渦中に呑まれる

 

 やばいやばい。
 父から送られてきたメッセージを見てリンは左手に持った箱を揺らさないように走る速度をあげた。

 今日は父の誕生日だ。つい先月ヒーローライセンスを見せてもらった時に知った。今までの人生でこれが初めて祝う誕生日になるので絶対に盛大なパーティーをやりたくてバレないよう少しずつ準備をしていた。

 リビングは上も下も風船で埋め尽くして、天井の端から真ん中の照明にかけてたくさんのリボンを引いて豪華に仕上げた。花もふんだんに使って飾りつけたので人を呼んでパーティーができるくらいすごい。
 今回は記念に、となぜか分身を使わずひとりで完成させたくてめちゃくちゃ頑張った。でもまぁ流石に料理は分身を使った。普通に学校あったし、時間が足りない。

 そんな時間のない中で自分に分身なしの縛りをつけたせいで飾りつけに手間取ってケーキの受け取りが遅れて今に至るということだ。こんな時に限って『今日お父さん誕生日だからもうすぐ家着く』って、気合い入れところを間違えてない?いつもより2時間も早い帰宅なんだけど。

 予定が狂ってしまった。こんなことなら分身にケーキの受け取りさせればよかった〜。と嘆くが今さらなにを思ったところで時間は戻せないのでとにかくケーキを崩さないよう走る走る。


 自宅に向かうにつれて、家を出た時は居なかった人の群れが道路にできていた。リンはなんだろうと不思議に思いながらも少し速度を緩めて角を曲がると救急車やパトカーの光が辺りを照らしているのが見えた。

 なにかあったのだろう、それを見るための野次馬が多く集まっているようだった。ザワザワと騒がしくおばちゃん同士が話している中から強盗が入ったらしいとの会話が聞こえてくる。塀から跳んで屋根を足場にするとその現場らしき場所がよく見えた。

 自宅だ。どくん、と心臓が大きく跳ね咄嗟に雀を呼び出して飛ばす。
 父がまだ帰宅してないことを願う。もし会敵していたとしても父は曲がりなりにもヒーローであり、事務所は構えていないがサイドキックとしてそこそこ名の通るほど実力はある。
 
(大丈夫大丈夫。今日誕生日だし、)

 意味のない言い訳を自分に言い聞かせながら屋根から屋根へと跳び移り、勝手に現場へ入る訳にもいかないので規制線の前へ降り立つ。この事件の犯人なのだろう、連行されて行く男たちを横目に立ち入りの規制をしている警察へ声をかけた。

「この家の者ですが、」
「 ! ご家族の方ですかこれから搬送されますのであちらの緊急車両へ、」

『住人と思われる男性一名、心肺停止状態』

 無線から流れる言葉と担架に乗せられる父の姿が雀の共有情報から同時に入った。全てがスローモーションになる。ケーキをゆっくり地面に置いた。パトカーに乗り込もうとしている男の口元を掴んで車のボディに叩きつける。

 頭に血が昇っているのが自分でも分かったけれど抑えられない。ヘラヘラしていた男が目を見開く。驚きか恐怖か、身体が固まっている。

「離れなさい!!」

 警察官が後ろから引き剥がそうとしてくるが興奮して何もかも鈍麻してるのか、引っ張られる感覚すら無い。掴んでいる男の顎がミシリと音を立てる。このまま砕いてしまおうか。

「社会のごみ、」
「落ち着け。こっちに来い」

 口を塞がれて後ろから抱え上げられる。邪魔するなと自分を抑えつける相手を沈めようと息巻いた瞬間にチャクラの練れない脱力感が全身に広がった。

 相澤先生だ。背中に感じる体温がほんの少しだけ頭を冷まし、お腹に回された腕を握りしめると口から手が外された。どうやら声で判断できないほどに自分は冷静じゃなかったらしい。

 そのまま肩に担がれ大人しく救急車に詰め込まれると飛び出して行かないよう手首を掴まれる。そして捕縛布でリンと相澤の脚がキツく結ばれた。

 目の前で横たわる父は血だらけで顔や胴体には既に大きな内出血ができている。心臓が動いていない事を知らせる電子音に耳を塞いでしまいたい。
 慌ただしい車内で何もすることができず見ているだけ。こんなにも無力で座っているだけの私はここに居る意味も価値もない。ヴィランのところへ行かせてほしいと懇願したいが相澤は絶対にそれを許さないだろうとわかっているリンは言葉を飲み込んだ。

 どうしてこんな事になってしまったのか。よりによってなぜうちにこのタイミングで。なんで、どうして。考えてもどうしようもない言葉がぐるぐると回っている。
 自分がちゃんと時間管理をして家にいたのならこんな事になっていなかったかもしれない。ひとりでやりたいなんて変な気を起こさずいつも通り分身を使っていれば。後悔ばかりが頭の中を支配していた。


 病院に着くまでの間、相澤はずっとリンを見ていた。救命措置を施すも父親の状態は回復することなく、ICUと表記された部屋へ慌ただしく運ばれていく。

 頭がガンガン痛んで地に足がついてないみたいだ。鼻がツンとして視界もぼやけている。
隣に座っている相澤が背中を支えてくれている心強さでリンはなんとか泣かずにいた。


 一体どのくらい時間が経っただろうか、疲弊した様子の医者がマスクを外しながら出てきた。

「できる限りの手を尽くしましたが…」

 言葉がでない。自分が息をしてるのかもわからない。大丈夫大丈夫と言い聞かせて父が回復したら誕生日を仕切り直さないとと考えていたところに残酷な話だ。
 現実味を感じない。父のことだから自分を驚かせるドッキリをしているんじゃないかと色々な期待と希望を考えてしまう。

 医者からこれからの事を色々説明されるが全く頭に入らず、相手はそんな状況を見透かしてか「また後ほどお話に来ますね」と小さく頭を下げて去っていった。
 リンはここまでついて来てくれた相澤にお礼を言おうと振り向くといつの間にか来ていた警察官と話をしており、現場に居合わせたヒーローに報告義務があるのか事件の現状を説明しているのが聞こえる。

「前回も同様の件で捕まっていたみたいです」

 殺人未遂ですが、と続いた言葉を聞いて虚無感が占めていた気持ちの中にふつふつと怒りが入ってきた。『どれほど凶悪なヴィランであっても命を取ってはいけない。生きて罪を償わせ、更生させる。』授業中ノートに書いた言葉を思い出した。

 ずっと理解も納得もできなかった。犯罪を起こす人間がまともになるなんて余程のことがあったとしてもさらに稀なことだ。そんなことをしてるから正直者がバカをみる世界になっていく。

 きっと父はその規定に従って生かしたまま制圧しようと奮起したのだろう。それは殺すよりも難しいことだ。多勢に無勢なら尚のこと。

 被害者が父でなかったら、他人事であればそれ見たことかと鼻で笑って流せたけれど今は只ひたすらに苦しさと苛立ちがリンの中を侵食していく。
 そんな気持ちを察してか相澤はこちらに向き直るが何を言うか迷っているのだろう、1度開けた口をまた閉じて難しい顔をしている。

 報告の終わった警察官は小さく「このたびは…」と小さな声でリンと相澤へ小さく頭を下げ出口へと早足で去っていった。

「……生きてる価値ないですよ、あいつら」

 死んで償うのが妥当じゃないですか。誰もいない廊下は静まりかえっており、そう続けた自分の言葉がやけに反響して聞こえた。

「…赤井、それを決めるのはヒーローじゃ無い。難しいとは思うが今はなにも考えなくていい」

 リンは怒りで大暴れしたかった。手に持っていたスマホも壁に投げつけたかったし受付に飾ってある花瓶も力任せに振り払ってしまいたかった。そうやって発散しないと今にも泣いてしまうだからだ。
 顔を手で覆って目からこぼれ落ちる涙を必死に隠した。

 適切に処罰されなかった皺寄せがこちらに来るのではたまったもんじゃない。ヒーローのすることじゃない、そんな言葉では到底納得できるものではないのだ。やっぱりあの時すぐ殺さなきゃいけなかったと自分の判断の遅さにまた腹が立った。


 


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