08.Side Teru

by pon


あかりに嫌われたのかもしれない。

いや、それはないだろう、と、そうかもしれない、と交互に考えがぐるぐる廻る。
最近のあかりの考えが全然分からない。色々謎な質問をしたかと思えば、今日のあの態度だ。
あんまり深く考えすぎると的を外している気がするから、あまり気にしない方がいいのかもしれない、けど…。

あの瞳の意味はいったいなんだったんだろう?

店に誘うまではいつものあかりだったような気がするのに。はあ、とため息を落として、タオルで髪を拭きながら水を飲んだ。

家に帰って、シャワーを浴びた。時間はもう真夜中をとっくに過ぎている。
バイトの日はいつもだいたいこんな感じだ。帰りに電話をしようかとも思ったけれど、夜中にかける理由もないし…。それにきっとあかりは寝ていると思う。

いつもそうだ。俺一人がもやもやして、だけど、いつも取り越し苦労で、考えるだけ無駄なんだ。そう思うのに、なんだかいつものあかりとはやっぱり違う気がする。

「ああもう、いったいなんなんだよ」

グラスをやや乱暴にテーブルに置くと、ゆらりと透明の液体が揺れた。

「もう…、俺には分かんないよ。おまえがなに考えてるのか…」

なんでも話そうって、約束したのに。聞けないことが増えていく。
ずっと離さないって、一生おまえと一緒にいたいと思った気持ちは今も変わっていないけれど、だけど…、おまえも同じ気持ちでいるのか…?

そう考えたら、この前あかりを押し倒したときの光景が鮮明に脳裏によみがえった。あかりにそういうことは早い。そう言い聞かせているけれど、本当にそうなのか…?
俺のこと、本当に好きなら……ってやめた。

今の状態でいろいろ考えても、たぶんマイナス思考にしかならない。こういう時は寝たほうがいい、そう思ってベッドにもぐりこんだ。



ピピピピピ…と、お決まりのアラームの音で目を覚ます。手を伸ばして、時計のアラームを切って、ベッドから起き上がった。

「ハア…、もう朝か……、なんか寝た気がしないな」

なんか、身体がだるい気がする。昨夜は髪もまともに乾かさずに寝たし…と重たい身体を無理に起こして洗面所に向かう。

「…げ」

鏡の中を覗くと、寝ぐせがひどかった。これはもうドライヤーで直るレベルじゃないなと、もう一度シャワーを浴びることにした。
頭から熱いお湯をかぶる。今日も暑い、だけど、熱いシャワーが気持ちよかった。

「はー…、茹だった……」

さすがに真夏に熱いシャワーは間違っているかもしれないと思ったけれど、なんだか、寒いんだよな…。まさか、風邪をひいた…か?

うーん…。ま、これくらいなら薬飲んどきゃ大丈夫か…。頭痛薬を飲んで、準備を終わらせて学校に向かう。
あんまり気乗りがしないのは、あかりに会うのが少し怖いからかもしれない。
けど、思った以上に頭がぼんやりとしていたのは、薬のせいだと思った。

大学について、あかりに連絡しようとポケットを探ったけれど、携帯がない。

「ヤバ…、携帯忘れた」

そう言えば、あかりからの着信がないことを確認して、ベッドに放ったままだった。ああ、もうなんでこんな時に限って携帯を忘れるんだよ。
あかりの番号なんて覚えてないし、取りに帰ったら講義に間に合わないし…。
あかりと今日は…同じ講義はなかったな…。会えればそれでいいけど…、会えなかったら帰って連絡すればいいか。

考えていてもしょうがない、なるようにしかならないんだから。

大学であかりに会わない日はたまにあるけれど、連絡はいつでも取れる状態だった。
今日はもしかしたら避けられているんじゃないかと疑いたくなるくらいあかりを見つけられない。

