10

綱吉からも深琴ちゃんからも外へ出るよう心配された私は、とりあえず次の日曜日、散歩することにした。
ハイネックのインナーにワンピースを重ね、タイツとブーツを履く。ワンピースの下にはホッカイロを貼り付けて、さらにコートのポケットにもホッカイロを忍ばせる。マフラーを巻いて、さらに手編みの帽子(これは深琴ちゃんがクリスマスプレゼントにくれたものだ)をかぶると言う完全防備をした私は、隣町まで来ていた。
まぁ、隣町といっても黒曜ではないけれど。
あ、手袋忘れた。まぁ、良いか。ホッカイロあるし。
くしゅくしゅとポケットの中でホッカイロを揉みながらてとてと歩く。
特別目的はない。ただ歩くだけ。

「寒いなぁ」

雪が降らないだけマシかもしれない。
首に巻いたマフラーに顔を半分埋め、寒さに肩を震わせた。
ぽてぽて力無く歩いていれば、ひらりひらり、小さな結晶が落ちてくる。
思わず眉間にシワが寄った。
これ以上寒くなるのは嫌だ。
よし、帰ろう。
そう思って踵を返した瞬間、誰かとぶつかった。
伸ばされた手を握りしめて引っ張り、ぶつかってしまった相手の体勢を立て直すのを手伝う。
手を握りしめられたことに驚いたのか、ぶつかった勢いが未だに表情に出ているのか、ぶつかった相手はきょとん、と大きな瞳をさらに大きくして私をまじまじと見ていた。

(うわぁ、『可愛い』と通り越した顔だ)

驚愕、驚嘆。
私がぶつかった子は『可愛い』なんて言葉が裸足で逃げるぐらいの可愛い子だった。
艶やかな黒髪に、黒い瞳。瞳を縁取る睫も当然黒くて、そして長い。
………あ、やめよう。私の語彙じゃ説明出来ない。

「ごめんなさい、大丈夫?」
「………」
「………?」
「………」

押し黙ってじぃっと彼女が見つめる先にあるのは彼女の手を握ったままだった私の手だ。
あ、

「ごめんなさい、初対面の人間に握りしめられるの、嫌でしたよね」
「………ありがとう」
「?」
「助けてくれて、ありがとう」

離そうとした手を逆に握りしめられ、そして聞こえた小さな声。
でも確かに言葉を紡いだ。しかも感謝の言葉を。
心臓辺りがぞわぞわと疼いて、何故か恥ずかしくて、はにかんだ。

「君に怪我がなくてよかった」

口から出た言葉に嘘はない。
聞こえによっては口説いているようだけど、下心は全くない。
自分の所為で誰かが傷付くなんて、出来れば避けたい。
ゆっくりと手を離して、それからはっと目を見開いた。
雪が降り始めたほど寒い日に、彼女はマフラーも手袋も何もしてない。
ポケットに手を突っ込んで彼女の寒さに悴む手にホッカイロを乗せた。
長い睫を震わせて、彼女はぱちりと瞬いた。

「ぶつかっちゃったお詫び。身体は大事にして下さいね」
「あ………」
「それじゃあ、これで」

一つ笑って彼女の横を通り過ぎた。
あぁ、言葉じゃ言い表せられないほど可愛い子だったなぁ。
そう思って一歩踏み出した瞬間、

「ま、待って!」
「っ」
「あ、ご、ごめんなさい………」

背後からぴっとマフラーを引っ張られ、ぐっと首が締まった。
けほ、と一つだけ咳をして、痛みでにじみ出た涙をさっと拭い、振り返る。
彼女はマフラーを握りしめたままだったから、首から半分、マフラーが外れていた。
纏うものを無くした首筋からひやりとした冷気が身体全体に巡る。
あぁ、寒い。
けれど私よりも寒そうな彼女に、つい、と目を細めた。

「あの、」
「うん?」

あの、と幾度か口を戦慄かせる彼女に私は黙って零れる言葉を待った。
寒いけれど、焦る必要はどこにもない。
だって急いで帰る理由がない。
それに、こういう相手は焦らせてはいけない。
マフラーをきゅう、と握りしめてうっすらと頬を色づけた彼女の言を待つ。

「………凪」
「『ナギ』?」
「私の、名前」
「………凪ちゃん、ね。私は静玖だよ」
「静玖ちゃん………?」

マフラーを握り締めたまま首を傾げる凪ちゃんにきゅんと胸が高鳴った。
あぁ、やだ。なんて可愛い子なんだろう。
ど、どうしよう。
この寒空の中彼女───凪ちゃんと話をするのも良いけれど、やっぱり凪ちゃんが薄着だってことを考えると、このまま外で会話するのは宜しくない。
凪ちゃんは静かだし騒ぐようなタイプじゃなさそうだし、何より可愛いし。
───うん、良し。

「凪ちゃん」
「?」
「時間があるなら私とお茶しませんか?」
「………っ、うんっ」

凪ちゃんがマフラーを握り締めたままだったから、私の首から外して凪ちゃんのマフラーに巻く。
驚いたように目を見開いた凪ちゃんの目は、本当にこぼれ落ちそうだ。
あぁ、ヤだ。こぼれ落ちちゃ駄目だよ、凪ちゃんの目。
そんな心配をするぐらい、凪ちゃんか可愛らしい。本当に可愛い。だから私の語彙じゃ説明つかないってば。

「じゃあ、はい」
「え………?」
「寒いから、少しでも暖まらないと」

差し出した手に、怖ず怖ずと手を重ねた凪ちゃん。その手は私以上に冷えている。
うん、お店入ろう。
少し歩いて見つけた喫茶店に入る。
ふんわりと暖かい風を身に纏い、ほっと目を細めた。
コートと帽子を外して促された席へ座る。凪ちゃんもゆっくりとマフラーを外していた。

「凪ちゃん、どうする?」
「え、と………」
「焦らなくて良いよ? 君のペースで、好きに選んで」
「うん、」

メニューを広げて凪ちゃんに向けて広げる。
どうしようかな、何にしようかな、とあのこぼれ落ちそうなほど大きな目をキラキラさせてメニューを見る凪ちゃんに、思わず笑った。
可愛いなぁ。ちょっとほくほくする、心が。
綱吉の周りが相変わらず煩わしいから、こうやって静かにのんびり過ごせるのは幸せだ。
まぁ、綱吉に関わらないからあの煩わしい人達と関わることはないけれど、綱吉がちょっと可哀想だ。
でも我が身可愛さに私は綱吉を助けたりはしない。騒がしいのに関わるのはイヤ。
私は私が可愛いのだ。わざわざ自分から目立つように関わったりしない。

「え、と」
「………?」

凪ちゃんの視線が揺れる。
ショートケーキとモンブランを間を行き来する凪ちゃんの視線に、ふ、と笑う。

「ショートケーキとモンブラン、両方頼もうね」
「え………?」
「半分こしよう」
「………いいの?」
「うん。私、甘いものはたいがいイケるし、半分こした方がきっと美味しいよ」
「うん………っ」

ふわふわの可愛らしい笑顔にでれっとした笑みを返す。
何、この可愛い生物。同じ生き物だとは思えない。何とって、私と。
もうマフィアとか無視して良いよね。私は一般人として生きるよ、ティモ!
注文を済ませてケーキが来るまでちょっと雑談。
凪ちゃんはこういうお店に来るのが「初めて」らしい。正直に言うなら私も初めてだ。
だって基本的にインドア派だし。
今日だって綱吉達に言われなきゃ家から出なかったし。

「そう、なの?」
「うん。基本、家に居たいんだ」
「………そう」
「うん。だって人と会うの苦手だし」
「え?」
「あー、えと。別に友達が居ない訳じゃないんだけどさ、私、あんまり騒がしいの好きじゃなくって」

やっぱり年頃の女の子となると恋に花咲かせてみたりとかするから、話題が尽きないみたいだけど、そういうのって個人差あるし、私は未だに恋をしてない。
そうなると話題に付いていけない時があるし、何より、『そういう事』は急かされてするべきものじゃないと思ってるのに、クラスメートは勝手に「恋をした方が良い」と勧めてくる。
そういうのって、とても煩わしいと思う。

「なんて言うか、同年代と合わなくて」
「………私も」
「私、ゆっくりのんびりするのが好きだからなぁ」
「のんびり」
「そう、のんびり」

運ばれてきたケーキを二人の真ん中に置いて、凪ちゃんの手にフォークを乗せる。
自分もフォークを握り締めてぷすりとケーキにさした。凪ちゃんもそれに倣う。
うん、可愛い。いや、それしか言ってないぞ、私。落ち着け、私。

「無理に人に付き合うより、ゆっくりケーキつついてる方が好き。結局は個人の好みだよね」
「………私も、好き」
「じゃあ、一緒だね」
「うん、」

いっしょ、とその厚めの桜色をした唇からそっと零れ落ちた言葉に、ゆるりと口端をつり上げた。

まさか彼女が綱吉がらみの少女になるだなんて思わなかった。



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