by pon
少し恥ずかしかったけれど、ちゃんと瑛くんに言えてよかったと安堵した。
心のつかえが取れたみたいにすっとして、ちゃんと話した方がいいと言ってくれた赤城くんのアドバイスにちょっぴり感謝した。
瑛くんのお誕生日まであと少しだもん。やっぱり当日までは楽しく過ごしたいと思うし。
ちゃんと19日の約束もしたし、あとは……、あれ? わたし、なにか忘れてる?
あ…。プレゼント…。
友達には「プレゼントはわたしだよ」って言えって言われたけど…。ほんとにそれでいいのかな? 「わたし」ってプレゼントになるのかなぁ…?
待って。逆に考えてみよう。もしもわたしが誕生日だとして、「あかり、プレゼントは俺だ」って瑛くんに言われたら……。
「え…?」ってなるよね? って言うか、どういう意味!? ってなるよね?
もしも、「いらない」って言われたら……。いや、瑛くんをくれるっていうのなら、貰うけど。違う、そうじゃない。
……友達に、相談してみようかな?
『…は?』
「だ、だからね…。もし、いらないって言われたら、わたし、どうしたら…」
『…って馬鹿ねー。なんでそんなこと気にしてんの? 喜ばないわけないでしょ』
「そうかなぁ…?」
簡単に笑い飛ばしてくれるけど、わたしがプレゼントってやっぱり何かおかしい。
わたしを貰ってください。なんて、まるでプロポーズじゃないかと思うんだけど…違うのかなぁ…?
『だって、佐伯くん、あんたにベタ惚れじゃない」
「そんなことないよ…」
『はぁ…、全く何を気にしてるのか知らないけど、この前、一緒に買った下着で大丈夫だから』
「や、そのことを心配してるんじゃなくて…」
『とにかく! 絶対大丈夫だから心配しないでいいからね!』
結局、アドバイスらしいアドバイスも受けられず、不安が募る。
「本当に…、大丈夫なのかな…?」
無情にも切られてしまった携帯を見つめながら、ため息を吐く。
友達を疑うわけじゃないけど、瑛くんが本当に喜んでくれるのか分からないし…。いや、瑛くんは優しいから何をあげても喜んでくれるんだろうけど…。
でも、わたし…そんなに自信ないな…。瑛くんがなにを考えているのか分からないし。こんなんじゃダメだと思うけど……。
やっぱりわたしじゃ喜んでもらえないかもしれないから、もう一つプレゼントを用意しておこう。もう日がないから、急いで考えなくちゃ!
というわけで急遽、プレゼント探しに街に繰り出してみたものの…。いいものってなかなか見つからないんだね…。とため息を落とした。
「こういうのも…好きそうだけど、なんかぴんとこないな…」
やっぱり、少しでも喜んでもらいたいもんね…。もうちょっと探してみよう!
