アンバランスor――1
アルジーはいつだって強引で、我侭だ。
たとえば来月三月、僕は探偵事務所を開設することになっている。だけど僕の意思なんかほとんど無視されていて、まるで騙されたみたいに、いつのまにかそんなことになっていた。
慌ててジェムに相談したけど、アルジーは先手を打っていた。ジェムは事務所開設が僕のためになるっていう考えにすっかり傾いていて、応援すると励ましてはくれたけど、探偵事務所開設はとりやめにはならなかった。
それで、なんとかして、少しでもいいから、仕返ししたいと思ったんだ。嘘をつくのは嫌いだけど、なんでもかんでもアルジーの言いなりになるのはいい加減、うんざりだった。
だから。
苦手なオペラの誘いを断わるのに、仮病を使うことにした。
コベントガーデンのオペラに誘われていたのだ。
歌劇場には、アルジーに連れられて、もう何度か出かけている。
でも僕はオペラなんか興味はない――何度もそう言っているのに、アルジーは僕のためのチケットもとったと言って、勝手に予定を決めてしまう。その上、僕のために誘っているのだと付け加える。
つまり社交界に顔を出しておくことで、探偵の仕事をとるためのコネをつくっておけるというのだ。だけど僕は、アルジーやアルジーの友人たちみたいな階級のひとをお客になんかにしたくない。
だいたいオペラは、イタリア語がわからないから、何を言っているのか、歌っているのかちんぷんかんぷんだ。あらかじめアルジーからストーリーを聞いていたとしても、退屈で、たいてい途中で眠ってしまう。
それにお客たちも厭だ。舞台を見ていてくれたらいいのに、彼らは――アルジーもだけど、オペラグラスを客席に向けることがしばしばある。
当然、アルジーと僕のいる桟敷も見られている。すれ違いざま、居眠りしていたことや欠伸していたことで、さりげなく厭味を言われたりする。
とにかく僕は気後れするばかり。イタリア語どころか、英語だってわからなくなりそうだ。休憩時間、アルジーの知り合いや友人たちと一緒になると、僕は自分ではけっして発音できないクイーンズ・イングリッシュに置き去りにされる。
アルジーの知り合いたちは、僕なんかがアルジーと付き合い、「彼らの場所」に足を踏み入れているのが気に入らないのを隠そうとしない。
とにかく何一つ面白いことはないんだし、この日のオペラは、絶対に行くものかと決意した。
それでも何の理由もなくすっぽかすのは難しいような気がしたから、仮病を使うことにしたのだ。
アルジーが迎えにくる約束の時間までに、僕は部屋の灯りを小さくして、ベッドにもぐりこんで、言い訳の台詞を練習していた。
おなかが痛い――
だと食べ過ぎだとか、からかわれるかもしれない。
頭が痛い、の方がいいだろうか。
頭が痛い、にしよう。
頭が痛くて、食欲なくて気分が悪い
うん。食欲がないのは本当だし、
少し気分も悪い。
頭が痛い。
そして。
痛い。
歯が痛い
痛い――?
僕は奥歯のあたりにそっと手を当てた。
どうしよう。
本当に痛いかもしれない。
歯が――
痛い。
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