15

まるで海の中に沈んでいくように。
まるで空から落ちていくように。
ふわり、ふわり。
身体が落ちていく。墜ちていく。
ぱちりと目を開ければ、そこは花畑が広がった。
………うん?
おかしいな、と呟こうとしたら、背後から笑い声がした。
振り向いた先にいたのは、真っ白な髪に淡い水色の髪飾りを挿した人。
白い肌に林檎のような真っ赤な唇が艶めかしくて、その性別を判断させない。
その艶やかな唇を緩めかせ、その人はそっと私に手を伸ばしてきた。
頬を撫でて、幸せそうに笑う。
それでも、その笑顔に少しだけ陰りがあるように見えてとれたのできゅむっと眉間に皺を寄せれば、からからと声を上げて笑い出した。
その声を聞けば、あぁ、男の人だな、とようやく判断が出来、ぱちぱちと瞬く。
なんで男の人とこんな原っぱで出会ってるんだろう、私。

「──────」
「へ?」
「───」
「は、なに。なんですか?」

ぱくぱくと口を動かされても、何も聞こえてこない。
こっちに聞こえていないことをわかっているのかいないのか定かではないけれど、彼は確かに笑い、そしてその胸元をぽん、と叩いた。
そこに浮かび上がったのは真っ白な光で、その光は私の胸元でも確認出来た。
───リングだ。
眼前の青年の光に反応するように、鎖にぶら下げたリングがぽわりと淡い光を放つ。
煌々と輝くそれを下からそっと抱き持つと、青年は実におかしそうに笑った。笑われることなんかしてないのに。そう、してないはずだ。
むすっとふてくされた私に手を伸ばした彼はまるで幼い子供を宥めるようにくしゃくしゃと髪をかき回し、頭を撫でてくる。
そこで「夢」は、途切れた。

「………………」

ぽかりと口も目も間抜けに開けて夢から覚める。
何だったんだ、今の夢は。
………『夢』だよね?
ぼんやりとベッドの上で少しだけ時間を過ごして、さらりと頭を撫でられて目を瞬いた。
ちらりと視線を向ければ、私の髪を撫でているのは嵐ちゃんで、嵐ちゃんはふわふわと波打つ柔らかな髪を一つ団子に纏めてにこにこと笑っている。

「嵐ちゃん、」
「なぁに、姫(ひい)さま」
「いつ来たの?」
「少し………15分ぐらい前、かしら。姫さまがぐっすり眠っていたから、勝手に入ってしまったの」

ごめんなさい、と謝る嵐ちゃんに身体を起こして首を横に振った。
別に嵐ちゃん達が部屋に入って困ることはないし(窓ガラスさえ割られなければ)、隠すこともない。
強いて言うなら、深琴ちゃんに見つからないことを願うだけ。
そう思っていると、嵐ちゃんはふうわりと甘くあまーく笑って、私に紙を差し出してきた。
封筒に入っていないことを考えると、ティモからの手紙ではないとわかる。
さぁて、これはなんぞや。

「………『大阪旅行計画』?  もしかして嵐ちゃん、行くの?」
「そう。楽しみなの」
「そっか」
「姫さまは、一緒に行けない?」
「うん、行けないなぁ。だって学校あるし、まだそんなに経済力ないし」

中学生のお小遣いなんてちっぽけなものだ。
旅行なんてできるほどたくさんは貰ってないし、旅行に行くなら自分で稼いだもので行くのが醍醐味ってもの。
そう言うと、嵐ちゃんはぷくっと頬を膨らませて、つまらない、と呟く。
うーん、つまらないって言われてもなぁ。

「嵐ちゃん、私、未成年だし」
「イタリアでは14才から結婚可能だもの」
「意味分からないしっ。ってか、私、しっかり日本国籍だから。日本で結婚可能年齢は16才だからまだ2年あるよ」
「むー」

