文化祭

 

 体育祭よりは小規模になるが今日の文化祭もとてもにぎやかな雰囲気が漂っている。
 この日をずっと楽しみにしていたリンは今か今かと開始時刻を待っていた。前もって配られていたパンフレットにいくつも付けた丸を見てひとりでにっこり笑う。

 リンは食べることが好きだ。前世では食事はただ生命活動を維持するために口へ放り込む、空腹を感じれば干した肉をむ、ただそれだけの行為に過ぎなかった。毎日時間に追われた生活の中、無味の丸薬が主食だったのも食への関心を薄くさせる要因だった。

 そして世話をしてくれた祖母はお世辞にも料理が上手いとは言えずリンは幼少期すらも食が細かった。しかし祖母が亡くなった影響で買い食いを覚えてからは食欲が大噴火した。長年じっと寝静まっていた爆発は凄まじかった。

 とにかくいろんなものを食べる。この世の食べ物はこんなにも美味しかったのかと感動しながら食べる。
 きちんと食べ、カロリーや栄養が身体に入り始めてからはひょろひょろでみすぼらしかった外見に変化があらわれた。パサついた髪は若さのあるハリを取り戻し、脂肪のつきだした肌はふっくらと柔らかくなった。

 標準よりもふくよかになってきた頃、毎日外食生活では健康面に良くないと知ったのでネットからレシピを引っ張って自分で作ることを学んだ。
 そんな背景からリンは相澤の食生活が他人事とは思えずについお節介を焼いてしまった。弁当を渡しはじめてから若干ではあるが相澤にみずみずしさが出たように感じる。髪の質に関してはマイクが証言しているので良い変化があったと自信を持っていた。

 たくさん食べるのは特別な日だけ。そして今日はその特別な日だ。慌ただしくも楽しそうに準備をする生徒たちの様子をみながら歩みを進めるリンは鼻歌でも歌いそうなほど軽やかな足取りをしている。


「赤井、時間があったら少し手伝ってくれるか。マイクが生徒に捕まって手が足りん」

 屋台から上半身をひょっこり出した相澤はリンを小さく手招く。
 1Aは最初から最後まで自由行動なので周る時間はたっぷりある。それにまだ開始前、どこの店もやっていない。相澤との時間を過ごせるならむしろ嬉しいとリンは喜んで手伝いを引き受けた。

 やはり、というのか相澤はリンの好意を知っても今までと同じく態度を変えることはなかった。むしろ今は現状維持を望んでいるリンとって良いことだった。
 
 毎年大人気のたこ焼きは文化祭が始まる前にある程度焼いておくのがセオリーらしい。ドドンと大量に用意された食材を目にしたリンはこんなに焼くのかと少し引いた。そんな姿を見て相澤はニヤリと笑い、こんなのはあっという間だと宣言したのだ。


 パチパチと弾ける音がリンの食欲をそそる。丸く焼き上がったたこ焼きに油を追加して仕上げに揚げるのが肝らしい。たこ焼きを作ったことがないリンは楽しそうに話を聞いていた。

 相澤がクルクルと器用に焼いたものをパックに詰めて輪ゴムを止める。その作業を繰り返し行なっていると小さくお腹が鳴った。空腹を感じていた方が美味しく食べれるという理由で朝ごはんを抜いていたリンは今の音が相澤に聞こえていないことを願ってちらりと隣をうかがった。口角が上がっている。どうやら聞こえていたようだ。

「鉄板に乗ってるのが最後だから。終わったら食べようか」

 目が合う。クツクツ喉を鳴らす相澤に(わ、わらってる〜〜〜)と感動しながらも恥ずかしくなったリンは揚げられているたこ焼きをまだかまだかと見つめた。


 手伝ったお礼にと1パックもらったのでさっそく出来立てのものに箸を入れて口へ運ぶ。表面がカリッとして中がトロトロ、こんなたこ焼き食べたことない!さっき聞いた豆知識を思い出した。なるほど、これは本当に肝だ。熱くてなかなか食べ進めることができないが箸は止まらない。

「今までに食べたたこ焼きで1番美味しいです」
「そりゃよかった」

 相澤もたこ焼きを持ってきてリンの隣で食べ始める。自由だなと思いつつ黙々と2人でたこ焼きを食べ終わるとちょうどいいタイミングで開始時間を知らせる放送が流れた。

「あ、すみません。私行かないと」
「おう助かった」

 走り出すと後ろから歩けと注意を受けたのでリンは競歩に切り替えて目的地へと急ぐ。相澤も仕事は終わったとばかりに次の担当へと任せて店を抜け出した。
 あとは校内の見回りに徹しつつもついこの時間に途中で保存していたあれこれが終わらせれるとか考えてしまう。生徒のガス抜きに必要な事だ、今日だけは普段の仕事を忘れて自分もガスを抜こうと相澤は気持ちを切り替えた。


 1時間も見回った頃だろうか、聞き馴染みのない声に「イレイザー!」と呼ばれて立ち止まる。駆け足で歩み寄ってくるのは記憶にない男と…片腕に食べ物を抱えたリンが手を引かれて後ろからついて来ていた。……少し歳が離れているようだが、問題になるような関係じゃないだろうなと相澤の下唇が小さくむっと突き出た。

「イレイザーに言われた言葉で目が覚めました」
「……はぁ、」

 ありがとうございます。そう言って頭を下げる男に全く身に覚えがなく頭に疑問符を飛ばした相澤を見てリンが「父です」と言葉を挟んだ。

「あぁ…お父さんでしたか、」

 あの時はコスチュームで顔が隠れていたから素顔は知らなかった。それに怒っていた時と比べるのもあれだが随分と雰囲気が変わったようだ。今は余裕があるようで穏やかな顔をしている。

「この子を守る為にやっていたつもりが、ただ自分本位に縛りつけているだけでした。今思えば子供の頃は顔を合わせていません、記憶にあるのは小さな背中だけなんです…、本当に情けない」
「まぁ、気がついたのならこれからですよ」
「……はい、」
 
 声が震える父の隣に寄り添うリン。どうやら長きに渡って2人の間にあった溝は埋まったようだ。リンと目が合った相澤は良かったな、と言うように頷いた。

「…私たこ焼き食べたい」

 そんな雰囲気にむず痒くなったリンは腕を絡めて父親を引っ張る。そんな姿に子供らしいところもあるもんだと年相応な反応に安心した。
 失礼しますと相澤に挨拶をして連れて行かれる父親の顔はだらしなく緩みきっていた。2人の顔は別に似ていると感じなかったが笑うと目尻が下がるところがそっくりだと相澤は認識を改めた。


 


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