体育祭1

 
 体育祭が始まった。
 それはそれは莫大な広さの会場で見渡す限り人で溢れているほど。リンは中学の運動会で体験したものとは比べ物にならない規模の大きさに密かに心躍らせていた。

 活躍がプロの目に止まれば事務所にスカウトも夢じゃない、そんな話を聞いてリンのモチベーションは一気に上限を突破したのだ。
 とにかく相澤の事務所に所属したい。後日行われる職場体験でも指名を貰いたい。相澤の運営する事務所があるのか無いのか、どこかでサイドキックとして雇用されてるのか全く情報を得ていないが「とにかく相澤先生」と息巻いていた。

 生徒をふるいに掛ける第一種目は障害物競走。
 人数の割に有り得ない程小さなスタートゲートは言うまでもなく人でごった返しているので自ら進んで最後尾へと並んだ。



 ▼


『Hooooo!!今度はホークスかよ!このリスナーはえーと…ヒーロー科1年A組赤井リン!個性はエネルギー操作ァ!一体どーいう原理!?』

 湧き上がる喝采にリンの口角が上がる。
 司会の関心を惹いてしまえばもう勝ちと言っても過言ではない。
 開始はオールマイトに変化し、チャクラ強化で勢いよく駆け抜けた。そして崖っぷち綱渡りのフォールではホークスとして崖の間を飛んで行く。リンが変化しているのは全て支持率の高いヒーロー達だ。盛り上がらないわけがない。

 しかしホークスとして堂々と余裕綽々で飛んでいる様に見えているが正直のところ50メートル飛べたらラッキーという程度。
 リンが初めてホークスに変化した時は羽根を動かす事すらできず、あらかじめ鳥の構造を学んではいたがやはり自分で動かすとなると全くの別次元になってくる。

 近づいてきた地面に煙玉でモクを焚いてほとんど転がり込むように着地した。

 次はエンデヴァーになり、モクが晴れる前に印を結び人が渡っていない縄を火遁で燃やす。通れる場所が局限された大勢が足止めをくらい、渡る人が集中している縄の先に口寄せの鷹やワシなど厳つい鳥を留まらせた。
 鳥の扱いに慣れていなければ進み難いだろう。まぁ一般の小鳥程度に慣れていても猛禽類となると話は別になるとは思うが。

 そして印を結ぶ行為を隠す為にその都度煙玉を焚かなければいけないのが少々手間になるが序盤で手の内を見せないよう必要なことだった。隠せる手札は隠しておきたいのがリンの性分だ。
 しかし困った事にヒーロー科の道具持参は許可されていないので煙玉は髪飾りとして内密に持ち込んでいた。つぶつぶゴテゴテの悪趣味ヘアゴムだ。


 ホークスで縄四本分の崖を飛び越せたので残りの縄は変化を解いて普通に走って渡る。忍にとっての綱渡りなど地面を走るのとなんら変わりない。
 そして大勢の視線を惹いたのはいいがプロヒーローに変化して猿真似ばかりしていても芸がない、リンにしか出来ない事をきちんと見せないと価値は高まらないだろう。

 リンこれまでにやった事がない程とにかく自由に飛んだり跳ねたり壊したりと派手に立ち回って終始注目を浴びながら種目を終えることができた。
 こんな遊びのように術を使ったのは初めてで、かなり楽しくて少しやり過ぎてしまったかもしれないとだんだん恥ずかしくなったリンは待機場所でクラスの中に混じって大人しくしていた。


 次は騎馬戦。
 リンの持つハチマキには最高ポイントが付けられている。チームは2人からとのことでどうしようかと迷っていた。ひとりでいいなら自分のハチマキを取られないように風遁の牢で自分を閉じ込めてしまえばそれで良かった。しかし2人となると自分の事情には巻き込めない。相手も活躍する場面が必要になるからだ。

 リンはいろんな生徒に声を掛けられるが断り続けてキョロキョロと視線をさまよわせた。

(確か最後にゴールした子が、)

 ぴた、とひとりに目が止まり、見つけたとばかりにリンは歩き出す。

 脚と腕にサポートアイテムをつけた男の子。サポート科で唯一通過した人物だ。彼もまだチームがいないらしくひとりで立ち往生していた。
 彼は一直線に近づいてくるリンに驚いて狼狽えながら自分の後ろに誰かいるのかと何度も振り返っては確認している。

「赤井です。組んでほしくて声掛けました」
「た、多々良です…あの、お願いします…」

大きい身体のわりに声が小さいというのがリンの率直な感想だった。リンは自身がゴールした後にモニター見ていたが、彼は脚と肘から先に装着されている機械からなにかが噴射する力で空中を飛んでいた。しかし彼もまだ扱いきれていないようではあるが手こずりながらも最下位としてこの場に立っている。

「私が騎手でも?」
「あ、もちろん。でも人を乗せて飛んだことなくて、自分ひとりでもまだ…慣れてなくて…」

 多々良が小さく「昨日完成したばっかで」と続けるとリンはむしろ喜んだ。
 手のひらと足の裏からの噴射で飛ぶのはバランスをとるのが難しい。それを1日たらずでほぼ身につけてしまっている多々良は身体を扱うセンスに優れている。もしかしたらほとんど寝ずに練習したのかもしれないと勝手に想像した彼の努力にリンはにっこり笑った。

