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「ん〜ッ」

ぐうっと身体を伸ばす。
長く寝ていたつもりはないけれど、なんか身体の節々が痛い。
ふわぁ、と大きな欠伸をした後、ベッドから抜け出そうとして、ようやくその気配に気が付いた。
ベッド脇の椅子に座って、にぃっこりと笑ったその人は───。

「わぁあ、雲雀先輩?!」
「おはよう」
「お?! おはよう、ございます………」
「ぐっすり休めたみたいだね」

すっと表情が無くなる。
鋭い視線が余計に鋭く見えて、ひぃ、と小さく怯えた。
そんな私を見てくつ、と喉を鳴らした雲雀先輩は、そっと頬を撫でてから、その手を後頭部にまで回す。
………な、なななっ。

「雲雀先輩ッ」
「うん?」
「な、なんですか、この手っ」
「なんだろうね」
「ちょ、雲雀先輩っ………!」

先輩の手から逃げようとすると、ぱしんっと軽い音が響いた。
え、なに。
そう思ったら、肩にちょっとした重み。

「リコリス?」
「こんっ」
「………相変わらずの狐だね」

叩かれた雲雀先輩の手の甲がうっすらと赤くなる。
わああっ、何してるの、リコリス!

「ご、ごめんなさい、雲雀先輩っ。リコリスがっ、ああ、もう赤くなって………!」
「大丈夫だよ」

どう見ても大丈夫じゃない。
雲雀先輩の手の甲の怪我が、ではなくてリコリスが怪我をさせてしまった、ということが申し訳無くて居たたまれない。

「僕の怪我のことより」
「?」
「君、暴走したんだって?」
「え………?」
「一部屋完全に凍らせたって聞いたけど」

冷えた声で言われて、かたかたと身体が震えた。
肩に居たリコリスをきゅっと抱き締めて、ここに来る前、何があったかを明確に思い出す。
そうだ。あの時、鈴の音が聞こえたんだ。
だけど、あの部屋に鈴なんてなかった。そう認識したら、リングが光り出したんだよね。
そうして、気が付いたら部屋全体が冷気に包まれた。
瞬く間に氷が出来ていき、リングは炎を灯し続けていた。
その様を見続けるのが怖くて怖くて、だけどどうしたら炎を消せるのかわからなくって、ひく、と恐怖に喉を鳴らしてしゃがみ込んだ。
そんな時だ。

「柚木!」

獄寺君が部屋に入ってきた。
慌てて私の傍に来て、自身が凍るのも厭わずに私の中指からリングを外してくれたんだ。
はっとなって自身の中指を見る。
そこに収まるのはティモから預かった『雪』のリング。
あの後、獄寺君がきっと填めてくれたんだろう。
今はもう大人しいリングにも、恐怖を感じる。

「………雲雀先輩、」
「ん?」
「これ、こわい、です」
「うん、君にとってはそうだろうね。───『今』の君には」

雲雀先輩に左手を差し出す。
すると雲雀先輩はつん、と人差し指でリングをつついて、くすりと笑った。

「ボンゴレリングはとても大きな『力』だ。稀な『雪』を持っていて、尚且つ基本的には一般人の君にとって、扱いきれない代物なのは仕方がない。事実、この時代の君自身も扱うのに手こずっていたからね」
「手こずる、」
「それでも、自分の力として扱い、利用することが出来るようになった」

思わず口を閉じる。
私が、このリングの能力を、扱いきる………?

「そうなるのに、一体何年掛かったと思う? 6年さ」
「えッ?」
「『超直感』を持つ沢田綱吉。戦闘センスが無駄に高い山本武。元々マフィアとしての下積みがある獄寺隼人。この3人がリングを扱いきれるのはある意味当たり前だ。それなりに『下地』が出来ていたからね」
「『下地』───それって、リング争奪戦、ですか?」
「うん」

よく知ってるね、と、雲雀先輩が淡く笑う。
話だけは聞いたけど、どんな内容かは知らないので、曖昧に微笑み返した。

「でも、君にはそれがない。今やっと、君はその『下地』に向けての修行中だ」
「………はい」
「だから、扱いきれなくて当たり前。君が恐怖に思うのも当たり前。───重要なのは、その恐怖に打ち勝つことじゃないよ。自分が一体どういう代物を扱っているのかを知ることだ」
「知る、こと」

ボンゴレリングがどういう代物なのか、まず知らなければ、今私が感じてる『恐怖』も抱く事がないってこと………?

「自分のリングを怖がることは結構。相手が持ってるリングを怖がる事と同じだからね」
「………良いんですか?」
「君は戦いに重きを置いているわけじゃないんだ。相手のリングが、炎が怖ければ逃げるだろう?」
「はい」
「君は戦力外も良いとこなんだから、無駄な動きをせずに自分が死なないことだけ考えてくれるほうがこっちも動きやすいからね。戦う人間の邪魔をしない。それも必要なことだと思わないかい?」

ええと、それは。

「戦えない人間の極意、みたいな感じですね」
「そうだね」
「………はい、頑張りますっ」

この時代で死なないこと。
生きて過去に帰ること。
私が未来に来て決めたのはそれだ。
そのためにやるべき事は、確かに雲雀先輩が言うことなのかも。

「まぁ、少しでも扱えるようになっておく必要はあるからね」
「はい」
「………後はもう、実戦あるのみ、だからね」
「え?」
「ううん、何でもないよ」

じゃあね、と雲雀先輩はひらりと羽織を翻して部屋から出て行った。



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