよ?」
「静玖、」
「私はね、綱吉の周りを煩わしくしてる君たちが嫌いなんだ。まぁでも、その事に関しては私が怒ることではないから何も言わない。でも、私まで巻き込むのなら容赦はしないけど、」

覚悟、出来てる───………?
薄く笑って言う静玖に、リボーン以外みんなぽかんとしていた。
固まった俺達にじゃあね、と言葉を残して爽やかに帰っていった静玖に、俺はきゅ、と手を握りしめる。
本当に、静玖は楽だ。
だって俺としては、静玖だけは何があってもマフィアに関わってほしくないから。
自分から関わってくる深琴と、リボーンが無理矢理絡ませる京子ちゃんやハルとは違うから。
ああやって牽制してくれる方が、助かる。

「おい、ツナ」
「なに、リボーン」
「アイツ、何者だ?」
「何者って、深琴の妹で俺の幼なじみだよ」

それ以上でも、それ以下でもない。
そう信じていたいのは間違いなく俺だし、信じているのも俺だ。

リボーンの険しい表情一つさえ見逃していなければ、何か変わっていたのかもしれない。



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