12

寒さが厳しい2月。
バレンタインの日がやってきた。
そもそもチョコレートをあげるのって日本だけだけど、まぁ、お菓子会社に乗せられるのも悪くないと、姉妹仲良くキッチンに立ってお互いに別々のものを作る。
レシピ見ながらその通り作れば大概上手くいくけど、その都度味見をして味を確かめる。
うん、大丈夫だ。

「わたしと了平と京子ちゃんとツーちゃんと、後二人、誰?」

私がチョコレートを包んだのは6つ。
深琴ちゃんが言うとおり、深琴ちゃんと了平先輩、京子ちゃんと綱吉にあげるものだ、4つは。
後2つは、深琴ちゃんの知らない人にあげるつもりだ。
凪ちゃんと、明日の護衛さん。
本当は六人全員にあげられたらいいんだけど、賞味期限とか考えると、当日一人しかあげられない。

「内緒」
「えー」
「と言うか、深琴ちゃんが貰えるのは絶対なんだ」
「当たり前でしょー? わたしだって静玖にあげるんだから、バレンタインに貰えなくてもホワイトデーで貰えるもの」
「否定できないなぁ」

誰かから何か貰ったら大概お返しをするようにしている。
ティモみたいに一方的ではないのなら、尚更。
きゅ、とリボンをしっかり縛って、隣でラッピングに悪戦苦闘している深琴ちゃんに、目を細めて笑う。

「そういう深琴ちゃんは誰に渡すの?」
「静玖とツーちゃんと雲雀くんと了平、京子ちゃんもあげるし、後、山本くんや獄寺くんにも。それから、ビアンキとリボーンにもあげなきゃね。それから、フゥ太とランボとイーピンにも!」

後半に行けば行くほど誰だかわからないんだけど。まぁ、知る気もないからいいけどね。
きらきらと目を輝かせて楽しそうに笑う深琴ちゃんに気付かれないようそっとため息を吐いて、少し曲がってしまったリボンを直した。
明日、ちゃんと凪ちゃんに会えるかなぁ。

「じゃあ、了平先輩に渡してくれる?」
「いいけど、なんで?」
「了平先輩のクラス知らないから」
「わかった。じゃあ明日の朝預かるね」
「うん」

了平先輩のクラスを知らないのは本当。でも本心を言うなら二年のクラスなんて行きたくない。了平先輩は目立つから。
良い意味でも、悪い意味でも。
凪ちゃんに会えるか、明日の護衛は誰か、その2つばかりを考えて、私はバレンタイン当日を迎えた。
チョコレートを包んだ袋を2つ持って綱吉の教室に行けば、わらわらと女の子の群れ。
わぁ、これは凄いなぁ。

「あれ、アンタ」
「君は、京子ちゃんの」

京子ちゃんの友達の黒髪美人さん。
と言いかけて、ほぼ初対面の子に対して言う台詞じゃないと口を閉じた。
ぱくぱくと金魚のように口を動かした私にくるりと目を丸くした黒髪美人さんは、そのままふっと笑った。京子ちゃんとはちょっと違う感じの笑い方である。
うん、別嬪さんだ。

「京子に用事? それとも沢田?」
「両方に用事」
「呼んであげようか?」
「お願いします」

教室に半身入れて京子、と彼女の名を呼んだ黒髪美人さんに目を細める。
この美人さんもそんなに騒がしくしないのかな。
ちょっと好感度が上がるぞ、黒髪美人さん。

「静玖ちゃん」
「京子ちゃん、お早う。それとこれ、ハッピーバレンタイン」
「ありがとう!」

淡く桜色に色付いた掌にはい、とラッピングしたチョコレートを乗せると、京子ちゃんはにこっと可愛らしく笑うと、ごめんね、と謝罪してきた。

「何が?」
「今日、ツナ君の家で作る予定になってて、まさか静玖ちゃんに貰えると思ってなかったから、用意してないの」
「いいよ、別に。私があげたくてあげてるだけだから。京子ちゃんが受け取ってくれるならソレで良いよ」

袋を握り締めた京子ちゃんの手にそっと手を重ねて笑う。
ぽわっと京子ちゃんの頬が色づいて、ゆっくりと満面の笑みを浮かべてくれた。
うん、可愛い。

「それにしても、女の子がわらわらしてて凄いね」
「あぁ、獄寺と山本ね」
「へぇ。その二人、綱吉と同じクラスだったんだ」
「静玖ちゃん、知らなかったの?」
「興味ない」

きっぱりあっさり言えば、京子ちゃんはそうなの? と、首を傾げ、黒髪美人さんはにや、と口端を吊り上げた。
なんだろう、その企みの微笑みは。

「アンタも同年代は駄目なタイプ?」
「や、私は騒がしいのが駄目なの。ああいう目立つのとか」
「へぇ。───気が合いそうね。あたしは黒川花よ」
「柚木静玖です。宜しくね、黒川さん」
「花でいいわよ。宜しく、静玖」

年齢のわりには大人っぽい表情を作る黒川さん───花ちゃんに私も笑う。
それから、ゴクデラ君とヤマモト君に群がる女の子の隙間から綱吉のハニーブラウンの髪が見えた。
ふ、と力無く笑ってから、綱吉、と彼の名を呼ぶ。
視線が合った綱吉がきょとん、と目を丸くした。

「手、広げて」
「え」
「はい、お裾分け」
「わっ、ちょ、静玖───」

手を広げた綱吉のその手にちゃんと乗るように袋を投げる。
綱吉は運動音痴だけれど、こちらが気を付けて投げてあげればちゃんとモノをキャッチ出来る。私はそれを知っているから、女の子の群れを裂くことなく綱吉にチョコレートを渡した。
呆然と目を見開いて騒ぎだしそうな綱吉に、唇に人差し指をそっと添えて静かにするように笑えば、彼は静かにこくりと頷いた。

「じゃ、私は教室に戻るね。京子ちゃん、花ちゃん、またね」

ひらひらと手を振って教室を出る。
私に倣ったように手を振ってくれた花ちゃんと京子ちゃんににっこりと笑った。
さて、後は凪ちゃんと護衛だけ。
子雨に頼んで凪ちゃんの学校は調べてある。ちょっとストーカーっぽくて申し訳ないけれど、もう一度会いたいから、仕方ないよね。………うん、仕方ない。
早く学校終わらないかなぁ、と心の中で呟きながら午後の授業を受け、ホームルームが終わると同時に教室を出た。
学校と名前しか知らないから会えるかわからないけれど、駆けるしかないし、賭けるしかない。
会いたいなぁ。
他校の事情なんか知らないから、並中より早く学校が終わるのか、はたまたその逆かわからない。
今更ながら、自分の計画性のなさに涙が出る。
とりあえず、急げ。
は、と切れる息を無視して走り続ける。
自転車に乗ってくれば良かった。
顎を伝う汗を手の甲で拭って、目の前で揺れる長い髪に、ほっと息を吐いた。
あの後ろ姿、間違いない。

「───凪ちゃん!」
「っ………!!」
「あぁ、やっぱり凪ちゃ、」

ぜえはぁ、と肩で呼吸していたら言葉が止まった。
凪ちゃんはと言うと、また目をこぼれ落ちそうに見開いて、ふうわりと微笑む。

「静玖ちゃん………」
「会いたかった、凪ちゃん」
「私も、」
「はいこれ、バレンタイン」
「私も、バレンタイン」

お互いにカバンからラッピングされたそれを出して、笑い合う。
あぁ、会いに来て良かった。間違いじゃなかった。
はい、と凪ちゃんに渡して、私も凪ちゃんに渡されて、心臓の辺りが暖かくなる。
あぁもう本当、こういう些細な倖せが好き。
思わず凪ちゃんに抱きつきそうになったけど引かれるのは勘弁だ、と自らの欲望を抑えていると、頭上に影が出来る。
顔を上げれば、混じり気のない金髪が目に入った。

「お楽しみ中申し訳ありません、雪の姫様」
「っ。君は、」
「静玖ちゃん、知り合い………?」
「…あ、あぁ、うん。そう、大丈夫。心配しないで、凪ちゃん」

久々に見る顔だ。
久々過ぎて一瞬誰だかわからなかった。
金髪碧眼のイギリス人。子雨子晴に続くティモが私に寄越した私の───雪の護衛、子霧だ。
心配そうに見上げてくる凪ちゃんに笑みを返して、後ろから私の肩に当たり前のように手を乗せてる金髪の青年に苦笑した。

「そろそろ戻らないと、姉君がご心配なされますよ」

微笑まれたままに言われて、きゅ、と口を閉じた。
出来ることなら、もう少し凪ちゃんと居たい。
でも、ワガママは言えない。

「凪ちゃん、また、会いに来ていい?」
「………! うん、またね、静玖ちゃん」

不安そうに瞳を揺らしていた凪ちゃんが少し安心したように笑んだのを見て、私も安堵のため息を吐いた。
またね、ともう一度言ってスカートを翻して走り去る凪ちゃんに、しょんぼりと目を伏せた。

「行きましょう、雪の姫様」
「その前に、なんで君がここに居るの? 私、行き先告げてないよね、誰にも」
「雪の姫様のことをわからないはずがないでしょう?」

当たり前のように呟かれる台詞に、思わずひきつった笑みを浮かべた。
どうしてこう、痒くなるような台詞がぽろっと出てくるのかな、外人さんはっ!

「あ、子霧、待って」
「はい?」
「これ、バレンタイン」
「………はぁ」
「日本だと、お世話になった人や、片思いの相手にチョコレートを送るんだ。私がお世話になってるのって、子霧達だからさ。でも、賞味期限とか考えると全員には渡せないから、代表で子霧だけ」

はい、と手渡せば、彼はふわっと嬉しそうに笑った。
甘いもの大好きな彼だから、嬉しいと良いな。

「いつもありがとう、子霧」
「───ありがとうございます、雪の姫様」

嬉しいです、と微笑む子霧に、私は今年のバレンタインは充実した日だったとガッツポーズをしたのだった。



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