期末演習

 
「おはようございます」
「はいおはよう」

 謹慎が明けてから幾度と言葉を交わしてきたが、例の個性事件があった後も相澤は何事もなかったと言わんばかりに平然としている。リンは未だに羞恥心から目を逸らしてしまうというのにだ。

 しかし男としては何かこう、少し性的なあれを感じてほしいというのがリンの願望になるが、どうやら相澤からすれば自分はそこら辺にいる乳臭いクソガキであったという事実に強いショックを受けていた。

 着痩せするタイプなのか触らないとわからない厚い胸板、硬くガッシリした腕に抱きしめられたあの感覚は忘れられない。思い出す度にリンはドキドキしてしまう。

 そんな煩悩しかない思考を改めるようにたった今クラスメイトの期末演習が行われているモニターを見ながら簡潔に策を考えた。

 リンは相澤との一騎討ち。本体にしか抹消は効かないので相澤の相手は影分身に任せて自分はゴールに向かえばいいだろう。

 相澤の格闘術はかなり上手うわてであり、それに合わせて予想のつかない動きをする捕縛布が厄介極まりない。抹消をされてしまえばチャクラ強化のできないリンは確実に勝てないと踏んでいる。だからこそ相澤を分身に任せことにした。

 幻術が使えたら戦況はかなり違ったけど、とお世辞にもチャクラコントロールが得意とは言えないリンは順番が回ってきたので「まぁいいか」と考えることを放棄してグラウンドβへ向かった。



 赤井リン
 クラスでも頭一つ二つとび抜けて高い身体能力。
 教師として見ている中で潜在能力の高い生徒に出会う事は何度かあったが、その中でもリンは群を抜いて高い。跳躍力と長い滞空時間に驚かされ、しなやかで無駄の少ない動きには関心してしまう。それに咄嗟の判断も悪くなく攻撃の受け流しも上手い。相澤のリンに対する評価は高かった。

 捕縛布が完全に締まりきる前に距離を詰め、布が弛んだ一瞬で上手く四肢を引き抜いて逃げ出す。捕まえたかと思えば煙と共に消えさりどこからともなく出現するリン。
 キリがないのはどちらも同じ、ではなく時間終了で負けとなるリンのほうが戦況は悪かった。

 ゴールor時間終了で勝利のみんなとは違いリンは人質の救出or相澤の拘束というかなり厳しい条件だった。モニターを見ているクラスは合格させる気あるのかとざわついているが1番ざわついているのは予定が狂ったリンだった。楽勝だと舐めていた自分が情け無い。

「オラ、このままで時間使いきるか?」

 少し発破をかけた途端に相澤を中心として囲む様に紙のついたクナイが投げられ、相澤がその場から飛び退くよりもはやく爆発音が響いて砂埃が辺りに広がった。

(…完全に見失ったな)

 静まり返った森の中、相澤からは確認できないが恐らくリンからは視える場所と範囲にいるだろうと予想する。

 周りが羨むほどに圧倒的なセンス。
 救助訓練では少々雑なところも見受けられるが、それを補える行動の柔軟さがあるのであまり口出しはしていなかった。
 しかしこれまでの授業結果を総括してみると人質の伴う戦闘訓練において完璧に救助できる自信があるのかゴリ押しで現場へ飛び込む場面が多々見受けられる。確かに今のところ100%の救助率ではあるがこの先もそれを続けるようであれば痛い目を見るのは明らかだ。

 生徒同士で実力に差がある為に手を抜いている可能性も考えられるがそんな自信過剰なタイプの性格では無いと感じているし、なんなら理論的に立ち回る慎重派だと思っている。

 不利な状況下から逆転させる事ができるほど強い個性だが、救助に対してもう少し安全に考える意識を持って欲しい。そういった意味も込めて今回相澤は厳しい試験内容とした。

 作り出された分身に抹消が効かないことは把握している。

「3秒以内に本体が出てこないと人質を殺す。ハイ、」

 さん、とカウントが始まる前に音もなく2人のリンが現れた。抹消すると片方が消えて本体のみとなる。

「良い判断だ」

 その瞬間、地面にへこみが出来ると共に赤井の姿が消えて頭上に影がさした。
 上を見てしまうと太陽に目をやられるので視線は向けずに捕縛布で縛りつけると人とは違った硬い感触を手に感じる。

 掴んだ物体を引き寄せず、そのまま自分の周りを円周状に振り回せば背後でしゃがんだ気配を感じたので人質を掴んで距離をとった。

 そうして続く押し合いの中、やっと出来たわずかな隙に首、胸、腹、腰の四箇所へ捕縛布を伸ばして絡める。

「!!」

 締めきる寸前に手刀で切断された捕縛布を見て再度抹消をかける。上三本は切られてしまったが腰の布は締まった。
 赤井が後ろへ跳ぶと同時に好機を逃すまいと勢いよく引きつけるとかなり抵抗が強かったが流石に空中では勝てずに相澤へと身体が向く。

 手刀で布を切られるという予想外の事態に焦りがあったのか人を捕まえるにしては引きが強すぎた為、リンと相澤は読んで文字の如く飛ぶ様な速さでぶつかり合った。

 仰向けの相澤にうつ伏せのリンが乗っているが、その場所の悪さにモニターへの映像を消すよう合図を出した。

 リンの学生にしては豊満な胸が相澤の大事な部分に押しつけられ、しかもリンの腰を縛る捕縛布が背面からリンの股下を通り、仰向けで倒れる相澤の背中に敷かれピンッと張っている。どちらが動いても捕縛布が相澤の首を締めつけてしまう状態だ。

「先生もしかして首絞まってます?」
 
 考えて動いてくれ。相澤の必死な願いも虚しくリンは身体をわせてズルズルと上へ登ってくる。
 確かに、そう。上に上がれば首が締まる事なく捕縛布が緩まるがよりによって絶対ダメなその動き。2人の局部が重なる瞬間に赤井の腰を掴んで持ち上げてしまった。

「あっ」「悪い、ぶっ」

 頬を染めて恥ずかしそうな表情の赤井に思わず手を離したのが悪かった。いきなり支えを失った身体はそのまま下へと落ち、リンは地面に腕をついたもののその豊満で柔らかい双丘が相澤の顔を覆う。

「すみませんっ」
「ッ!!」
「あっ!」
「!!!」

 焦ったリンが立ち上がった拍子に首が締まり、それに慌てたリンは1番避けて欲しい局部の上に座り込んでしまった。こんな、コントみたいな事あるのか。相澤はモニターの映像を止めておいた自分を褒めた。他の教師に見られているのはこの際構わない。事故だ。

「…捕まえました」

 上半身を起こした相澤の頭上から新たにリンが現れ、自身の腕に巻かれた拘束テープを見ながらさっき出てきた2人ともが分身だったのかとここで気がついた。
 
 未だ相澤の上に座り込んでいるリンの肩をあとから来た方のリンが結構な力でどついたがそれでも離れない、ピタリと相澤にくっついた瞬間に煙となって消えた。相澤はため息を抑え、落ちて来た前髪を耳にかけ直す。

「まぁ合格だな」
「…はい」

 若干の気まずい空気が流れたのは言うまでもなく、アウトな事が重なりすぎて教師生活に終止符が打たれないか心配になった。

 


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