和やかにいきましょう

 
「基本的には十二支の形を組み合わせて作るよ」

 子、丑、寅、と軽く披露すれば隣に座る芦戸が「かっこい〜!」とはしゃいで見よう見真似で印を組んでいる。

 朝の挨拶を済ませたあの後、そのまま保健室へ戻ることになったリンは未だ相澤と言葉を交わせていなかった。本当は今すぐにでも相澤と話をしたかったが職場にプライベートを持ち込むのはよくないと思い、午前はそわそわしながらも大人しく仕事内容にチェックを入れて過ごしたのだ。

 それに今日は怪我人よりも特命医を珍しがって見に来る生徒が圧倒的に多い。そんな中、ひとりの怪我人と数人の付き添いとして訪れたのが相澤の受け持ちクラスの子たちであり、特命医として活動する自分の個性や話を聞きたがっていたのでこちらも先生の話を聞ければと思いつき昼食に誘って今に至るわけだった。

 緑谷、麗日、切島、芦戸、上鳴。保健室に来た5人に加えて食堂で鉢合わせた同じクラスの轟と飯田の席に混じり、いろんな、特に緑谷からはよく考えられた質問が飛んでくる。弾丸のように言葉を発する生徒たちに圧倒されて受け答えするのに精一杯のリンはほとんど味もわからずに食事を終えてしまった。
 まだまだ終わりそうにない質問攻めにもう保健室に戻りたいと思いはじめた頃、芦戸が大きな動作で驚きの声を上げた。

「先生だ!食堂くるの珍し〜!」
「ほぇ〜ほんまや…なんかこっち来てへん?」
「誰か呼び出しか?」
「なら放送で呼ばね?」
「う、うん…」

 先生、その言葉を聞いただけですぐにでも振り返ってしまいたかったがリンは未だ出入り口に背を向けてしまっている状態にある。ずっと会いたかったのにも関わらず、いざ間近でとなるとなんだか緊張して見ることができないのだ。

「赤井」

 電話越しではない相澤の声。名前で呼んでくれないのは人前だからか。振り返ると2歩ほど離れた後ろからこちらを伺っていて目が合うとカッと顔が熱くなるのを感じた。

「あの、これ、……戻してきます…!」

 やっと交わした第一声がこれなのは少しお粗末で後悔したが、ドキドキと心臓の動きが速まるのを感じながらリンは急いでトレーを返却して相澤の元へと戻った。

「じゃ、赤井さん借りてくぞ」
「はぁい」
「またお話聞かせてください!」
「うん、またね」

 元気な生徒たちに小さく手を振り返してリンは相澤の隣を歩く。チラ、と盗み見るとばっちり目が合てしまった。また爆発しそうなくらい顔が熱くなったことに恥ずかしくて俯くと、肩に軽く体当たりされた。

「俺より先に生徒とは、妬けるね」
「…プライベートの持ち込みはよくないと思ってしまい、」
「真面目すぎか」

 喉で低く笑う姿にリンは眩しそうに目を細めた。今までの相澤なら生徒の目につく場所でスキンシップなど考えられないが、この4年間で溜めに溜めた独占欲はその壁を容易に越えてしまったようだ。

 リンはハタチになったばかり、特命医であって教師ではない。あわよくばと隙を狙う若者たちは少なくないだろう。そんな彼女に集まる多くの視線に「自分たちは特別な関係」とまで明言するつもりはないが「良い関係」であることを相澤は見せつけていた。

 そしてそんな思いを知らないリンは普段涼しげに凪いでいる黄金色のアーモンドアイの目尻を下げて幸せそうににっこりと笑っている。
 滅多に見せることのないその表情を引き出した相澤はちょっとした優越を感じているがそれをリンの出勤初日に行ったのはむしろ逆効果であり、雲の上の存在である特命医は親しみやすい人と噂が流れてしまってさらに保健室を訪れる生徒が増えることになるのはこれからすぐの話になってしまうのだった。

「え、なんか雰囲気良くない?良くない?」
「おぉ……おおお!」
「あ、ええと、元々相澤先生のクラスだったらしい…よ」
「元教え子と…」
「君達!確証のないことを口にするのは良くないぞ!!」

2人を見て密かに盛り上がる芦戸たちはしばらくその話題でランチの時間を楽しく過ごした。



 雄英の生徒だった頃とは対照的な白いコスチューム。
 重厚感のある生地で肌の露出もせずかっちりとした作りの軍服だがタイトに着こなされたそれはリンにとても似合っている。左肩から膝下まで流れるペリースが風を切る姿はすれ違う人の目を惹いていた。主張されているが大きすぎない胸は形が良く身体とのバランスもいい。歩くたびに緩く動く双丘に目線がいってしまう。

「そのコスチュームは自分の案か」
「? いえ、担当に全て任せました。動きやすければいいので」

 各々でデザインは若干異なるが一目で特命医だと判断できるようコスチュームは白をメインカラーに黒と金の装飾が施され、ペリースのついた軍服に統一されている。

「……変ですか?」
「いや、似合ってるよ」

 相澤はリンの肩についている装飾をいじりながら少し不安そうなその表情を見つめて薄く笑った。またリンの顔が色づく。付き合った当初からなんだかんだ甘いと感じていたが、半年ぶりに再会した今、以前にも増して自分に対しての態度が甘くなっている気がして嬉しいのだけれど周りの目があって居た堪れない。
 赤くなった顔を手で覆いながら相澤の耳元に近づいて小声で囁く。

「周りの目が…恥ずかしいです…」
「……。仮眠室行くか」

 ーー仮眠室!!!

 ボンッ!と頭が爆発するのではないかというほど大きな衝撃がリンを貫いた。そんな、学校で…!?と慌てふためく姿に、相澤が堪えきれず小さく噴き出して口元を押さえながら身体を震わしている。

「…たぶん、お前の思ってるのとは、違う」
「え、……。」
「ン〜〜!ヴォイェア!!赤井ちゃん!特命医合格オメット〜〜!!」
「…マイク」
「あ…お久しぶりです。ありがとうございます、」

 突如降って湧いた大声に相澤は邪魔するなと言わんばかりの鋭い視線でマイクをジロリと睨むがリンにとっては最高のタイミングだった。

「ナーンか盛り上がってたけどなんの話ィ〜?」
「…なんでもないです」
「くっ、…だそうだ」
「エ〜〜??そりゃないぜ仲間外れハンターイ!」

 一緒にバイブス上げてこうぜェ〜!と両手をチェケチェケしながらも深くは聞き出さないマイクにリンはほっとした。

 そして残り少ない休憩時間は3人で仮眠室へと赴いてお茶を飲みながら会話に花を咲かせる。仕事へ戻る時に相澤がまた後でな、とリンの頭をひと撫でするとマイクも真似して手を伸ばすがそれを許すはずがない相澤に叩き落とされ、ズルい!!と喚く掛け合いが4年前を彷彿させる。その懐かしさにリンは鈴を転がすような声で笑った。

 


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