きゅむむ、と眉を寄せて不満を現す嵐ちゃんに思わず笑ってしまった。
私より年上なのに、こういう反応はとても幼くて、親しみやすい。
それでも、ここで折れたら私のお財布はすっからかんの空っぽになる。
それはまだ避けたい。
だからと言って、子雨や嵐ちゃんからお金を借りるなんて以ての外。それもやりたくない。

「あ、そうだ。嵐ちゃん、聞きたいことがあるんだけれど」
「………なぁに」
「変な夢を見たんだ。───このリングに、光が灯る………ううん、光を灯す青年がでてくる夢」

きゅっと胸元のそれを握り締めれば、嵐ちゃんは丸い目をさらに丸くして、それから、少しだけ険しい表情をした。
嵐ちゃんに似つかわしくない、子雨、子晴達が浮かべるような、険しい表情。
嵐ちゃん? と、名前を呼びながら首を傾げると、嵐ちゃんはぱちっと瞬いて険しい表情を無くし、ふわりと笑った。

「姫さまが見た夢は、きっと意味があるもの」
「………どうしてわかるの?」
「姫さまが『雪』だから」
「私は『私』だよ」
「でも、姫さまは、『特別』だから」
「私が?」

思わず首を傾げる。
私が、特別?
綱吉みたいにマフィアのドンになる予定もなければ、マフィアの仲間入りする予定もないし、普通に高校に進学して、大学進学か就職かを選んで、まぁそれなりに満足する人生を送る予定の私が、『特別』?

「それでも姫さまは、『無二』だから」
「みんな『無二』の存在だよ。嵐ちゃんは嵐ちゃんだけだし、私は私だけ」
「その中でも更に、なの」
「………うん?」

歯切れが言いような悪いような、そんな言い方の嵐ちゃんに更に首を傾げれば、ごめんなさい、と小さく返ってきた。
いや、謝られても困ることではあるんだけれど………。

「今はまだ、詳しくは話せないの」
「………?」
「それがノーノの判断だから」
「ティモの?」
「そう」

ティモの判断、か。
私は、自分のことを知っているつもりだし、もちろん自信を持って知っているって言える。
だけれどこうも何か隠しているようなことをされると、少し自信がなくなってきた。
………でも、まぁ。

「私は『私』、だよね」
「姫さま?」
「何があっても私は柚木静玖。それは変わらない、でしょ?」
「うん………!」

子供のように、キラキラ、可愛らしい笑みを浮かべて嵐ちゃんが私に抱き付いてきた。
そのままぽふんとベッドに倒れ込んだのと同時に、くしゃり、『計画書』が歪む。
あ、と思った時にはすでに遅く、それはぐしゃぐしゃになってしまっていた。
それに構わず嵐ちゃんは抱き付いたままだから対処も出来ず、少し固まった後に嵐ちゃんの背に腕を回した。
それで嵐ちゃんが大人しくなるなら安いものだ。

「あれ、雪姫。お取り込み中?」
「お取り込んでないよ、子雨」
「それは良かった。ほら嵐(あらし)、雪姫から退いて」
「………」
「あぁ、私なら大丈夫だよ、子雨?」
「雪姫が良くても、こちらが大丈夫じゃないんだ」

はっきりと言い切った子雨に目を瞬かせてから、そう? と首を傾げる。
こくりと恭しく頷いた子雨は、草履を脱いで部屋に入った後、べりっと私から嵐ちゃんを離れさせた。
そのままぽいっと嵐ちゃんを捨てるもんだから、さすがに慌てたけれど、私が嵐ちゃんの傍に行く前に、子雨ががしりと私の肩をつかんだ。

「なに?」
「夏が来る」
「うん、そうだね。もう、そんな時期になるね」
「猛き夏は危険なんだ、雪姫」
「は………?」
「だから雪姫、我々が傍に居ることが多くなるよ」

告げられた言葉を理解するのに、数十秒を要した。

暑い夏が再び、並盛に訪れようとしていた。



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