ワンステップ

 
 リンが高校生になり早くも1週間が経つ。
 入学まで多少の紆余曲折はあったが無事にヒーローへの一歩を踏み出す事ができた。

 何があったかと問われれば言わずもがな父親からの激烈な妨害行為である。
 あれだけリンを危険なものから遠ざけていた父親にヒーローになると伝えてしまえば絶対的な反対をしてくるだろうことは火を見るより明らかだった。

 顔を合わせていなくても電話やラインで執拗に説得され、合格通知を受け取っても尚しつこく引き止められていた。リンが単願で一校しか受けていないと伝えれば流石に黙り込んでいたが。

 学校生活も今のところ恙無つつがなく過ごしているけれど、一つだけ嬉しい誤算と言うのか棚からぼた餅とでも言えばいいのか。とにかく上手く表現が出来ないほどの幸運な出来事が起きていた。

「Cがヒーロー、Aがヴィランだ。位置につけ」

 それはリンの探していたヒーローが教師として高校に在籍していたことだ。憧れの存在である彼からヒーローのいろはを教えて貰えるなんて…とリンが喜びに震えたのは入学式の日、振り分けられた教室で担当教員として挨拶したのがイレイザーヘッドである相澤だった。久しぶりの邂逅かいこうに感極まって涙を流してしまいそうだったのはリンのいい思い出になっている。背の高い相澤は一年前と変わらず猫背で草臥くたびれた出で立ちに無精髭、気怠げさも相まって親しみにくい雰囲気を纏っていた。

 それに授業が始まってまだ1ヶ月で既に2名の除籍者を出しているのでクラスの雰囲気が締まり、入学したてのふわふわした空気から学舎まなびやに適したものへと変貌していた。


 今回の実技授業の舞台は4階建てのビル。ヴィラン役のリンたちは原寸大の人質人形をひとつ持っていて、ヒーロー全員を完全に拘束する、もしくは15分の制限時間をしのげば終了。ヒーロー役はヴィラン役全員に手錠を掛けるか人質を救助すれば成功となる。

 3階の階段から離れた部屋で人質と一緒に壁際に寄り、開始の合図を待っていると仲間の2人も位置についたと無線で連絡が入った。


 開始を知らせる電子ホイッスルの音がわずかに開いている窓から聞こえてきた。
 走り回るのは仲間に任せてリンは人質の見張り役となり、ビルを巡回させている雀から受け取った情報を元に相手の裏取りができるルートや次に通るであろう通路の死角になる場所へ仲間を誘導していく。

 2分も経たず2階へ続く階段で1人捕まえたと連絡が入ったので次のヒーローの場所へと指示を出し、開始から早くも3対2と優勢。
 あとは仲間の実力次第ではあるが、これなら心配なく制限時間内に終わらせる事ができそうだと続けて指示を出した。

 
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「相手の状況がほぼ秒単位で入るし、応戦中のカバーもマジ絶妙すぎてめちゃやり易かった!なんか自分が強くなったって錯覚したわぁ」

 演習後、リンは更衣室で汗も汚れも付いていないヒーロースーツを脱ぎながら賛称の言葉を聞かされていた。周りは興奮冷めやらぬ様子で盛り上がっている。

「やばいって、4分て最速タイムだよ?みんな時間ギリギリできわどい勝敗なのに」

 スムーズに勝てたのは相手と仲間の個性がこちら側に相性良かっただけだと口にはしないがリンはそう思っていた。
 機動性の低い仲間だったらもう少しかかっていただろうし実戦の経験がないから変に癖がなく、我を通そうとせず素直にリンの指示を聞いてくれたのも良かった。

「赤井さんてどうやってそんな実戦的な指示とか策戦ができるの?なんかスクールとか通ってた?」
「それ知りたーい!なんか兵法とか読破してそう」

 笑いながら軽く聞いてくるが正直過去の経験によるものが大半を占めているので返答に悩みつつ、とにかく経験とイメトレの重要性を月並みに伝えて後は曖昧に濁してやり過ごした。

 リンは口下手なので普段は聞き専に徹しており、指示出しや作戦を練る事は問題ないが必要な時以外はあまり口を開かない。中学の友人はそんなリンを気にせず喋り倒していたのでいい関係を築けていた。
 終わりの見えない会話と次々に出てくる話題、この子達の話を聞いていて純粋にすごいなと感心していた。
 次の授業もあるのでリンは手早く着替えて更衣室の扉に手をかけた。


「あー、早く免許取ってジーニストの事務所はいりたぁい」
「私も!待って、ベスジニ狙ってる人どのくらいいるの!?」

 ほぼ全員上がった手によこしまだなと思ったが、よくよく考えると自分も存外変わらなくてリンは少し笑ってしまった。


 


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