「佐伯じゃねーか、どした?」
「ああ、いや…」
「やっぱフラれたんか?」
「フラれてないし。ちょっと携帯忘れて連絡取れないんだよ」

ニヤニヤとからかうように向けられた視線がムカつく。

「お。今日はだいぶ不機嫌だな」
「うるさい。ちょっと疲れてんだよ」
「昼飯は?」
「まだだけど、今日はいい」

薬が切れてきたのか、頭痛もあるし、食欲もないし…。

「おまえ…具合悪いんじゃね?」
「…たいしたことない」
「つーか、マジで顔色悪いぞ? 帰った方がいいんじゃね? 午後なら代返しとくけど?」

からかうような響きが消えて、心配そうな瞳を向けてくる。いつもふざけているんだから、こういう時もふざけていいのに。

「サンキュ。でもほんとに平気だから」
「ちょっと待て」

じーーっと俺の顔を睨むように見つめてくる。つーか、ちょっと距離が近いし! と思ったら、乱暴に額に手のひらを当ててくる。

「おいっ、やめろって…!」

思わず手を振り払うと、はー、と大きなため息をついてまた俺を睨む。

「……佐伯。今すぐ帰れ」
「は?」
「おまえ、すごい熱だぞ」

余計なお世話だ、と思った。誰に迷惑をかけたわけでもないし、確かに、だんだん具合はよくなくなっているけれど、あとひとコマくらいならどうとでもなる。

「…俺は平熱が高いんだよ」
「バカ、強がってる場合かよ。体調不良が長引くのと、今日ひとコマ休んで済むんだったら、どう考えても今帰るのが得策だろ」
「……」
「それ、たぶん悪化するぞ?」

びし、と指をさされて何も言えなくなる。

「とにかく、今日は帰れ。代返しとくから」

友人が本気で心配してくれているのが分かって、わかったよ。と呟くように言うと、ホッとしたようにニカッと笑った。

「おまえの彼女を見かけたら伝えておいてやるよ」
「いい。あいつに余計なこと言うなよ?」

あかりのことだ、きっと心配するだろう。いや、今の状態でそれを聞いてもきっと困らせるだけだ。あいつは優しいから。

どちらにしろ余計な心配はかけたくない。

「気をつけて帰れよ。できればなんか食って、水分摂って薬飲んだらゆっくり寝ろ」
「おまえは母親か!」

口うるさい友人に突っ込みを入れながら、踵を返す。思ったよりも具合が悪いのは自覚していたけれど、講義を休むと決めたら、気が抜けたらしい。
だんだん歩くのも辛くなってきた…ような気がする。

ゆっくりと歩きながら、それでもまあ、まだ大丈夫だろうという気持ちはあった。
途中で薬局によってスポーツドリンクと薬を買った。とにかく早く治さないとな。

高校の頃はもっと限界まで無理していたけれど、無理をしてもいいことなどないということも分かったから。早く治して、元気になるに限る。

帰ったら、とりあえずあかりにはメールしておかないと。こんなことを言い訳にしたくはないけれど、いい口実にはなるなと思った。
あかりの気持ちを疑うわけじゃないけど、あかりだって人間だ。気持ちが変わらないという確証なんて本当はどこにもないんだ。

そんなことを考えているとは思わないけど、それでも不安になるのはやっぱり体調が悪いせいかもしれない。

「早く帰って寝よ…」

自分のアパートに辿り着いて、階段を上がって部屋の前が見える廊下に出たところで足を止めた。

「あかり……?」
「っ!?」

俺の声に反応して、部屋の前でドアを叩いていたあかりが泣きそうな顔を俺に向けた。

「おまえ、どうして…」
「…っ、瑛くん…っ」

半分泣きそうな顔で駆け寄ってきたあかりが俺にぎゅっと抱きつく。

なんだこれ? 俺、夢でも見てるのか?

具合が悪くなりすぎてみた幻かもしれないと思ったけれど、あかりは温かくて、俺の胸でうっうっと声を漏らして泣いている。

「あかり…、どうした…?」
「瑛くんが…っ、具合悪くして、帰ったって…聞いて……」

泣きながら、途切れ途切れに説明するあかりの言葉に浮かんだ友人のニヤリと笑う顔。

「ったく…、大丈夫だよ」
「よか、た…、よかった…倒れてるんじゃないかと、思っ…て」

泣きじゃくるあかりを安心させるように抱きしめて、もう一度大丈夫だ。と呟いた。


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