「アリス。すまない。私は君の姉のロリーナのことがー」
やめて。
もうそれ以上言わないで。
頭をかかえて目をつぶる。
「アリス」
そんな優しい声で私を呼ばないで。
先生が好きなのは姉さん。
分かっている。
それは仕方のないことだから。
貴方は姉さんが好きなのに、最後まで私に優しいの。
そんな貴方のことが、私はー…。
「アリス」
「?」
この声は…
「エース?」
かたくつぶった目を恐る恐る開けてみる。
と、目の前には目に痛い赤が広がっていた。
エースだ。
「アリス」
しかし様子が変だ。
エースの顔からは笑顔の仮面が剥がれ落ち、表情がない。
時々見せる、エースの無表情。
「愛してるよ。この無意味な世界でただ一人」
ざくっ
エースの剣が私の胸を貫く。
口元に笑顔を浮かべる彼。
「だからさよならだ」
「エー…ス…」
私の体から剣が抜かれ、崩れ落ちる。
「ごめんね」
そう言うエースの顔はやはり無表情だった。
赤い瞳からは何も読み取れない。
「エース…。わ、たしも愛し、てる…わ」
目の前の赤い瞳が見開かれる。
そして彼の瞳から涙が一滴流れ落ちた。
「アリス」
貫かれた胸から血が溢れる。
だるくなって目を閉じた。
エースと恋人になった時点で殺されることは承知の上。
彼に殺されることは別に構わない。
私が心配なのは、私がいなくなった後のエース。
あなたはこれから一人でまた迷い続けるの?
それとも私を殺してあなたも死ぬ?
「一人、エースを置いていってしまってごめんなさい」
声にならない声を心の中で呟く。
伸ばした手は彼に届くことなく力尽きた。
エース…。
何も掴めなかった、空虚な手。
先生も、エースも…。
***
「エース!」
「ん?何何?」
瞳を開けると目の前にはエースのどあっぷ。
ここは自室のベッドの中。
ああ、そうか。
確か前の夜の時間帯にエースが訪ねてきて、一緒に過ごしたんだった。
伸ばした手はエースとがっちり繋がれている。
そのことに酷く安心した。
「エース?本当に?」
「何度も呼ばなくっても俺はここにちゃんといるよ。」
にこりと笑う騎士。
あの時のように無表情じゃない。
じゃあ、あれは夢?
だとしたら、なんて現実的で嫌な夢。
「ナイトメアの馬鹿」
ナイトメアは悪夢から私を遠ざけてくれるのではなかったか。
大事なときに使えない病弱夢魔だ。
「なーに?俺といるのに他の男の話?やけちゃうな」
おでこをくっつけられる。
「夢の中で夢魔さんと会ってたの?こんなに泣いて、俺という者がありながら一体何をしていたんだろうね」
ぺろりと涙を拭われる。
「!!」
無意識のうちに泣いていたようだ。
「ね、夢魔さんと何をしていたか教えてよ。俺と君の仲だろ?気になるなー」
明るい声。
口は笑っているが目が笑っていない。
ヤバイ、怒っている。
「べ…別に何にもないし、ナイトメアとは会ってないわ」
「ふーん」
エースの目が細められる。
「言ったよね?君を傷つけるのも泣かせるのも俺だけって、さ」
耳を思いきり噛まれた。
「いった!」
「君がいけないんだよ。誰に泣かされたか知らないけど、お仕置きかな」
苛ついてきた。
誰の為にこんなに泣いているのか。
エースは私の夢の中の自分に嫉妬しているのだ。
「ばっかじゃないの!私が何で泣いてるか知らないくせに!」
空いているほうの手で思い切りエースの頬をつねった。
「いっててて!何するんだよアリス」
「さっきのお返しよ」
ふんっとそっぽを向く。
片方の手はお互いに繋いだまま。
私は繋いだ手にぎゅっと力を入れた。
「だってエースが私の前からいなくなるから」
「?俺はずっと君のそばにいるじゃないか」
「ゆ、夢の中の話よ!」
エースの顔をちらっとみたらなんとほうけた顔だろうか。
キョトンとしている。
「…」
「夢の中話だって馬鹿にする?」
そっぽを向いていた顔をエースに引き戻された。
どこか嬉しそうな顔をしている。
今の話のどこで嬉しくなる話題などあったか。
「いいや」
抱きしめられる。
「君を泣かせたのが俺で良かった」
そっちですか。
まあエースらしい。
「それに、そうやってうじうじしている君、可愛いし俺好きだよ」
「君はずっとそのまま、迷い続けていて。俺に君を殺させないように」
「!」
夢の中の映像が蘇る。
怖くてエースの顔が見られない。
私の心の中が見透かされているようで。
「大丈夫。君がこのままでいてくれれば俺はアリスを殺さなくてすむ。それにー…」
「もしも俺が君を殺したら、俺も死ぬよ。君無しではこの無意味な世界で生きていけなくなってしまった。それくらいには俺は君が好きだよ。ずっと一緒だ」
囁く言葉は不穏なのに、表情はそれにそぐわない。
エースも私も幸せそうな顔をしている。
「愛してるよ、アリス」
口付けをかわす。
私の命が尽きるか、エースに殺されるか。
果たしてどちらが先なのか。
分からないが、私の命が終わるそのときまで、ずっと一緒に迷ってあげる。
一緒に、深くどこまでも墜ちてあげる。
愛してると囁き合って、今日も私達はお互いをつなぎ止める。
「エース、愛してるわ」