ショッピングモールをぐるぐる回ったけど、結局、いいものが見つけられずに、空を見上げた。もう夕方か…、今日は諦めようかな…。
「あれ? あかり?」
「えっ?」
聞きなれた声に驚いて顔を向けると、瑛くんも同じように驚いた顔でわたしを見ていた。
「びっくりした…。えっと…買い出し?」
「ああ…、これから店に戻るところだけど…おまえは何してるんだ?」
今の瑛くんのバイト先のカフェ・バー、これからはバーの時間帯になるんだろう。
制服の姿の瑛くんを見たことがなかったわけじゃないけど、こんな場所で会うと、なんだか違和感がある。
「わたし、は…買い物」
「買い物?」
怪訝そうな視線は、きっとわたしがなにも持っていないからだと思って、慌てて付け足す。
「いいものが見つからなかったから、なにも買わなかったんだけど」
「…ふーん、そっか」
さすがに瑛くんのお誕生日プレゼントを探しに来たなんて言えない。
「……もう、帰るのか?」
「そうだね、そろそろ暗くなるし…」
ふいに顔をあげると瑛くんと目が合って、ドキン、と心臓が跳ねた。いつもと違う格好で、違う髪型だからかもしれない。
珊瑚礁の時みたいに、髪をあげているから、ちょっと雰囲気も違うって言うか…。
大学生になって髪を少し短く切った瑛くんだけど、こうして、髪を固めちゃうと、あの頃の瑛くんとあまり変わらない。
なのに、制服が、珊瑚礁のじゃないから…かな? 黒が基調の今の制服も、もちろん瑛くんに似合っているけれど…。
「あのさ、店…寄ってくか?」
「…え?」
「だから、夕飯食べるんだろ?」
「う、うん…」
瑛くんのお店には、まだあまり行ったことがない。仕事中、邪魔したくないし、それに…、やっぱり女の子を相手にする瑛くんはあまり見たくないなぁ…、なんて。
珊瑚礁で働いているときにはあまり感じなかった。もやっとするときもあったけれど、それがなんなんなのか分かってなかったし…。
今は…それが嫉妬だって、ちゃんと理解している分、瑛くんを見るのが辛い。
「でも、わたし、もうちょっと…」
瑛くんの誕生日プレゼントを探したい。
やっぱり瑛くんの喜ぶ顔が見たいし…と、顔をあげて瑛くんを見つめた時、なぜか『プレゼントは俺だ』って想像した瑛くんが浮かんで、顔がかあっ、と熱くなる。
瑛くんが目を瞬いてわたしの顔をじっと見つめてくるから、恥ずかしくて顔を背けた。
「あかり…? どうした?」
「な、なんでもない…っ、ごめん、わたし、今日は帰る!」
「えっ? おいっ…」
その場から逃げようとして踵を返すと、瑛くんに手を捕まれた。その手の温もりに、また大きく心臓が跳ねた。
「あかりっ、待てって。どうしたんだよ?」
「は、離して…っ」
思わず瑛くんの手を振り払うと、驚いた顔をした瑛くんが見えた。振り払った手に、少し傷ついた表情をしたのが分かって、ハッとする。
「あ…ご、ごめんなさい…」
「……いや…、いいよ」
小さくため息を落とした瑛くんが、無理に笑ったのが分かったけど、なんて声をかければいいか分からなくて、言葉が出てこない。
「あの、ちがう、の…」
掠れたような声は、自分の耳にさえもわずかにしか届かない。たぶん、瑛くんにも聞こえていないだろうと思う。
「無理に誘って悪かった。もう暗くなるから気をつけて帰れよ」
「て、るく…」
「じゃあ、俺は行くから。……また、連絡する」
わたしに背を向けた瑛くんを追いかけようとしたけれど、胸が痛くなって、声が出てこない。
「…あ…、ま、って…」
震える手を伸ばしたけれど、瑛くんには届かなくて、その場から動くことができない。
心の中ではたくさんの言い訳が浮かんでは消える。
違うの。なんだか、瑛くんと一緒にいることに緊張してしまって…。わたし自身が自分の気持ちに戸惑っていた。自分のこの感情は何なんだろう?
心臓が、ドキドキする。さっき瑛くんに触れられた手首が熱い。
それ以上に――胸が痛い。
傷つけるつもりなんてなかったのに。わたしはまた瑛くんを追いかけられなかった。
あの日のこと、もう大丈夫だって思ってたのに…。わたしはまだ忘れていなかった。
瑛くんの背中が、わたしの傷を抉る。
「ねえ…、だいじょうぶ、だよね?」
わたしたちは、あの日を乗り越えてここに立っているんだから。
もう二度と離れないって、誓ったんだから。
どうして突然、瑛くんに触れられるのにあんな反応をしてしまったんだろう? それが分からなくて視線を落とす。
瑛くんへの気持ちは変わらない。どころか、大きくなっているのに…、なんで…?
家に帰ってからも、不安で不安で…、連絡すると言った瑛くんの言葉を信じて連絡を待ってみたけれど、その日、わたしの携帯電話が鳴ることはなかった。