09.Side Daisy

by mimo


瑛くんに、避けられてる気がする。

結局、朝まで連絡を待ってみたけれど、電話もメールも来ないまま。
連絡するって言ってくれたから、こっちから連絡するのも悪いかな、なんて思ったりして。

大学で会えばいいやって思っていたのに、そんな日に限って一緒の講義がない。
高校生の頃は会おうと思わなくても簡単に会えたのに、大学に入ってからはキャンパスが広いせいで、見つけるのも大変で。
会いたい気持ちに負けて、『今日、一緒にお昼食べられる?』って自分からメールをしたのは午前中のこと。

だけど、待てど暮らせど……ううん、時間で言えば1時間や2時間だけど、返事は来ない。
講義と講義の間に連絡を取り合うことが多いけど、今日は一切瑛くんからの連絡がないのだ。

昨日、あんな風に振り払ってしまったから。
……ううん、"そういう雰囲気"になった時、わたしがとんちんかんなことを言ってしまったから?
たった一日連絡が取れなかっただけで不安になるなんて、おかしい。
わかっているのに、ここ数日の自分の変化とかで、頭の中はぐちゃぐちゃで。

泣きそうになりながら、お昼ご飯も食べずに瑛くんを探し回っていたら、誰かにトントン、と肩を叩かれる。
瑛くん!?と思って勢い込んで振り向いたけれど、目の前に立っていたのは知らない男の人だった。

「あー、もしかして、海野さんだよね?」
「え……」

遠慮がちに声をかけてきたのは、そういえば瑛くんとよく一緒にいるのを見かける人だった。
瑛くんのお友達さんが何の用だろう?と首を傾げると、どこか言い難そうにその人が口を開いた。

「あのさ、佐伯が体調崩したの知って……、は、ないよな」
「えっ!?」

瑛くんが、体調を崩した――?
その言葉に思わず、がしっとその人の腕を掴むほどの勢いで食いつくと、苦笑されてしまう。
でも今はそんなことよりも、瑛くんが心配で。

「あ、あの、瑛くんは!? だっ、だいじょうぶなんですか!?」
「いや大丈夫じゃなさそうだった。さっき帰ったけど、携帯忘れたとか言ってたから伝えとこうと思って」
「ぐ、具合は!?」
「高熱で今にも倒れそうなほどフラフラだったから、今頃、もしかしたら――……」

友人さんに大丈夫じゃない、今にも倒れそうって言われるくらいって、余程のことだと思う。
今日連絡が来なかった理由が分かって一瞬だけ安堵したけれど、心配で心配でいてもたってもいられなくなってきた。
いまさっき帰ったってことは、もしかして途中で行き倒れてる可能性もある、よね?
そんなことを考えると、サーッと血の気が引いていくのが自分でも分かった。

「わたし、瑛くんの家まで行ってみます!」
「うん、その方がいいかも。よろしく言っといて」
「はい、ありがとうございました!」

ヒラヒラと片手を振る友人さんに軽く会釈をして、午後の講義は必修じゃなかったはずという自分の勘を信じて、足早に大学を出た。





瑛くんのアパートまでの道のりをひたすら走ったけれど、途中で会うことはなかった。
道端で行き倒れている瑛くんがいなくてホッとしたは良かったものの、アパートについてチャイムを押しても反応がない。
しばらく待って、何度もチャイムを押してみたけど、やっぱり中でなんの物音もしない。

「瑛くん……! ねぇ瑛くん、だいじょうぶ……!?」

控えめにドアをノックしても反応はなく、焦りだけが募って行く。
どうしよう、どうしよう、とぐるぐると渦巻く不安の波が押し寄せて、涙が零れそうになったけれど必死で飲み込む。
今にも倒れそうなほどフラフラって、友人さんが言ってたし、もしかしたら瑛くんが中で倒れてるかもしれない。

「いやだよ、瑛くん死んじゃやだよぉ……! 置いていかないで……!」

もう、わたしを置いていかないで。
あの冬の日みたいに、ただ瑛くんが去って行くのを泣きながら見送るなんて、いやだ。

ドンドンとアパートのドアを叩いていると、後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえて振り向く。
そこにはいつもよりぐったりした様子の瑛くんが立っていて、思わず駆け寄ってその胸に飛び込んだ。

