髪梳きの思い出

時間軸は無視で
若スクとチビ主人公、そして現在のお話


ぼさぼさと生乾きの髪を背に流したそれを見て、思わず深いため息を吐いた。

「チビ姫ぇ、座れ」
「う?」
「髪、梳いてやる」
「???」
「あぁ、櫛を通す、の方がわかりやすいか?」

境内の階段に座っていたチビ姫の横に座り、先ほど手渡した手紙を入れていたカバンから櫛を取り出す。
長くなりだした自身の髪を梳くために入れていたが、まさかこんなところで役に立つとは。

「今日プールだったんだよ」
「だから生乾きかぁ」
「ん、」

さらり、さらり。
櫛を通すほどに滑らかに、艶やかになっていく。

「すぴるべも髪長いよねぇ」
「『約束』だからな。………なんだ、梳いてくれるのかぁ?」
「私がもう少しおとなになって、器用になったらやらせてくれる?」

上目遣いに聞いてくる子供の頭を1つ撫で、再びその髪を梳いていった───。









「と、いう約束があったんだが、覚えてねぇよな?」
「覚えてない」
「まぁ、こればっかりはオレも今さっき思い出したが」
「だからわざわざ櫛片手にやってきたの?」
「ああ」

櫛片手にやって来たオレをぽかんと口を開けて出迎えたので、来た経緯を説明すれば、いまいち納得いかないのか少し眉を寄せている。

「ま、細かくは気にするなぁ。結局はお前に会いたい単なる衝動だ」
「ん、」
「で、やってくれるかぁ?」
「うんまぁ、櫛で梳くぐらいなら」

ほんのり頬を赤く染めた彼女に櫛を渡して椅子を引き、座る。
あ、と短く非難の色を含んだ声がしたので振り向けば、櫛を片手に器用に片眉だけ釣り上げていた。

「どーしたぁ」
「どーしたもこーしたもないよ。君、髪長いんだから背もたれにお腹向けなきゃ梳けきらないじゃん」
「ああ」

確かに、と呟いて身体の向きを変える。
すっと髪の間に櫛が入り、ゆっくりと髪の先まで流れていく。

「スペルビの髪って、お月様みたいだね」
「月? 一般的な月の色は金色か黄色だろうがぁ」
「うーん、でもほら、金髪のディーノさん見て思い出すのは太陽だよ。えと、説明しにくいんだけど、月………うん、月明かりの色、かな」

話しながらも、櫛を動かす手は止まらない。
照れくさくなったのか、少しだけ櫛が揺れている。

「で、月明かりがどうかしたのかぁ?」
「いや、うん。スペルビそのものが月明かりって気もしてね」
「………オレが?」
「君が私の部屋に不法進入した時、夜だったから、そういった印象が強いのかも」

さらりと毛先まで通った櫛の感触に目を細め、はい終わり、と呟いた彼女に振り返った。

「じゃあ毎晩お前はオレを思い出してるわけだなぁ?」

にっ、と意地悪く笑ってやれば、え、と短く言葉が返ってくる。

「オレは月明かりなんだろう? 月が空高く輝く夜は月明かり見てオレを思い出してるってことだろうがぁ」
「ち、違う違う違う! そういう意味ではなくてっ」
「照れるな照れるな」
「だから、ああもう、そうじゃないんだってば!」

あれは単なる例えであって云々、と顔を赤くして説明する彼女の本当の意図はわかっている。
結局は無自覚に恥ずかしいことを口走っているのだ。聞いてるこっちまで恥ずかしくなるような一言を。

(振り回されるのはガラじゃあねーなぁ)

大人の威厳と余裕を持って、林檎のように赤くなった頬に口付ける。
きっとオレは間違っていない。



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