体育祭3

 
 昼休憩も終わり、とうとう個人戦が始まろうとしている。
 初戦は多々良、2回戦目に出場するリンは本来なら控室に待機しているはずだが競技場の入場口にしゃがんで待機していた。
 ゴツゴツと重い足音が近づいて来る。

「あ、やっぱり赤井さんだ。お疲れ〜」
「お疲れ。それ大丈夫そう?」
「うん!休憩時間で悪い部品ヤツ総取り替えできたからなにも問題ないよ」

 騎馬戦で装備をかなり酷使させてしまったことに責任を感じていたリンは故障してしまったのではないかと気にしていた。問題ないことが確認できてよかった、とため息を吐き出すと入場のアナウンスが流れる。

「頑張ってね」
「ありがとう!」

 笑顔で入場する多々良に手を振って控室へ向かった。



『犬と人間の第六感対決!!戦いを制するのはどっちのシックスセンスだァ!』

 マイクの実況を聞いてなるほどと合点が合った。あの光線を避けれてたのは個性の力があったのかと。
 第六感とアドレナリンが合わさると最強だな、なんてのんきにモニターで観戦しているとお互いがお互いの攻撃をギリギリで避け合いなかなかに良い戦いをしているがそれが何度も続くともどかしい試合になってくる。

 最終的には体力勝負になり多々良の負けで幕を閉じた。ヒーロー科相手にいい勝負を繰り広げてた多々良はしばらくサポート科の英雄として話題の人物となっていた。

 2回戦、リンの番だ。
 入場の合図と共に選手紹介が行われる。
 どうせなら相澤先生が紹介してくれれば嬉しいのに、そんなリンの願いとは裏腹にマイクがよく回る舌でずっと喋っている。

糸美いとみぃー!頑張れよぉ!』

 観客のざわめきから、一際大きく拡声器を通したような声が響いた。聞き覚えのある声、その声援が聞こえる方向へと入場口から顔を出すとやはり、ジョークの声だ。

 なるほど、どうやらリンの対戦相手は彼女の知り合いらしい。ふぅん、と思わず目を細める。
(…………。いや、私怨はよくない。…よくない)
 リンは一瞬意地悪いことを考えてしまったが自分は相澤の隣に立つべく清く正しいヒーローを目指している真っ当な学生だと自分に言い聞かせて入場する。

 正面に立つ糸美は真剣な眼差しをしていてとても緊張している事が伝わって来る。
 これは間違いなく初動で仕掛けてくる緊張の仕方だとリンは確信した。

 試合での一騎討ちは気楽に、深く考えない方が上手くいく。力むと相手に動きが読まれやすいからだ。緊張は著しく身体の動きを悪くするので実力の半分も出せず逆に不完全燃焼となる場合が多い。

 人生の中でこれが大きなチャンスである為に失敗するなんて勿体ないことだ。しかしだからこそ緊張してしまうのだろう。こればかりはその個人の性格や経験が物を言うので難しい問題になる。


 開始の合図と共に、身体に細い糸が巻きつくような感覚がした。

「油断しましたね、わたしの個性は糸の操作です!わたしの体内で生成された糸であなたを人形の様に動かせるのよ!」

 なるほど、どうやらすごく説明をしてくれるタイプの子らしい。たまにいる。そんなに手の内を晒していいのかと、罠なのかと深読みしてしまうぐらいペラペラ喋ってくれる人が。
 糸は細いが作りはしっかりしている。切れなくはないがチャクラ強化なしだと糸が肌に食い込んで痛いしボンレスハムみたいで少し恥ずかしい。

 しかし彼女から自分に繋がってくれたのは繊細なチャクラコントロールを苦手とするリンにとってありがたいことだった。

 元来、傀儡の術は会得していたが動く相手にチャクラ糸を繋げるのが不得手で傀儡以外に使う事を敬遠していたリン。普段使う事はないが相手から補助の糸を伸ばしてくれたのならばこの絶好の機会、逃すわけがなかった。

 身体に巻きつく糸を這う様にしてチャクラ糸を相手に伸ばし、そこから枝分かれさせて身体にくっつける。

「さぁ、場外に!…ん、あれ、え、…!身体が!」

 見えない糸に驚いている。相手のあたふたとした様子と私の身体が動かされないのを見るにどうやら彼女は糸を手指のみで操ることが出来ないようだ。

 むしろどうやって操っているのか気になるところでもあるが、同じ様な能力でもこういうところで実力の差がでるのだろう。完全に上位互換の関係が出来上がってしまった。

 まだリンにも相手の糸が巻き付いていることを周囲に知らしめる為、わざと肉を切らせ血を糸に吸わせて色をつける。

 動けないことに慌てながらも私の肌が切れたことに動揺している彼女を見て今まで自分の個性で人を傷つけたことがないんだなと察しがついた。
 確かに普通はこんな細い糸に縛られると痛いし切れると分かるので動かない人が殆どだろう。そして彼女も相手が無理矢理動かないと高を括っている。

