06.Side Teru

by mimo


あかりに、避けられている気がする。
……まぁ無理もないとは思うけれど。

一昨日――あかりの部屋に行ったあの夜から、何となく気まずいというか。
そりゃ少し強引に行ってしまった自覚もあったけど、あれは仕方なかった……と、思う。
表面上は普通に接しているつもりだけど、俺と話していても、どこか居心地が悪そうなあかりを見ていると罪悪感を覚える。

高校時代からぼんやりカピバラだって事は知ってたし、色んな意味で疎いということも理解していたからこそ、急ぐつもりはなかった。
そう、急ぐつもりもなかったはずなのに。

ハァ、と大学の中庭を歩きながら大きなため息を吐くと、一緒に歩いていた奴が笑う。

「なんだよ佐伯、寝不足か?」
「……まぁ、そんなとこ」

適当に濁すと、それ以上突っ込んでくることもなかったので密かに安堵する。
大学に入ってから、友人――と呼べる奴が増えた気が、する。気恥ずかしいから口にはしないが。

高校の頃は自ら壁を作っていたけど、あかりと一緒にいるうちに、なんか強がっているのがバカらしくなったというか。
素を出しても話しかけてくるような、まぁ針谷みたいな奴が大学に行っても数人いたせいで、あかりが一緒じゃない時は行動を共にしている。
そんな俺を見て、あかりがニヤニヤ(本人いわくニコニコ)しているのが、ちょっとムカつくけど。

「あ、ゴメンちょっと待って」

このままカフェテリアまで行くかという話をしていたはずが、携帯を取り出して立ち止まった友人に合わせて自分も立ち止まる。
珍しく昼はあかりを誘わなかったけれど、自分の熱が暴走する前に、少し距離を置いた方がいいのかもしれないと心の隅で思っていた。

「おーい、こっちこっち」

深みに入りかけた思考が、友人の声で引き戻される。
友人が誰かを呼び寄せるように手招きをすると、何度か見た事がある気がする女子が駆け寄ってきた。

「お待たせ! ……あれ? 珍しいね、今日は佐伯くんも一緒なの?」
「うん、フラれたんだって。あ、こっち俺のカノジョね。口説くなよ?」
「フラれてないし口説きもしない。……あー、どうも、佐伯です」

サラッととんでもない事を言い出した友人を軽く小突いてから、会釈をする。
初対面ではないはずだけど、挨拶するのは初めての友人の彼女が「よろしくね」と朗らかな笑みを浮かべた。

「あ、フラれたで思い出したけど、さっき佐伯くんの彼女……海野さんだっけ? 見かけたよ」
「へぇ、んじゃ一緒に飯誘ったら?」

フラれた、から繋げないで欲しかったが、あかりの名前が出てきたことにドキッとする。
今さすがに他のカップルと一緒に飯を食うのはちょっと避けたい、と断りの文句を出す前に、その女子が先に首を横に振った。

「ううん、海野さんも誰かと一緒だったよ。……あ、ほら、あそこ」

指で示された方向を視線で追うと、校舎内の窓ガラス越しにあかりと――その隣を歩く一人の男が見えた瞬間、思わず目を剥いた。

「――悪い、ちょっと用事思い出した」
「おう、フラれてらー」
「フラれないから!!」

ニヤニヤと笑う友人とその彼女に突っ込みを入れてから、走り出す。

なんでアイツと一緒にいるんだよ、とかそういう怒りがふつふつと沸いてきたけど、あかりが誰と仲良くしようと俺が文句を言えることではない。
だけど、あかりに好意を持っている男と二人っきりにはなって欲しくはない、と思うのは我侭ではないはずだ。
あのぼんやりのことだから、周りの男が自分に気があるということに一切気付いていない。それが余計に危ういのだ。

校舎へと足を進める途中、ガラス越しにあかりの隣にいる奴と目が合う。
思わず睨みつけると、そいつが呆れたように肩を竦めたのが見えて、更に頭に血が昇る。
何かこちらに向かって呟いた気がしたけど、もうそんなことはどうでもいいくらい、ただ只管に走った。



「これ使って?」

あかりから渡されたハンカチを一度は断ったものの、何にも気付いていないであろう無垢な笑みを見ていると、一気にどっと疲れが押し寄せてきた。

校舎内であかりを見つけた時には、一緒にいたはずの男の姿は既になくて。
曰く、用事があるから先に行ったらしいが――あの視線は、『彼女を放っておくなら、知らないぜ?』とでも言いたげだった。

「瑛くんはもう、お昼食べて来たの?」
「……いや、まだだけど」
「あれ、そうなの? えー、っと……」

小さな声で「一緒に」とまで呟いてから、口籠ってしまったあかりとの間に気まずい沈黙が流れる。
やっぱり、あかりを探してここまで来るべきじゃなかったかと一瞬考えたが、それはすぐに打ち消した。

少し距離を置いた方がいいのではないかと思っていたけど、多分それは間違いだ。
ちょっとでも隙を見せようものなら、これ幸いと思う輩がいないとは言い難い。
大学に入ってから、俺という彼氏がいると牽制をしても、それとなくあかりにアプローチをしてくる奴らは一人や二人ではないからだ。

――大丈夫だ。高校の頃も散々我慢してたわけだし、これからも我慢出来るはずだ。
俺がいつも通りにしてれば、ギクシャクしているのもそのうち元通りになるだろう。
"そういうの"はまだあかりには早すぎたんだ。まだまだ、キスまでの付き合いで十分だ。……多分。

「あの、ね、瑛、くん…………」
「ん?」

もじもじと視線を彷徨わせながら、あかりが言い難そうに口を開く。

「こ、この間の、こと、なんだけど……」

カフェテリアに一緒に行こう、だとか続くと思っていたのに、まさかあかりの方からその話題を振ってくると思わず、反応に困る。
「ああ、うん」とか適当に返してみたものの、"この間のこと"ってのは十中八九あの夜のことしかないだろう。

「瑛くんって、水色とピンク、どっちが好き?」
「……………は?」

だがしかし、続く言葉に首を傾げる。なんで突然、色の話になったんだろう。
この間のことって、もしかして俺の考えていることと全く違うことなのか?

「そりゃ、まあ……水色だけど」
「うん、やっぱりそうだよね」

とりあえず無難な答えを返すと、あかりはなぜか安堵したように微笑んだ。
まるで、その答えを待ってたかというように。

「あのね、もうすぐ瑛くんのお誕生日でしょ?」
「……ん」
「その日一日、空けてもらえる?」
「それは別にいいけど」

さっきの色がどうこうというのは、プレゼントの何かなんだろうという事に考えが至ったけど、やっぱり話の繋がりが見えない。
若干首を傾げながら頷くと、あかりが恥ずかしそうに自分の前髪を弄っているのが目に入って、息を呑む。
心なしか潤んだ瞳で、こちらを上目遣いで見上げてくるのも、恐らく無意識なのだろうから頭が痛い。

「つ、つぎは、カピバラじゃないから、だいじょうぶ、だよ」
「………………は?」
「あっ、午後の講義に間に合わなくなっちゃう。早くお昼、食べにいこ!」

誤魔化すように俺の腕を引っ張って、あかりが早足で歩き出す。
俺の前を歩くあかりの耳は赤い。何か本人的には照れるようなことを言ったらしいが、さっぱり理解出来ない。

カピバラじゃないから大丈夫、という謎かけのような言葉が頭をぐるぐると廻っていて、昼食の味はいまいち分からなかった。


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