「大丈夫。万が一には私もサポートできるから、飛びまくって1位とりましょう」

 他のハチマキを取らずにリンを背負って逃げ切れば勝ち、簡単に聞こえるが周りはヒーロー科だ。緊張から多々良はごくりと喉を鳴らした。

「じゃあ背中に失礼…お互い気楽に行こうね」
「う、うん」

 乗りやすいようにとしゃがんだ多々良の背中の上側に跨って落ちないよう胴体を太ももでギュッと挟み肩に手を置く。

「やっぱり若干前のめりになるからバランス取りづらいかも、大丈夫そう?」
「ぅうん…飛んでみないとなんとも…」

 それもそうかと納得すると「ちょっと飛ぶね」と言い多々良は試しに3メートルほど飛んだ。いきなりのことにリンは対応できず多々良の首に抱きついてしまった。

「びっ!……くりした」
「ごめん!急すぎたね!!ごめん!大丈夫!?」
「大丈夫、びっくりしただけ」

 ゆっくり下降して体勢を立て直す。

「没頭タイプだね」
「あ……うん」

 発明になると周りが見えなくなるという言葉をオブラートに包んで言うと多々良は恥ずかしそうに頬を染めた。
 そうこうしている内に始まりのカウントダウンが流れて互いに気を引き締める。

 スタートの合図が響くと同時に多々良が全力で真上へ飛び立つ、2人のいた場所に無数の個性が放たれていた。

「……」「……」

 恐ろしさから息を飲む2人。多々良は幾多の敵意に対して。リンは突然掛かった強い重力に対して。チャクラ強化をしていなかったら確実に多々良の頭に顎を強打していたと冷や汗をかいていた。

「自由に飛んでいいよ。必要であれば指示ださせてもらうけど」
「も、もうすでに指示が欲しいんですけど…」
「そう?じゃあ旋回して身体慣らしてよっか」

 若干ふらふらしつつも激闘が繰り広げられている真上を大きく円を描いてしばらく旋回を続ける。
 たまに不意をついて狙われてしまうと大きく体勢を崩すものの今のところなんとか全て避けれていた。

 残り5分をきった頃、ようやく疲れの見えるチームが出てきたのを確認した。

「あそこ、行ってみよう」

 多々良がわかるように体を乗り出して場所を指差す。だいぶ混戦しているので運が良ければ2つくらいハチマキを取れるだろう。リンはいけそうな人物を見極めようと目を凝らした。

「あの、おっぱいが…」
「おっぱい」

 下に集中しているリンの胸が頭に押しつけられていたようで多々良が申し訳なさそうにそれを伝える。リンは「ごめんごめん」と軽く謝って胸を離してから再び下に目を向けた。

「あの赤髪いける」
「了解」

 旋回し続けてだいぶ慣れたのかボッと音をさせて一気に急降下、騎手の頭ギリギリを通ってくれたのでリンは思っていたよりも簡単にハチマキを手に入れることができた。

 しかしひと息つく暇もなく無数の個性が襲いかかってくる。
 右に左に上に下に、激しく動く多々良の邪魔にならないようリンは姿勢を低くして首にピタリと巻きついた。
 避け続けるにつれて段々とゾーンに入ってきたのか、戦闘機さながらグルグル回転しながら方向転換した時はさすがに遠心力で引き剥がされそうになり肝を冷やした。

 個性の届かない所まで上昇する間にも2人の横を不規則な動きをしている光線が掠めていく。多々良は後ろを見ていないにも関わらず1番厄介なそれをギリギリで全て避けきっている。残り1分をきった。

「熱が篭ってきた!限界速度で連続稼動しすぎてラジエータが死にかけ!オーバーヒートしたら落ちる!!」
「どこでも大丈夫、すぐ降りよう」
「装備が重くて走れないよ!?」
「大丈夫任せて」

 降り立つ軌道を見て多くの騎馬が一斉に2人のもとへ向かってくる。この土壇場で一発逆転の最高ポイントがあれば誰でも欲しいはずだ。土砂降りにあったかのように滝の汗をながす多々良は地面に足をついた瞬間ガクッ、と崩れ落ちそうになるが膝に手をついてなんとか踏ん張る。ヒーロー科のように鍛えていない身体、ひとり背負いながら全力で動くのは5分といえどかなりキツい。

「砂が舞う、目瞑ってて」
「ん゛!!」

 リンは素早く印を結び親指に尖った犬歯を突き立てた。

ーー!!

 驚きで静まり返る観客とは真逆に軽くパニックに陥る騎馬と騎手達。
 砂埃の晴れたそこには一目では数えきれないほどの猛禽類、番で並ぶ象、虎の群れ、立髪をなびかせた凛々しい立ち姿のライオン、今にも走り出しそうなサイ。多くの動物が2人の盾となるように立ち塞がっていた。鳥達は大きな体をいっぱいに広げ、翼を羽ばたかせてハチマキを狙い騎手へと突っ込んでいく。

 残り数十秒、短くも長く感じる時間の中で混戦以上の阿鼻叫喚で苛烈な戦いが繰り広げられる。

 リンは絶えず次から次へとどんどん鳥達が持ってくるハチマキを首に通す。カウントダウンが始まった。3、2、1、

『2チームを残してタイムアップ!』

 リンが終了の合図と共に背中から降りるとすぐ地面へ倒れ込んだ多々良に「ナイスファイト」と声を掛けてその目に入る汗を手で拭った。

「きたないよ…」
「ただの塩水だよ」
「うぅん…ほぼそうだけど…」

 疲労で動けない多々良を医療ロボットに任せてクラスの席へ戻る。大変な役回りをさせてしまったなと反省しつつ、個人戦に向けてリンは少し休むことにした。


 


|
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -