露草が手紙をもらってから、数日が経った

最初に違和感を感じたのは、デートの約束をキャンセルされた時だった

学校が休みの土日は、いつも露草とデートをする。待ち合わせ時間にいつもピッタリ来る露草が、その日に限ってなかなか来なかった

しばらくすると携帯にメールが届き、そこには「悪い、体調崩した」と書かれており、心配になった私は「大丈夫?」と返したのだが、それ以来返事は来なかった

次に違和感を感じたのは登下校。いつも朝、待ち合わせをして一緒に学校へ向かい、一緒に帰るのだが、「部活が忙しい」という理由で最近はずっと1人で登下校している

部活が忙しいなら仕方が無いと思っていたのだが、隣に露草がいないとやっぱり寂しかった

そして完全に露草の行動がおかしいと感じたのは今日の昼休み。毎日一緒に屋上に行って食べていたのだが、露草は私に何も言わず、1人教室を出て行ったのだ

それからというもの、露草は私に話しかけたり近付いたりすることが少なくなり、ついには完全にスルー状態となっていた

なんで?どうして無視するの?私何かした?グルグルと負のオーラが私の周りにまとわりつく

もしかして、私のこと嫌いになった?

そんな考えが頭の中を支配し、私の気分はどんどんと落ちていった

今日も1人でお弁当を食べていると------

「しゅん」
「あ、梵天、、、」

話しかけてきたのは梵天で。

「しゅん、露草と別れたのかい?」
「別れてないよ、、、いや、そのうち本当に別れるかも、、、」

と弱気にそう言うと梵天はおかしいな、と呟いた。何がおかしいの?と聞き返す

「露草のこと見てないの?ずっと他の女と一緒にいるんだよ」
「え?」

どういうこと?私は思わず持っていた箸を落とした

「それを見た時しゅんと別れたんじゃないかって思ったけど別れてないんだよね?露草、浮気してるかもしれないよ」

露草が?浮気?

私の頭の中はどんどん真っ白になっていく

梵天のその話を聞いていてもたってもいられなくなった私は教室を飛び出して、いつも露草とお弁当を食べる屋上へと向かった

有り得ない、露草が浮気だなんて。信じられるもんか。この目で見るまでは、絶対に信じない

屋上のドアを開けると、露草の姿がないか辺りを見渡す

------居た。

露草を見つけられたが、隣にいる人を見て、私の足は止まった。あの人は、あの人はそう、露草に手紙を渡した女子生徒

露草の隣に座って仲良くお弁当を食べている。その姿が信じられなくて、声すら掛けられなかったが、一瞬、露草と目が合った。が、すぐに逸らされた

重い鉛を引きずっているかのように体が重く感じ、雷を受けたかのように硬直する

2人のそんな姿を見ていられず、私は重い体を無理矢理動かしてその場を後にした

------それからというもの、今までの違和感はその女子生徒のせいだということに気が付いた。デートの約束が無しになったのは、露草がその女子生徒と会っていたから。

登下校も私とじゃなくて、女子生徒と待ち合わせしていたから。部活が忙しいだなんて嘘までついて。

お昼休みも、いつも女子生徒と食べていたんだ

------私、ついに露草に嫌われちゃったの?

教室に戻ってからも私は放心状態で。お腹も空くはずもなく。食べかけのお弁当をしまうと、机に突っ伏した

なんで?どうして?私何かした?ついこの間、露草は私の彼氏だって言ってくれたじゃない。あれは嘘だったっていうの?全部嘘だったの?

昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。と同時に露草が教室に戻ってくる。私は顔を上げると、そこにはあの女子生徒を見送る露草の姿があった

あぁ、もうあの2人は付き合っているんだ、そして私は露草に振られたんだ

午後の授業は何もかも頭に入らず、つねにボーッとしていた。何も手につかず、あまりにもショックで涙さえ出てこない

せめて、理由だけは聞かなくちゃ、と思っていた

放課後になり、部活に向かおうとする露草に声をかける。だが露草はまるで聞こえないフリをしているかのように私を無視し、教室から出ていってしまった

理由すら教えてくれないのね------

そんな時だった。

「ねぇ」

声をかけてきたのは、あの女子生徒。勝ち誇ったような顔でその場に立っている。私は振り向くことすらできず、去っていく露草の後ろ姿をずっと見ていた

「可哀想にねぇ、露草に振られるなんて」
「、、、」
「露草は、私のことが好きなのよ。貴女より、ずっとね」

返す言葉もない。そう、私はこの女子生徒に負けたのだ。悔しいけど、露草が選んだのなら仕方ない------なんて思うことはできず、唇を噛み締めた

「そうそう、梵天が貴女のことを呼んでいたわよ、校舎の裏で待ってるって」

梵天が?

魂を抜かれたかのように私はフラフラとその場から立ち去った。もう、どうでもいい、全部なくなってしまったんだ、何もかも、壊れてしまったんだ

私の好きな露草は、いなくなってしまったんだ------

今思えば、あの女子生徒の言っていたことを信じた私が馬鹿だった

言われた通りに、本当に梵天が校舎裏にいると思い、その場に向かったのだ。だけどそこにいたのは梵天じゃなく、数名の見知らぬ女子生徒達で。

「やっと来たね」

女子生徒のうち1人がそう言った。途端に私の周りを囲み、私を突き飛ばした。その衝撃で足を捻ってしまった

「痛っ」
「調子に乗んなよ」

一瞬、何が起こったのかわからなかった。だけどすぐにお腹の痛みがやってきて、蹴られたんだ、と分かった

「露草を好きなのはお前だけじゃないんだよ!」

そう言われ、お腹にもう1発蹴りを入れられる。足を捻ってなくても、囲まれてしまっているから逃げることが出来ない。私はなるべく体を守ろうと丸くなったが、意味がなかった

今度は無防備になった背中を何度も蹴られ、グイっと髪の毛を掴まれる。そして頬をバチン!と思いっきり叩かれた。頭がグワングワンする

なんで私がこんな目に遭わないといけないの?

