present
プレゼントを貰うのは嬉しいことのはずなのに、子供の頃から僕は誰かから何かを貰ったりするのが苦手だった。
素直に喜びを表現できない子供を、大人たちはかわいげのない子だと呆れていたけど、僕は贈り物を受け取ると、本当に貰ってもいいのかとか、どうやってお返しをしたらいいのだろうかと考えてしまうのだ。
だからアルジーから高価な贈り物をもらうと、僕はいつも感情的に混乱してしまう。
でもそのうち、わかってきた。アルジーが僕に高価な衣服や装身具を贈るのは、アルジーの方の都合なのだ。つまり、自分とつりあうくらいの格好をさせておかないと、アルジー自身が恥ずかしい思いをすることになるから。
だから身の回りの品については、もう割り切ってしまうことにした――のだけど、それでも貰うばかりだと憂鬱になる。結局は、自分が何ももっていないことを思い知らされる。
ジェムにそんなことを相談したら、だったら小さなものでもいいから、僕からも彼にプレゼントをしたらいいだろう、って言われた。
高価なものでなくても、気持ちがこもっていればいいだろうって。
でもつまらないものを選ぶと、アルジーには軽蔑されそうな気がする。それでも何もしないよりは気が楽になるだろうか。
そこで僕はいろいろと考えてみた。条件としては――そんなに高くはなくて、しかも高級品であること。
僕にも買えるのは、たとえばあの高そうなシガーとかシガレットとか――?
でも煙草は、僕が好きではないから、やめにする。他はせいぜいタイかハンカチか。
来年のアルジーの誕生日か、それともクリスマスまでに、少しずつお金をためておけば、何かそれなりのものを買えるだろうか。
だけど問題はアルジーの好みに合うものを、選ぶことができるかどうか。
「難しい」
小さく呟いて、ため息をついた。
バートがため息を繰り返している。いったいどうしたのだろう。
先日、私は彼の誕生日にかこつけて、新しくスーツをつくらせたのだが、それが気に入らないのかもしれない。
バートは、私が彼に贈り物をしすぎると考えている。
とはいえ、彼は私からの贈り物を拒むことはないから、まだ救われる。
クリスティナは――
今では私が何を贈っても、けっして受けとろうとはしない。
幼い頃には、私からのプレゼントをいつも楽しみにしていてくれていたのに。
時折思い出す。
私からの贈り物に対するお返しだと言って、小さなクリスティナが、庭で摘んだ綺麗な花束を、愛らしい笑顔で、差し出してくれたときの幸せ。
今はもう、けっして得ることはできないが、あの思い出は、今も私の心を癒す優しさをもっている。
あのとき、小さなクリスティナがくれたような幸せを、本当は誰かに贈りたい。
だが、そもそもバートが何を欲しがっているのか、私にはわかっていない。
階級が異なり、育った環境が違うせいもあるだろう。価値観があまりにも異なるのだ。
だから、私は必要なものを贈ることにしていた。オペラや音楽会、食事に出かけるときのスーツやタイなどを。
バートは盛装した姿もよく似合っている。
慣れない格好で、慣れない場に連れ出されて、ほんの少し心細そうにしているところは、かわいいだけではなく、幾らか艶っぽさもあるのだけど、そんなことを言うと彼は機嫌を損ねる――というよりも傷ついたような顔をする。かわいいと言われるよりもいやなようだ。体を売っていた頃のことを揶揄されているように思うらしい。 もちろん、私はそんなことは滅多に口にはしない。少なくとも昼間には――。
まあそれはともかくとして。
オペラや音楽会、高級なレストランに出かけるのは、バートにはあまり愉快なことではないようだ。
だが彼と過ごすのに、いつもウィグモアの部屋にとじこもっているのも馬鹿げている。
社交の場に出ることに、バートは今は当惑しているが、将来的には彼のためにもなるはずだ。有力なコネクションをつくっておいて、損はない。
もちろん仕事で成功するには、実力も必要だ。こちらの方は、なんというか、バートはまだ若いし、あと暫くは経験を積まなければとても一人前とは言えないだろう。しかし、それまでは私が支援すればいい。
そう、私は彼を束縛しているが、不幸にするつもりはない。
愛してはいないにしろ――
彼は私の精神安定剤なのだから。
幸せでいてくれる方がいい。
だから。
贈り物のことを考えてみた。
バートが今欲しがっているものがあるのは、知っている。欲しがっている、というよりも気になっている様子だ。
ホライズンブルーのネクタイ。
先日、スーツをつくるのに採寸に出かけたとき、店にあったものだ。
淡いブルーのそのタイは、バートに似合わなくはない。だがもう少し色に深みのある方が良いだろうと思う。
そういえば、バートが自分で選ぶシャツの生地やタイやカフスの趣味があまりにどうしようもないから、私はいつも口出しして、彼にもっと似合い、洗練されたものをかわりに選んでいた。そのせいで萎縮して、欲しいものが言い出せないのだろうか。
似合わなくはないのだから、それがバートの欲しいものならば、プレゼントしたいと思った。
「そのタイを――」
欲しいのかと、尋ねようとすると、バートは慌てた様子でさえぎった。
「アルジー、こういうのは好き? 綺麗な色だと思うけど」
「そうだね。きみに似合うと思う」
どうせ身につけるならば、自信をもつべきだろう。私は自分の評価をほんの少し和らげて告げたあとで、つづけた。
「もしもきみが気に入ったのなら――」
だがバートはもうタイから目をそむけていて、落ち着かない様子で店のなかをぐるりと見渡していた。
物欲しげに思われたのが気まずいようでもあったから、私はそれ以上は何も言わなかった。
八月二十一日。僕の誕生日。フレンチ・レストランで食事をしたあと、アルジーと一緒にウィグモアの下宿に戻った。
部屋に入るなり、細長い包みを手渡された。
プレゼントだと言う。
僕はそれを受け取ったけど、ありがとうと言う前に、「なぜ」と尋ねていた。
「誕生日の贈り物だよ」
「だって誕生日の贈り物は、このあいだスーツを一式つくったとき、あれが――」
アルジーは小さく肩をすくめた。
「しかし今日手渡すものがないと、つまらないだろう」
「だけど――」
「いいから開けてごらん」
僕はのろのろと包装をといた。そして。
目を丸くした。
包みのなかからあらわれたのは、あのホライズンブルーのネクタイだった。
「どうして――?」
「欲しかったのでは?」
「欲しかったけど――」
だけどそれは、アルジーにあげるプレゼントにするために欲しかったのだ。
どうしよう。
素直にそのことを話すべきだろうか。だけど――
僕が物欲しげにあのタイを見つめていたのに気づいて、わざわざ買ってくれたのだろうか。
僕に似合うと言っていたし――
いつも僕の意見など無視して、勝手に選ぶのに。
こんなふうなのは、はじめてだ。
僕が見つけて、アルジーも一緒に見て、そして選んでくれた。一緒に選んだってことになるのだろうか。ほんの少し目的は違ったけど、でも――。
もちろん、だからって、どうってことはない。きっとアルジーは気まぐれにしたことなんだろうし――。だけど。
なんだか変だ。
顔が熱い。
何だろう。
欲しかった、とバートは小さく答える。浮かない顔をして、目を伏せてしまう。
気に入らないのだろうか。欲しがっていると思ったのは、私の間違いだったのか。
それとも欲しかったものでも、私からは受け取りたくなかったのだろうか。
だが――
「ありがとう」
声を聞き、バートの顔を見ると、真っ赤になっている。
いったい、どうしたのだろうか。
こんなとき、バートの考えていること、気持ちの動きがわからない。
ありがとう、という言葉は、偽りでも厭味でもなくて、本心から出たもののようだった。少しはにかんだふうでもある。喜んでくれたということだろうか。
微笑んではくれないけど。
だけど、
望みすぎてはいけない。
こんなふうに過ごせる優しい時間があるだけでも、私にとっては幸いなことだから。
アルジーが、ほんの少し眉をくもらせる。くちびるに少し冷たい笑みがかすめて、消える。
何を贈ったところで、愛などないのだから――とか、そんなふうに言われるのかと思った。
だけど、この日はそんな言葉は聞かなかった。
僕が見つめているのに気づくと、アルジーは優しく、なぜかほんの少し寂しげに微笑んだ。そして。
言葉のかわりに、キスをくれた。
―完―
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