07

「あ、静玖」

とたとたと廊下を少しだけ走る綱吉に足を止めた。
私の名前を呼んだからには用があるんだろう。

「なに」
「あのさ、深琴のことなんだけど」
「………なんかやらかした?」
「いや、そうじゃなくて」

ほぼ変わらない身長の綱吉の顔を見上げる必要もないため、私は素直に首を傾げた。
一体、なに。

「気を付けて、って」
「は?」
「俺の知り合い、みんな深琴のこと本気みたいだからさ」
「………ふうん」
「や、ごめん、本当。声低くしないで俺悪くないごめんなさい」
「あぁ、ごめんね、綱吉」

後半の殆どを一息で言い切った綱吉の頭を撫でる。
いい子だ、実に。だから可愛い。
よく本当、スレないで育ったよね、綱吉は。
………奈々ちゃんの教育と、家光のオジサマが家に居ないからかな。

「それに、夏の盛りになると深琴薄着になるだろ? ほら、去年警察沙汰になったし」
「あぁ、痴漢騒動ね…。また警察のお世話になるのはごめんだねぇ」
「尻拭いは大概静玖だったね」
「そうなんだよ、」

目立つことも疲れる事もしたくないのに。
そう呟けば、綱吉は困ったように眉を寄せて笑った。
綱吉は他人事だから焦る必要がないんだよね、羨ましいことに。
こっちとしては良くも悪くも目立つ可愛いお姉さまに振り回されて大変なのに。
………悪くはないけど、さ。

「静玖、体調悪いの?」
「へ?」
「だって最近厚着じゃん」

くん、と綱吉が私の制服の裾を引いた。
まぁ確かに、初夏を迎えて夏服に衣替えした今でも長袖のワイシャツに指定セーターを着込んでいるのは私だけかもしれない。
でも仕方がない。
異様に冷える指先。低体温症かと思わせる低い体温。
身体を温めるためにはどうしても厚着するしかなかった。
綱吉、と彼の名前を呼んでその手を握れば、ぎゃっと短い声を上げて彼は私から離れた。
あ、うん。やっぱり冷たいよね、コレ。

「ど、どうしたの、一体」
「や、コレだから厚着するようにしてるんだ」
「………夏場だからホッカイロだけは持つなよ」
「善処するよ」

と言うか、そこまで冷えたらさすがにティモに訴えるから。
リングの性能とか効力とかどうなってんのコレ、と訴えたらどうにかなるだろう。
ぐり、と綱吉の項を強く撫でてから手を離すと、ばっと顔を赤く染めた綱吉がいた。

「綱吉?」
「………だからさぁ」
「ん?」
「そのナチュラルなセクハラ辞めろよ、お前」
「セクハラ? どこが、何が」
「お前のその手の動きだよッ」
「あぁそう、わかった。気を付ける」

ぐぱぐぱと手を動かして綱吉に言えば、少し深いため息が返ってきた。
え、なんで。
っと、だいぶ話が逸れたけど、綱吉が私に言いたかったのって深琴ちゃんの件だけかな?

「あぁ、そうだ。だからさ、静玖」
「うん?」
「深琴が荒れたら慰めてあげてね」
「あぁ、うん。任されたよ、綱吉」

じゃ、と手を振って走る綱吉にそっとため息を吐いて、私は静かに目を細めた。
綱吉が走っていった場所には綱吉より高い身長の男子が二人いる。ゴクデラ君とヤマモト君だ。
じぃ、と二人の顔が私に向いている。表情まではわからない。だってそこまで目は良くないし。
まぁ、あまりいい視線はもらわないよね。

「青春、って感じだね」
「そうだね、深琴ちゃん。で、どっから湧い出てきたの?」
「お姉ちゃんに対して酷いよ、静玖」
「深琴ちゃんは特別だよ?」

後ろからさも当たり前のように抱き付いてきた深琴ちゃんを剥いで、向き直してどうしたの、と聞いた。
あー、用がなくても一年の教室に来るような人だった、この人は。
私の問いにきょとん、と目を丸くした深琴ちゃんは楽しそうにうふふ、と笑った。
………この笑顔が怖いよ、深琴ちゃん。

「ちょっと、助けてほしいんだけど」
「………私に?」
「静玖じゃなきゃ駄目だと思うの。助けて」

深琴ちゃんが私に助けを求めるなんて珍しい。
一体どうしたの、と聞けばなぜか舌打ちが返ってきた。あぁ、思い出して不愉快になったんだね、深琴ちゃん。
苛々が収まるまで待つしかないなぁ。

「深琴ちゃん、屋上行こっか」
「うん」

眉をぎゅうっと寄せても麗しいお姉さまの手を引いて歩く。
あー、授業………。や、深琴ちゃん優先だ。
このまま放置した方が面倒だし、何よりも騒がしい。
それに、深琴ちゃんが他の人に頼るのはいまいち気に食わないし。
うーん、やっぱり私もシスコンだよね。
手を引いてずんずん歩き、屋上についてからハッとした。
深琴ちゃんみたいな可愛い子(いや、姉だけど)の手を引いて廊下歩くって、目立つ? 目立つ! もしかしなくても目立った?!
やってしまったと頭を抱えると、静玖? と柔らかい声で名を呼ばれた。当然振り返る。
ようやく苛立ちが収まったのか、表情も軟らかくなっている。うん、いつもの深琴ちゃんだ。
ふ、と息を吐いて地面に座り込んでからぱふぱふと隣を叩く。すとんと座り込んだ深琴ちゃんは私の肩にそっと頭を預けてきた。

「ねぇ、ツーちゃんの家に家庭教師としてきたリボーンの話、覚えてる?」
「うん」
「そのリボーンを愛している人が獄寺君のお姉さんなんだけどさ、わたしまでリボーンを愛しているんじゃないかって変な目で見られているのよ」
「はぁ」
「いくらわたしがショタに興味がないって言っても全く信じてくれないのよ?! どういう了見よっ」
「だーいじょうぶ?」
「大丈夫じゃないから不満なのよーっ!」

あー、もう! と、ぐしゃぐしゃと頭をかきむしる深琴ちゃんに目を細める。あぁもう、可愛いなぁ───じゃなくて。
不満をぶちまけるだけなら家で言うだけで充分だろう。
それを敢えて学校で言うってことはまだ先に何かある。
無ければ、わざわざ「助けて」なんて言葉は使わない。その筈だ。
深琴ちゃんはべったりとした甘え方をする子だけれど、「甘えた」じゃない。

「で、私に何を頼むの?」
「………して?」
「うん?」
「あの人───ビアンキさんを説得して?」
「ビアンキさんって、そのゴクデラ君のお姉さま?」
「うん、そう」

にこにこ、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべた彼女に、そっとため息を吐いた。
うん、そう。そうクるのか、深琴ちゃん。
───説得、ねぇ。
ぱちっと目を瞬いて、笑みを返す。
アルコバレーノさえ関わらなければ、何とかなるだろうし、何とかしても良いかな。
深琴ちゃんが困っているなら、引いては綱吉も困ってるってことだろう。
そうであるなら、動かないわけにはいかない。

「いいよ。今日、会いに行こう? あ、でも、深琴ちゃんを困らせる『リボーン』さんには会いたくない」
「了解。何とかしてみせるよ」
「大丈夫だよ、深琴ちゃん。───深琴ちゃんの障害は、私がすべて振り払ってみせる」

なんて言うから綱吉に『ナチュラルなセクハラ』って言われちゃうんだろう。

気付いたところで、遅かった。



- 8 -

[] |main| []
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -