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もう暫く眠る、と言ったフィーから離れる。
ふぁ、と欠伸をして、夢の中なのに眠たくなったことに驚いた。
再び出てきた欠伸を気の抜けたようにして、目元を擦る。
このまま寝ようかな、とうとうと仕掛けて、誰かに名前を呼ばれた気がした。
でもあれ、これは夢の中だよね? なんで誰かに名前を呼ばれるんだろう。
変なの、と小さく呟くと、ぐわん、と視界が揺れる。
わわっ、と慌てて体勢を立て直す。すると、目の前に頼りない背中が見えた。
───あ。

「凪ちゃん………?」
「! 静玖ちゃん」

大きな瞳を潤ませた凪ちゃんが振り返った。
真っ白な肌に真っ白なワンピース。
凪ちゃんをさらに頼りなくさせるそのアイテムに眉を寄せながら、凪ちゃんの傍へと寄った。

「静玖ちゃん、骸様が………」
「うん、わかってる」
「え………?」
「私も感じたから。………骸くんのこと、信じよう?」

私はフィーが言ってくれたから、骸くんのこと、信じようって思えた。
だから、私が凪ちゃんにとっての『フィー』にならなくっちゃ。
何かを抱えるように胸の前で手を掲げていた凪ちゃんに寄り添う。
すると凪ちゃんがぽすん、とその額を肩に預けてきた。
ぎゅ、と凪ちゃんを抱き締める。
触れ合うと安心するのは綱吉やフィーとの一件で確認済みだ。というか、体験済みだ。
凪ちゃんの体温が少し低い。
骸くんのことを心配しているのと、そこからくる緊張が原因だろう。
ぽんぽん、と静かに背を叩くと、凪ちゃんが私の腕を掴んで、ふと顔を反らした。
………?

「『ここにある』………?」

え、何が?
小さく、僅かに口を動かして呟いた凪ちゃんに思わず心の中で突っ込む。
凪ちゃん、と呼び掛けると、凪ちゃんが私から離れて歩き出した。
え、あ、え!

「な、凪ちゃん!」

覚束ない足取りで歩く凪ちゃんを慌てて追い掛けようとして、くらりと身体が傾げた。
身体の中心が前後左右に揺れて、頭から血の気が引いていく。
なんで夢の中で貧血なんか………!
片膝を付いて、深く息を吐き出す。
ぐっと握り拳を作ってからゆっくりと立ち上がる。
よし、もう大丈夫。
少し小さくなってしまった凪ちゃんの背を慌てて追った。

「なんで、ここに………」
「凪ちゃん!」
「あ、静玖ちゃ………」

振り向き様、ぱん、と何かに凪ちゃんが払われる。
慌ててその身体を支え、凪ちゃんを振り払った相手を見て、驚きに目も口も勝手に開いていった。

「正、いち、くん………?」

私の背に回った凪ちゃんがきゅっと服を掴んできた。
正一くんは何も言わずにきっ、とこちらを睨んだかと思ったら、その姿がブレる。

「え───」

すらりと身長が伸びた正一くんの姿。
それは間違い無く少年の姿から青年の姿へと変わった正一くん本人だ。
右手中指に、きらりと黄色の宝石を添えたリングが見える。
あれは………。
かっと視界が光る。
咄嗟に凪ちゃんを抱きかかえ、正一くんに手を伸ばした。

「正一くん………!!」

かばっと身体が起きる。
目が覚めたのだとわかって、あ、と小さく言葉が漏れた。
………あれ、ここ、どこだ………?
ぱちぱちと目を瞬く。
子晴と分かれてから、あの部屋でリングに炎が灯って、それから獄寺君が助けてくれて───。
あぁ、そうだ、そんな時に骸くんの声がしたんだ。
それから、それから、えぇと。
夢でフィーに会ったんだから、寝てたんだよね。いや、寝てたと言うよりは、『気絶』かな………?
ここ、どこ………?

「静玖?!」
「ビアンキさん………」
「静玖、貴方、大丈夫? 身体は?」
「ふぇ、」
「もう………」

心配したのよ、と言いながら抱き締めてきたビアンキさんに、目を白黒させる。
あれ、なんでビアンキさん………?

「静玖姉、どう?」
「どうって………?」
「なんかほら、辛いーとか、ないの?」
「ない、け………」

無いけど。
そう言い掛けて、隣のベッドを見て声を無くす。
なんで、どうして、なんで!

「なんで彼女が………!」
「やだ、静玖。クロームと知り合いなの?」
「クローム? やだ、誰? あの子は、」
「あの子が、クローム。そうでしょう?」
「え、あれ、え………?」

この間のティモみたいに、凪ちゃんの身体に管が繋がっていた。
身体が、命が、機械と繋がってる。
───なんで、凪ちゃんがそんな目に。
思わず口を閉じた。そして頭を抱えた。
どうして、凪ちゃんは違う名前で呼ばれているんだろう。
どうして、あんな姿なの。
思わずベッドから降りようとしたら、ビアンキさんに止められる。
抵抗したいのに、抵抗するだけの力が身体に入らない。
なんで、と歯を食いしばろうとして、きゅっと改めてビアンキさんに抱き締められる。

「ビアンキさん、離してっ」
「ダメよ、静玖。もう少し寝ていなさい」
「ビアンキさ………」
「寝なさい」

ふわりと香った甘い匂い。
その匂いに誘われたまま、私はゆっくりと目を閉じた。

「なにを嗅がせたの?」
「睡眠薬よ。睡眠薬だって、立派な『毒』よ」

なんて声が聞こえたけれど、反応するだけ意識を保っておくことは出来なかった。




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