「あかり…、どうした…?」
「瑛くんが…っ、具合悪くして、帰ったって…聞いて……」

良かった、行き倒れた瑛くんはいなかったんだ……と思うと、今まで堪えていたものが溢れて来てもう止まらなかった。
ぐすぐすと泣きながら一生懸命伝えると、瑛くんはぽんぽんとわたしの頭を撫でてくれる。
「大丈夫だ」とまるであやすように言いながら、わたしを抱きしめてくれる瑛くんの手の熱さに、ハッと我に返る。

「て、瑛くんお熱は!? すっごく熱いよ! 大変、はやくお薬……えっと病院……救急車!?」
「落ち着け。ただの風邪だから」

わたわたと携帯を取り出そうとしたわたしの頭に、軽いチョップを落としてくる瑛くんの顔色は悪い。チョップだって全然キレがない。
パニックになっているわたしをよそに、瑛くんは鞄からキーケースを取り出して部屋の鍵を開けた。
そして先に部屋に入ろうとした瑛くんだったけど、ぴたりと止まって、何か考え込むように咳払いをした。

「あー……もう俺は大丈夫だし……帰っていいぞ?」
「えっ!? ダメだよ、心配だもん……! おかゆくらいなら作れるし、その……邪魔はしないから……一緒に、いさせて?」

チラリとこちらを見ながら言う瑛くんは、心なしか困った様子で。
やんわりとした拒否だって気付いてしまったけれど、このまま帰るなんて出来ない。
迷惑かもしれないけれど、それでも一緒にいたい。そんな意味も込めてじっと見つめると、瑛くんは観念したように肩を竦めた。

「わかった。今日は送って行けないから、暗くなる前には帰れよ」
「ううん、帰らないよ! 一晩中看病する!」
「ハァ!?」

きっとこれから熱が上がってきたらつらいに決まってるもの。
一緒にいて、飲み物を渡したり汗を拭いたりくらいしか出来ないかもしれないけれど、つきっきりで看病した方がわたしも安心だ。
そうと決まれば「お邪魔します」と上がり込んで、まずはおかゆを作ろうと思ったのに。
ガチャンとドアが閉まる音と共に、瑛くんが靴を脱ごうとするわたしの腕を強い力で掴んだ。

「……瑛、くん?」
「………悪いけど、帰れ」
「え、え? な、なんで?」

ハァ、と大きなため息を吐く瑛くんは、さっきよりも格段に顔色が悪くなっている。
そんな彼をこのまま放っておくわけにもいかなくて、とりあえず早くベッドに寝かせなきゃ!と一生懸命腕を引こうとするのにびくともしない。
どうしたの、と疑問を投げかけようとしたわたしの口は、次の瞬間には塞がれていた。

――熱い。すごく。
キスをされているのだと気付くのに数秒はかかったけれど、触れている唇も瑛くんの吐息も、尋常じゃないほどに熱い。
熱が出ているから仕方ないとわかっているのに、あまりの熱さにどうにかなってしまったのかと思うくらい。

いつの間にかドアに押し付けられる形で何度も何度もキスをされていて、わたしの両腕は瑛くんに自由を奪われていた。
逃げようなんて思わないけれど、まるで逃げ場を失くすかのように、瑛くんの大きな手がわたしの両手首を握っている。

背中に触れる鉄扉の冷たさと、瑛くんの熱さに挟まれてしまったわたしは、サーモグラフィーでは何色になるのだろう、と頭の片隅で思う。
けれど、そんなくだらない考えはすぐにほどける。瑛くんの言葉によって。

「頼むから、帰れ。――じゃないと、俺……」

ようやく離された手首は、まだ瑛くんの熱が残っている気がした。

苦しそうに眉を顰めた瑛くんが、わたしの肩にこてんと頭を乗っける。ハァハァと荒い吐息も聞こえてくるから、きっと苦しいんだろう。
大丈夫だよ、心配しなくていいよって気持ちを伝えたくて、出来るだけ優しくその頭をぎゅうと抱きしめた。

「大丈夫、うつされても平気だよ! 明日から三連休だもん。ね?」

今さっきキスされたのは、きっと伝染るから帰れってことだったんだと思う。そんなこと、気にしなくてもいいのに。
そんなに身体は弱い方じゃないし、そこは気に病むことじゃないのになぁ、と瑛くんの頭を撫でていると、肩越しにものすごいため息を吐かれた、気がした。


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