埋め火2

 
「だぁれがいいかなぁ」

 不愉快を具現化したようなねぶる視線が恐怖で顔を引き攣らせた少女たちをひとりずつ吟味している。

 なんの訓練も受けていない子がこんな悪意にさらされるなんて本当に可哀想だと悲痛な思いに苛まれながらもリンは冷静に出て行くタイミングを見計らっていた。

「…、うっ……、……」
「あぁ〜可哀想に、泣いてる。 お前にするわ」

 ヴィランたちの卑下た笑い声が客のいないフードコートに大きく響きわたり少女達の緊張が一層強まった。

 友達とくっついていた女の子の腕を引っ張り無理矢理立ちあがらせ、恐怖で声が出ないながらも一生懸命に抵抗をしていた女の子は刃物を背中に突きつけられて抵抗をやめてしまった。

 リンは注意を引く為に横にあったトイレのゴミ箱を蹴り倒してからフードコートへ歩いて行く、ヴィランたちはその物音に最初こそ警戒していたが制服姿のリンを見て再び笑いだした。

「そんな堂々と歩いてヒーローごっこかなお嬢ちゃん」
「勝てる自信があるいい個性持ってるのかなぁ」

 身体が細く年端もいかないリンを弱い者と決めつけてゲラゲラ三下のような笑いでからかいだす。
 リンは自分より弱い者にしか強く出れない人間が大嫌いだった。そういう奴は総じて仕事ができないし話も通じない。大草原で弱肉強食を謳う野生動物以下だと思っている。
 そんな周りに迷惑しか掛けない人間と会うたびに毎度生きている価値はあるのかと率直に感じていた。

「その子嫌がってますよ」
「見りゃわかんだろーがよぉ、それがいいんだって」
「じゃあキミが代わる? 強がりを服従させるのも好きだよ、オレ」
「そうですね、代わりましょう」

 即答して近づくリンにその場が一瞬静まり返ったがすぐにヴィランたちが野次を飛ばして盛り上がる。

「ヒーロー志望? 気取ってんなぁ〜!」
「ここで個性使ったら免許取れなくなるかもよ、大丈夫?」
「対人訓練そのいち〜」

 怖がらせる為にぎらつかせるナイフ。初手、二手と軽く繰り出されるそれをリンが難なく避けると焦った相手が三手目に大振りで突っ込んでくる。リンは避ける動作をしながらわざと左腕を盾に使って少し深めにざっくりと切らせた。少女たちのどよめきと小さな悲鳴が後ろから耳に入ってくる。怖がらせたことにまた申し訳なさが生まれた。

「ヒット〜 武術をたしなんでても本番じゃ上手くいかないねぇ」

 目の前のヴィランは傷を負わせたことで焦りが消え、バカにしたような物言いで目と口を三日月のように曲げながら遊ぶようにくるくるとナイフを回しはじめた。

 腕から血がだらだらと流れている。切れ味のいい刃物なのだろう、おかげで痛みはまだない。ぶらりと腕を下げたまま小さくぐ、ぱ、と手が動くのを確認して相手を見据える。

「おい、顔はオレがやるからその辺にしろ。 我慢できねぇわ」
「待ってお前、テント張りすぎだろ!どんだけ興奮してんだよ!」

 ドッとはじけたように笑い出す。
 完全正当防衛にするならもう少し大袈裟にした方がいいかと止血はせずに呼吸を早めて心拍数と血圧を上昇させると僅かに出血量が増えてきた。

 すでに足元には小さく血だまりができているがこれぐらいならまだまだ死にはしない。皮肉にもリンは出血の上限、失血死の感覚はわかっているのでこれしきのこと不安要因にはならなかった。

「どうする?個性使う? 公共じゃ使えないよなッ規則だもんなぁッ」

 もう我慢できない、と興奮した出立ちのヴィランは完全に立場が優位だと油断して襲いかかって来た。リンはまだ間合いにいるナイフ男の武器を払って膝を蹴り倒し、宙を舞ったナイフに体重をのせて太ももへ刺し込んで引き抜く。男の太ももから血が溢れるがちゃんと大きい血管は避けた。

 驚くも勢いをつけすぎて止まりきれない男にはそのまま鼻っ面に拳をぶつけて玉を蹴り上げた。勢いのまま倒れる男はピクピクと痙攣しながら白目を剥いて果ててしまった。今の手応えはちゃんと潰れたはずだ。

 これを皮切りにして矢継ぎ早に向かってくるヴィランたち。
 振り下ろされた鋭利な長い爪はナイフで受け流し、股間を蹴り上げて上半身が折曲がったところで後頭部を掴んで顔に膝蹴りをいれる。
 その後ろにいた2人が同時に飛びかかってきたのを軽く避けて片方にローキックを食らわせてやるとコントみたいにぶつかり合って倒れた。

 「全員確保!!!」

 その瞬間、通報によって駆けつけたヒーローが残りのヴィランを取り押さえて警察が連行していく。これで今回の事件は呆気なく幕引きとなった。

 人質の少女達が婦警に薄手の毛布で包まれていくのを見ているとリンの精神的興奮も落ち着いてきてだんだん切られた腕と男を殴った拳に痛みを感じてきた。
 制服のタイを左腕に巻いて止血していると警察たちの誘導を任せていた雀が飛んで来たので右腕にとまらせて円滑に進めてくれた礼を伝える。
 
「リン!!」

 救急隊員が来るよりも速く、まるで怒号のような叫び声で名前を呼びながらリンの方へ男が駆け寄って来た。


 


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