涙が出た。

「泣いてんじゃねーよ!」

もう1発、ビンタを入れられる

「ふふっ、いい気味ね」

そう言いながらやってきたのは先ほどの女子生徒。どうやらこの人がこのグループのリーダーのようで

「露草はもう手に入ったから貴女にはもう用がないとは思ったんだけど、、、貴女の顔を見ると虫唾が走るのよ」

1人、また1人と、私の体を乱暴に蹴って、休むことなく暴力を続けてくる。露草を失ってしまった上に、リンチのようなことをされ、私の心はもう限界だった

「痛い、、、」

蹴られた所が、叩かれた頬が、痛い。それよりも、露草を失ってしまったことの方が、死ぬ程痛い

痛い、痛い、痛い------

「無様な姿ね、清々しいわ、貴女達、気が済むまでこの子をいたぶりなさい」

その声を聞いて私の体はゾワッと震えた。もう、痛いのは嫌だ------そう思ったその時

「キャッ!」

女子生徒の頭に、何かがぶつかった。それは地面に落ち、コロコロと転がって、止まった

これは、サッカーボール、、、?

「おい、、、てめぇら」

痛みで気絶しそうな中、聞こえてきたのは露草の声で。

露草は女子生徒の胸ぐらを掴むと、声を張り上げた

「話がちげぇじゃねぇか!」

------話?話ってなんのこと?

「しゅんには手を出さないって約束だったのにこれはなんなんだ!おい、答えろよ!」

露草はそう言い、女子生徒を揺さぶる。女子生徒は酷く怯えた様子で、唇が震えていた

「てめぇの言いなりになった俺が馬鹿だった、こんなことになるなら最初からてめぇをぶん殴っておけばよかった」

そして露草は腕を振り上げ、女子生徒を殴ろうとする

「露草、駄目!」

私は必死になって声を上げた。その声が届いたのか、露草は振りかぶろうと高く上げた手を素直に下ろし、掴んでいた胸ぐらも離した

女子生徒は咳き込みながらその場に座り込む

「てめぇら、次しゅんに手出ししたら、その時は殺してやる」

そう言った露草は、私の方に近づいてきて、立てるか?と言ってきたが、足を捻った私は立つことができなかった

すると露草は私を抱き抱え、歩き出す

校舎に入り、廊下を歩き、辿りついたのは保健室で。露草は私をベッドに降ろすと、棚を漁り始めた

そして持ってきたのは消毒液とガーゼと湿布。私は全身に走る痛みに耐えていたが、何より露草が今私の目の前にいることの方が信じられなかった

「背中、見せてみろ」

そう言われ、私は素直に制服を脱いで背中を出す。何枚か湿布を貼られると、今度は擦り傷が出来た手首を消毒し、ガーゼを貼ってくれた

淡々とこなすその作業を見ながら私は一言。

「なんで、、、?」

露草は一息置いてから、話し始めた

「、、、あの女に、言われたんだ。付き合ってくれないと、しゅんに危害を加えるって。それだけは避けたかったから、あの女の言いなりになってた」

だけど、と露草。

「あの女は約束を守らなかった。そしてしゅんをこんな風にさせちまったのは俺のせいだ」
「そんなこと------」
「あんな奴の言うことなんか聞かなければよかった、危害を加えるって言っても、最初からしゅんを守ってやればいい話だったんだ」

私は何も言えなかった。私を守るために、露草はあんな行動をとっていたんだ。誰にも相談できず、1人で抱え込んで------

「また、お前のこと傷付けちまったな」

そう言う露草の体は震えていて。顔を伏せていたからきっと泣いているんだと私は思った

「露草に、嫌われたかと思ってた」
「、、、ごめんな」
「もう、終わってしまったの?って」
「本当に、ごめん」

でも、と私は言う

「戻ってきてくれてありがとう」
「っ!」

露草はそれ以上何も言わなかった。ただ、私をぎゅっと抱きしめてくれるだけで。その肩は相変わらず震えていて。露草が、戻ってきてくれた、私はそれだけで充分だった

本当に最初は、訳がわからなかった。いきなり他の女子生徒と行動を共にしているんだもの、気にならない人なんていない

でもそれは私を守るための行動であって、結果ボコボコにされてしまったけど、それでも露草が戻ってきたくれただけで、今までのことが全てどうでもよく思えた

「露草」
「、、、」
「もう、私を一人にしないでね」
「、、、あぁ」

「それにしても女の子の頭にボールぶつけるだなんて、容赦ないね」

と私が笑いながら言うと、「殺すつもりでボール蹴ってやった」と冗談なのかそうじゃないのかそう返された

「女の子には優しくしないと駄目だよ」
「しゅんがそう言うんなら、、、そうしとくよ」

そして、私達は顔を合わせて笑った


その日の帰り道------


足を痛めた私は露草におんぶされていた。家まで送ってもらっていたのだが、久々に露草との近距離にドキドキしている自分がいた

聞こえてないよね?と心配になっていると------



「聞こえてるぞ」
「え?!」
「、、、俺もそうだから」




夕日が私達の影を作り、地面に映し出される。ぎゅうっと露草にしがみついた私は、もう2度と失いたくないと、そう強く思った




Fin

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