今回のヒーロー実技は個性無しでの近接格闘技、組手試合となった。そして不幸なことにリンの相手は今1番やりたくない人物ナンバーワンの犬男となってしまい気分は急降下している。

 彼はさぞ気分が良いのだろう、犬の個性だけに尻尾を見ればすぐ分かる。そして無常にも順調に試合は進みとうとう最後であるリンたちの番が回って来た。

 正直もういろいろ積もり積もって触られたくないしこちらからも出来る限り触りたくもないほどにリンは犬男のことが嫌いになっている。とにかく嫌だ。何においてもその言葉しか出ない。

 理想は間合いを詰めて来た瞬間に頭へ蹴りを一撃入れて即終了、しかし犬の彼は機動と勘がいい。負ける気はないけれど個性なしでの戦いは圧倒的リンに分が悪く多少の苦戦を予想している。
 
 円の中に入り先生から開始の合図が出された。


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「委員長、一人で歩けないから保健室連れてって」
「ケガどこ」
「頭がくらくらするんだよねえ」
「………」

 思っていたよりも苦戦する事はなかったが変な難癖をつけられてリンはいっその事失神させてしまえば良かったと強く後悔していた。授業が終わって解散の指示が出た直後、犬男に引き止められた。しかも掴まれているのは手首ではなく、しっかり手を握られている。

 相澤の手前である為ケガ人の手を振り解くわけもいかずとりあえず困った感を出しているが正直いい加減にして欲しい。
 最近リンと犬男が仲睦まじくしている姿に背びれ尾ひれどころではない何かがついて聞くに耐えない最悪な噂になっている。まず仲睦まじくなどしていない、リンはしつこく付き纏われてかなり迷惑していた。

 一応多々良とその友人は否定してくれているらしいがその影響は微々たるもので収束するどころか広がるばかり。リンはなぜ自分の噂がこんなにも出回っているのか意味も分からないままその話が相澤の耳に入っていない事をただ願うしかなかった。

「ちょっと肩貸してくれるかな」

 手を引いても微動だにしないリンに痺れを切らしたのかしっかりした足取りで近づいてくる犬男に反抗する事もできず、密着しそうになったが身体は触れることなく離れていった。

「他のヤツに連れてってもらえ。赤井は着替えたら職員室に来い」

 そう言って犬男を近くにいた男子生徒に渡して相澤は去っていく。一連の流れとあっさりな感じがかっこよすぎてどうしてこう先生は私の女心を高鳴らせてくれるのかとリンは高揚してしまった。

 そのまま犬男を無視して更衣室に駆け込み制服に着替えてから昼休憩だからとちゃっかり弁当を2つ持って職員室に走る。

 ふとこの間、相澤に廊下を走るなと言われた事を突然思い出して速度を緩めた。
 たまたま見つけた事に舞い上がって駆け寄ってしまった時だ。嬉しいと恥ずかしいが混ざってどうにも顔が締まらなかったのは忘れたい。

「赤井さん」

 数歩先、保健室に行ったはずの犬男が曲がり角から出てきてリンの真正面に立ち塞がった。
 あのまま走っていたら確実にぶつかっているタイミングだったのでどうやらここで待ち伏せしていた様子が伺える。いつもの笑顔はなりをひそめ無理矢理笑っているように顔が引き攣っていた。

「先生と多々良、どっち」
「はぁ…?」
「僕はこんなにもさぁ…」

 髪を触ってこようとする犬男の手を避けて後ろにさがる。避けられたことにイライラした様子で近づいてくる犬男に警戒しているが攻撃的な挙動はなく、むしろゆっくりと近づいて来くるのでリンは「なんだこいつ」と思いつつまた後ろに下がる。

「私急いでるから。あと本当に迷惑、近寄らないで」

 横を抜けるように走ると腕をとられて引っ張られた。掴まれた腕を振り抜くと両肩を掴まれてくちびるが合わさる、そのままぬるりと唇を舐められた。

 全身の毛穴がぞわっと立ちあがってリンは犬男を押し離し、金的 顔面膝蹴り 回し蹴りの三コンボを決めてしまったが仕方ないだろう。倒れた犬男の顔面を踏みつけてしまったけれどそれも仕方ないだろう。リンはとにかく目の前にいる犬男の存在を消してやりたかった。

「おい1回死んどくか。躾のなってない駄犬よぉ」

 折れた鼻から血が止めどなく溢れ出ている。前歯も折れたのだろう、間抜けな顔で血を吹いて何かを喋ろうとしているが声すら聞きたくないので足を上げて顔をもう一度踏みつける。
 どれだけ踏みつけてもリンの腹の虫は全く治らなかった。積もり積もった気持ちはこんなものではない。寧ろこのくらいで済んだ事に感謝して貰いたいと思っている。生きているだけで感謝しろ。

 周りの生徒が騒ぎながらも私達から距離を保って野次馬をしている。教師が駆けつけて来るのも分かった。なにが嬉しくてこんなヤツとキスをしなければいけないんだと、そしてこれも相澤の耳に入ってしまうと思うととてつもなく泣きたくなった。

 


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