燻る乙女

 
 事件から数日が経った。あれからリンは病院へと搬送されその日は入院となり、治療後は長時間の事情聴取が行われて大変な日々を過ごした。

 公共の場で個性を使った事に関してだが、対人で危害を与えずに情報の伝達としての使用だったのでお咎めは無し。正直リンは正当防衛なんだからああいった場面で対人に個性を使ったとしても罰則を与えるのはお門違いなのではと疑問を抱いていた。

 人質になった女の子達やその親御さんには大変感謝されて警察署から表彰もされた。特に辱められそうになった子の親からは盛大に。つい先ほど親子で礼を言いに訪問までしてくれていた。被害者同士なのだから気にしなくていいのに、とリンはむず痒い気持ちになった。リビングには菓子折りの箱が積み重なって山になっている。

 そしてヒーローから注意を受けたリンの父親ははなにかしら思うことがあったのか前より帰宅する頻度が僅かに増えていた。
 リンの母はリンを産んでからの肥立ちが悪く、床上げする間もなく亡くなっていた。妻をとても愛していた父親はうしなった哀しみややり場の無い感情を持て余し、リンの祖母にあたる自らの母に世話を任せてほとんど家にも帰らず日々仕事に明け暮れていた。

 祖母が亡くなってからは二人で暮らす事になったが生活サイクルはこれまでと変わらずリンは実質一人暮らしみたいなものだった。

 まだ赤子であったリンのぼやけた視力では母の顔を見ることは叶わなかったが、写真でみたその姿は確かに生き写しと言われるほどによく似ている。
 妻にそっくりなリンを見るのもつらかったのかもしれない。妻との愛の結晶だがその彼女を死なせてしまった原因でもある娘。とても複雑な心境なんだろうな、とリンは憶測を立てていた。

 生活する為、子供を育てる為に働き回っているというのもあるが妻が亡くなったからこそ母親のいない一人娘との時間をもっと大切にするべきだと父本人も自覚しているが、それに心がついてこない。

 それにリンにおいては『子供として育てて貰っているが親子関係にこだわりはない』と気にしていない様子を装っているが、日常的な会話はないくせして一丁前に行動の制限をしてくる父親には若干の煩わしさを感じていた。

 2人ともが完全に言葉が足らず、すれ違っていた。


 『ヒーロー 男 コスチューム黒 長髪 首に布』

 リンはあの日からヒーローのことが気になっており、調べているものの名前が分からず手当たり次第にいろんな条件を並べてみたが何もヒットしない。
 そんなに有名なヒーローではないのだろうかと操作していたマウスから手を離して背もたれに身体を預ける。目を瞑りながらギ、ギィとイスを緩く跳ねるように動かしていると心地よさから眠気が出てくる。

 名前も知らない人のことばかりがリンの頭を占領していた。身長が高かったとか髪長かったとか、声も低くて話す速度が少しゆっくりなところも印象的だった。

『彼女の行動は賞賛されども非難される事ではない』

 リンは過去の人生から今まであんな言葉を言われた事がなかった。

 生まれ育った里の忍は自国至上主義の歪んだ愛国者で溢れかえっており、主に行なっている事といえば自分達や国に不利益となる障害を消すこと。その手は自国の民にさえ伸びることもある。

 自国で犠牲になった者の遺族は表立って声を上げない。自分や、またその愛する人や家族に火の粉がかかることになるからだ。

 リンは里の民、任務の対象人物、様々な人から頻繁に心ない言葉を浴びせられる事は日常的なものであった。自分には周りの同僚のような重たい愛国心はない。悪い言葉がリンの耳に届いても彼女には報復されないと知っているから、周りの鬱憤も余計に集めてしまっていた。

 苦しくないわけがなかった。寝不足で足取りも覚束ない日々に聞くに耐えない数々の暴言が頭に響く。悪夢にうなされる日も少なくなかった。

 リンが死んだあの日、心から、やっと眠れると思っていた。それぐらい日々を生きていくのに苦しさを感じていたのだ。

 そう安心して眠りについたのも束の間。自分の意思とは関係なく母を殺してこの世に生を授かってしまった。
 リンは酷く打ちのめされた気分だった。自分の輪廻はずっと殺生と共にあるのだと、また眠れない日々が続いてこれからも苦しみながら生きて行かなければならないと。親の愛すらも受けられない幼い身体と不釣り合いな少女の心。そんな不安定さを抱えながらふらふらと生きてきたリンに相澤の言葉は自分の意志で歩き進む力を与えたのだった。

 これを聞いた人は「そんなこと」「大袈裟だ」なんて思うだろうが、死ぬことに安堵したリンが生きてみるもんだなと思えた唯一の出来事だ。


 自分もプロヒーローとなり、彼のサイドキックとして生きて行きたい。不特定多数の手助けをするのではなく、彼だけに尽くす人生を歩みたい。人生で初めて目標ができた瞬間だった。

 出しきったはずの涙が溢れ出る。ここ数日泣いてばかりだ。手では拭いきれない水滴が袖に染みを作っていく。

 父が帰ってきたら伝えなくてはならない、ヒーローとして生きる道へ歩む事を。

 


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