鮮やかな

 
 初勤務が終わり、今日からお世話になる寮へ足を踏み入れる。教員寮は大きなひとつの建物で建てられているが、中は男女で分かれていた。
 食堂のキッチンも場所は同じだが分断されていて軽く厨房状態だ。とにかく広い。すごい。

 分身に任せていた部屋はキレイに片付いていて家具の配置もいい。自分だけ先生に会ってズルいだとか文句をぶつぶつ呟かれたが仕方ない。必要犠牲だったのだ。
 コスチュームを脱いで部屋着に着替えてからきっちり結んでいた髪をほどき、少し高めの位置で尻尾のついたラフなお団子を作る。自分でいうのもなんだがアンニョイな感じが可愛い。

 残業をしていく相澤とは帰宅時間が違うのでとりあえず何か飲み物でも、と1階に降りるとちょうど玄関から誰か帰ってくるところだった。知らない人だ、と軽く会釈をしてキッチンに向かうと呼び止められた。

「あ、ちょっと待って赤井さん。多々良です」
「ん…。多々良くん?」
「そー。サポート科の工学助手やっててここにいるの。久しぶりだね」
「そうなんだ、久しぶり。随分筋肉ついたね」
「うん、体育祭の時作ったやつ改良してほしいって依頼きて、試運転しまくってたらいい身体になっちゃった」

 あと資材運びでね。ぐ、力んだ腕を目の前に出されたのでつい揉んでしまった。先生には劣るがなかなかにいい筋肉がついている。やっぱり人は筋肉がつくと印象がかわって魅力がグッとあがるなと改めて感じさせられた。声を掛けられた時すぐにはわからなかったぐらいだ。

「すごくかっこよくなったね」
「ほんと?惚れちゃいそう?」
「ううん。」
「ううん…。」
「…あ。私が違うってだけで、他の人はわからないよ。でもすごくかっこよくなったから、モテそう。多分。」
「たぶん…」
「ん、多分。…あの、多々良くんがかっこいいのは本当。魅力的な男性だと思う」
「ええん恥ずかしい〜」

 赤くなった顔を少女のように隠す多々良を見てリンは(乙女か…?)と思いつつ自分のマグに注いだお茶をゴクゴクと飲む。玄関のドアが開いてまた誰かが帰って来た。

「じゃ、また。特命医合格おめでと!」
「ありがとう。またね」

 ヒラヒラと手を振って去っていく多々良に手を振りかえして玄関先を伺うと相澤がこちらに向かって来ていた。残業はそこそこで切り上げたのだろうか、早い帰宅に嬉しくなってリンはお疲れさまですと駆け寄った。

「おう、お疲れ。…今の、多々良だったか?」
「そうです。同級生の。」

 多々良はサポート科の助手。元雄英生であり科は違えど職場の後輩。知り合いですか、と尋ねるにはちょっと変な感じがあってどう会話を続けるか考えあぐねていると相澤が下唇をむっとしてなにか言い淀んでいた。

「どうしました?」
「……。俺は束縛が強いかもしれん」

 気まずそうに口元を捕縛布に埋める相澤。リンは呆気にとられてその姿を呆然と見つめるが、突然暴露された事実上の嫉妬発言に内心はお祭り騒ぎだった。学生時代はどんなラッキースケベに見舞われても動じなかった先生が、自分に心を乱されていると思うとこんな嬉しいことはない。とても幸せな気持ちでリンは目尻を下げた。

「…笑うんじゃないよ」
「すみません」
「謝ってる顔してないぞ」
「すみません…、ふふ、」
「……。着替えてくる」

 大きな手が頭を包んで離れる。それが名残惜しくて、つい部屋に向かう相澤の背中を追ってしまった。一緒にエレベーターへ乗り込むとやれやれといった表情で見下ろされるが、甘やかされてるようなその雰囲気がリンは好きだった。

「リンは4階だったか」
「はい。先生は3階なんですね」
「ああ、エレベーターから少し離れてるからめんどくさい」
「広いですからね」

 一緒の部屋がよかったですと呟くと俺もだよと返された。自分で言い出したことだがまさかそんな返答されるとは思わずリンは言葉に詰まってしまう。顔を赤らめるリンを見て相澤は意地悪そうな顔で笑っていた。さっきの仕返しかと少し悔しくなったがそんな先生もかっこいいので逞しい腕にぐりぐりと頭を擦りつけてその場をやり過ごした。

 そして意気揚々と部屋について来たはいいがいざ目の前にすると躊躇してしまうわけで、開かれたドアの前で立ち止まっていると捕縛布を外しながら入らないのかと声をかけられる。

「あ…お邪魔します」
「まぁ面白いものは無いけどね」

 ドアを閉めると同時に服を脱ぎ始めたのでリンは慌てて閉めたばかりのドアに向き直った。静かな部屋に布の擦れる音が大きく聞こえる。気まずいというか恥ずかしいというか、とにかく変に意識してしまって気が気じゃない。もじもじと手を揉んでいると後ろから低い笑い声が聞こえて抱きしめられた。
 相澤はリンの頭にぐりぐりと顎を押しつけてその流れのまま首に顔を埋めるとガブリと軽く噛み付いた。

「!く、っくすぐった…!、あはっ、」

 予想以上にひぃひぃと笑うリンに味を占めた相澤は「がうがう」と犬のマネをしながら甘噛みを続ける。くすぐったさに耐えかねたリンは膝の力が抜けてそのまま相澤にしなだれ掛かったが、そんな重さをものともしない相澤はリンを抱き抱えて額にキスをした。交わる視線、2人の瞳に熱が篭る。

「せんせい…。」
「……メシ行くか」
「…えぇ〜」
「え〜じゃないよ」

 いい雰囲気になるところだったのに、と少し気落ちすると「あー」と噛みつく真似をされた。もうそれだけでもくすぐったくなってしまうリンはクスクスと笑いながら早々に相澤から離れ「早く行きましょう」と乱れた髪を結び直してから1階への先陣を切った。


 食堂にはいつの間にかチラホラと教師たちが食事をとり始めていて、完全オフ姿のマイクがこちらに気がついて大きく手を振っている。

「赤井ちゃんお団子一緒〜」
「わぁ…」

 髪を下ろすと一気に雰囲気が変わるんだなぁとリンが目を瞬かせていると、相澤は手首に通していたヘアゴムで自分の後頭部にお団子を作り、マイクの視界を遮るようにリンの前へ鉄壁の如くたたずんだ。

「オ、オゥ…お揃いだなブラザー…心の友…」

 若干引き気味の表情だが相澤を揶揄っているのを感じたリンは、自分たちが付き合っていることをマイクに伝えているのかと耳打ちすると相澤は無言でこくこく頷いた。
 雄英は職場恋愛を禁止しているわけではないが、あまり大っぴらにする事ではないし寿退社でもない限り自分たちから宣言するのもなんだか違うと思ってリンは誰にも言わないようにしている。相澤は公言してしまいたいが変に騒がれるのもめんどくさいので言わないだけだった。

「ヘイおふたりさんここ座れよォ〜、オマールエビのパスタ最高ブオニッシモ」

 迷惑そうな顔をしながらも洋食プレートを持ってマイクと同じテーブルに座る相澤の隣に、リンは笑いを堪えながら腰を下ろした。
 


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