そっと、触れるだけ 


穏やかな春島の気候。その穏やかな陽気に誘われて甲板で船を漕いでいるクルーも多い。男性はそのうちの一人、釣りをしながら眠っているシャチの背中に腰を下ろす。
「ぐぇ、重っ!一体……なんだ男性かよ……。」
「なんだとは失礼だね!……ねぇ、ロー知らない?」
「キャプテンー?いや、見てねぇよ。どうせ、部屋にでも居るんじゃねぇの?」
「部屋はもう見たんだよね〜。分かった!ありがとうシャチ、もうちよっと探してみるよ。」
そう言ってシャチから離れると、頑張れよーとシャチが後ろ手でひらひらと手を振ってきた。
そう広くない船内。今は航海中だから船に居ることは確実なのだが一体何処にいるのだろうか。船尾の方を覗いてみると、オレンジ色の山が見えた。きっとベポだ。彼もきっと昼寝でもしているのだろう。男性はベポなら何か知っているかもしれないと船尾に降りていった。

「ーーベポっ、あ……」
そこに居たのは、鼾をかいて眠っているベポと、そのベポに寄り掛かるようにして目を閉じているローだった。普段は出不精であるローがこんな所にいるとは思わなかった。道理で船内をいくら探しても見つからないはずだ。男性は2人を起こさないように静かに近づく。目を瞑っているローは読んでいたであろう本を床に落とし、静かに呼吸をしていた。どうやらローも春の陽気に負けて転寝をしてしまったらしい。いつもなら深い皺が刻まれているはずの眉間は力が抜け、皺ひとつない。その穏やかな寝顔に自然と笑みが零れる。
「ローも寝てる……相変わらず可愛いな。」
本人に聞かれたら可愛くねぇと、顔を真っ赤にしたそれまた可愛い顔で否定してくるのだろうが、生憎眠ってしまっているのでその顔は拝めそうにない。男性は満足の行くまでロー寝顔を眺めると踵を返す。ローを探してはいたのだが、別段これといった用事はなかったので、せっかく気持ちよさそうに眠っているのならそのままにしておこうと思ったのだ。
「あっ!」
何かを思い出したように男性はローの元へと戻る。そして、その唇に軽く触れる。
「おやすみ、いい夢を。」
そして再び歩きだし、シャチと釣りをしようと船首の方へ戻って行く。
「っ、あの馬鹿……っ」
その後ろでは、寝た振りをしていたローが真っ赤な顔をして口を手で押さえているとも知らずに。




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