 その考えは甘いと今日知るだろう。
 周りを破壊して暴れるヴィランは興奮して痛みを感じにくくなっているので肌が切れようと肉が千切れようとわりかし関係なく力を振るう。

 使い方次第ではあると思うがこの個性でヒーローになればこれからも自分が相手に血を流させる機会が増えることになるのを肝に免じてほしい。華麗なスキップで場外へと向かう彼女の顔は涙で濡れていた。

 そうして2回戦は5分と経たずに呆気なく終了。勝利の判定を貰って両者がフィールドから退場していく。

 糸に血を吸わせるくらい深く食い込んだので腕は未だに出血し続けており地面にぽたぽたと垂れる血液は気分の良いものではない。
 タオルで止血しながらチャクラを流して傷を塞ぐがなかなか思うようにはいかずつい苦い顔になる。これだから医療忍術は苦手だとリンは大きくため息をついた。

 





『YEAHHHHH!!堂々の一位!コングラッチュレイショーーンズ!!!』

 手渡されたトロフィーを腕に抱えて会釈で済ませたリンは栄誉を頂けるのは嬉しいがどうせなら相澤先生に手渡して欲しかった、なんて心の中で我儘を言いたい放題にしていた。

 今日の体育祭は思っていた以上にとても楽しく有意義に終えることができたと満足している。
 命懸けの戦いも高揚感はあるが、こうやって学園の仲間内で競い合うのもいいかもしれない。運動後の軽い倦怠感が気持ち良く、ほどよい疲れで今日はぐっすり眠る事ができそうだ。

 大勢の喝采を浴びながら退場すると客席下の通路には相澤が立っていた。腕を組みながら右肩を壁にもたれ掛けて若干頭も傾いている姿は気怠げながら体格に恵まれている彼にとても似合う。

 リンと目が合うや否や相澤は壁から離れてこちらに歩み寄り自然な流れで握手を交わしてくれた。傷を気にかけてくれたのか腕に視線をやって何もないのを確認すると眉を上げて口を開く。

「安定した戦いぶりだったな」
「ありがとうございます」

 相澤は少し「ん…」と言い籠ってからリンの持つトロフィーに目をやった。

「まぁなんだ、周りには才能を妬むヤツもいる。今後いろんな言葉を聞くことが増えるだろうが、何を言われようと気にするな。」

 自分の努力は自分のものだ。そう言って相澤はズボンのポケットに両手を突っ込む。
 もしや試合の怪我だけでなく精神的な面にまで配慮してここで待っていてくれたのかという推測を立てて思考が高速回転する。そうだとしたらリンは感極まって泣けてきそうだった。

 自分は特別地頭が良いわけではなく、学術も体術も試行錯誤して何度も反芻しながらやっとの思いで身につけたものばかり。
 分身なんて少し狡い手を使っているけれどまぁ使えるものは使わないと勿体無いし、人より何倍も時間があるのは学生に取って喉から手が出るほどに羨ましく、恵まれたことなので遠慮なく使う。

 リンは『優等生の赤井』を単純にそのまま受け取らず、他とは違う角度からちゃんと見てくれる相澤の性格が好ましかった。

「ありがとうございます」

 これ以外に伝いたい言葉はたくさんあるのに口に出すにはまとめきれない。

 頭を深く下げ、意味もなく抱きしめたトロフィーに写った自分の顔が魚眼レンズのように歪んで不細工だったので右手にぶら下げるように持ち直すと頭の上でふと笑う気配がした。

「当たり前だ、どれだけでも頼るといい。俺はお前の担任だぞ」

 その笑みはとても一瞬で残念ながら見ることは叶わず、リンの頭に軽く乗せられた大きな手はすぐに離れてしまった。また休み明けに、と去っていく相澤の後ろ姿から目が離せずぽかんと呆けて数秒呼吸をしていなかった。

 先生って笑うんだ、なんて失礼なことを思ってしまったがそれくらいに珍しい。このトロフィーよりも価値がある、とリンは高揚した気持ちに疲れがふっ飛んだ。恐らく今日は眠れそうにないだろう。

 


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