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「深琴ちゃんがいない」

ぽつり、力なく呟いた静玖は、どこかぼんやりとしていて、まるで空洞だった。

「綱吉、」
「うん。深琴は、浚われた、んだよ」

自分で言っておきながら、信じられない。
なんで基地にいた筈の深琴がここにいないのか。
ふらり、急に力を失って崩れる静玖に慌てて手を伸ばして、その身体を支えると、かすかに震えていた。
───こんなに弱った静玖、今までなかった。

「静玖」
「なんでどうして、だって深琴ちゃんは!」
「ごめん!」
「………綱吉?」
「俺が、巻き込んだ。俺が巻き込んだんだよ………!」

いつかこういう可能性がある。
考えなかったことじゃない。
だけど、深琴が俺を信じてついてきてくれるから、大事な幼馴染みが傍で応援してくれたから………それに、甘えてたんだ。

「だから、」
「え?」
「だから、嫌だったんだ」
「静玖?」

ほろりとこぼれ落ちた言葉は、予想外なものだった。
え、何が、嫌だった?
わからないから名前を呼べば、彼女は震える声で小さく言葉を吐き出していく。

「だから、嫌だったんだよ、綱吉。だって、だって、巻き込まれてしまったことで苦しむのは綱吉だ。本人だけじゃない。自分の意思でついていったって、最終的に苦しむのは綱吉なんだよ………!」
「静玖、」
「最終的に泣くのは綱吉で、最終的に笑うのはリボ先生!」
「それは、」
「だから嫌だったのに、だから、………」

なんで危ないことに首を突っ込むの、深琴ちゃん。
私には助ける力もないのに。
その二つを呟いて、静玖はゆっくりと俺から離れた。
駄目だ。
そう思ったのに身体は動いてくれず、彼女はしっかりとその二つの足で立つとぺこり、と頭を下げた。

「大丈夫。がんばる」
「静玖、」
「だいじょうぶ」
「待って、静玖」
「………綱吉。本当に大丈夫じゃないのは、私じゃない」

喉から絞り出したような声は、いつもより低く、深い。
だけどもう、震えてない。

「綱吉は、大丈夫なの? これから、立ってやっていけるの?」
「………………………巻き込まれて、巻き込んで、だけど俺はやっぱり、一人じゃなにもできなくて。でも、それでも、こんな俺でもついてきてくれる人がいるから」

その言葉に嘘はない。
これからする『チョイス』は怖いけれど、まだ、大丈夫。
そう告げた俺に、甘やかに微笑んだ静玖は、そのまま一歩、後ろに踏み出した。

「それなら私は大丈夫。心配しないで」
「だけど、」
「───綱吉」
「駄目だ。今の静玖は一人には出来ない」
「………君も強情だなぁ」
「今、強情なのは静玖で、俺じゃあないよ」
「ふぅ、む?」

顎に手を添えて首を傾げた静玖はそのまま結んであった髪に手を伸ばし、結び紐を解いた。
しかしそれはリコリスに変わることはなかった。だってそれは、リコリスじゃない。

「じゃあ、そういうことで」
「静玖!」
「ごめん、綱吉」
「でもっ!」

今回ばかりはダメなんだよ。
小さく呟いて静玖は背を向けて俺から逃げていった。

小さくなる背中に泣きそうになったのは、言うまでもない。



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