傷を治す魔法 


航海の途中で寄った春島で、男性にデートに誘われた。その島は一年中、花が咲き誇っていることで有名らしく、一番の名所も島の奥に広がる大きな花畑だ。男性は散歩がてらそこに行こうと誘ってきたのだ。
支度を整えて甲板に出ると男性の姿はない。まだ来ていないのかと周囲を見回すと、ロー!と自分を呼ぶ声が聞こえた。声のした方向を見ると男性がいて、どうやら先に島に降りていたことが分かる。タラップを踏んで島に降りると男性が近づいてきた。
「ごめん、甲板で待っていればよかったかな?」
そう言って男性は謝ってくるが、謝る必要はないだろう。素直に待っていてくれて嬉しい(待ち合わせしていたのだから待っていない方がおかしいが)事を伝えればいいのに、自分の口から出るのは別にという素っ気ない返し。それでも男性はふんわりと笑って、ありがとうと礼を述べるのだ。それから男性はローの手を取って歩き出した。
「男性っ、」
取られた手が熱くて、顔も熱くて焦って男性の名前を呼ぶ。どうしたの?と振り返る男性はローが言いたいことを分かっているような表情をしている。
「手、離してほしい?」
なにも発さないローに痺れを切らしたか、男性がゆっくりと言葉を発する。そんな訳ない。そんな訳ないのだけど、素直になれない自分の口から出るのは、蚊が鳴くような離してほしいの声。それでも聞こえた男性は分かったとパッと手を離してしまう。熱からは開放されたが急に寂しくなった手に思わず声が漏れる。
「あ……。」
歪んできた視界にぎゅうっと眉根を寄せると再び手が熱に包まれる。ぱっと顔を上げるとそこには微笑んだ男性の顔。
「うーそ。ローが嫌でも、俺が繋ぎたいから手は繋いだままね。」
そう言うと男性は進み出した。引っ張られるようにしてローも横に並ぶ。ふんふんと鼻歌交じりに島を見回す男性は機嫌が良さそうだ。

街で軽食を買いながら花畑を目指す。森の中を通っていかなければいけないらしく、その道は多少の舗装はしてあるものの、それでも少しでこぼこしていて歩きにくい。
「ロー大丈夫?」
少し前を歩く男性が振り返ってこちらを見る。平気だと返すと、辛かったら言ってね、と男性は再び前を向く。柔な身体じゃあるまいしこの程度の山道なんか取るに足らないものだ。それでも心配されたのが嬉しくて、少し口角が上がる。
「あ、あそこ開けてそう。着いたかな?」
男性の声がして視線を上げると少し明るくなっていることろが見えた。目的地に着いたようだ。
「よいしょ、っと……うわ……」
森を抜けるとそこに広がるのは大きな花畑で、様々な色や形をした花が咲き誇っている。一番の名所というだけあって、かなり壮観な光景だ。地元の人間か観光に来た人間かは分からないが、そこそこの人間がその花畑に来ている。
「すごいね……思わず言葉失っちゃった。」
「……ああ。」

男性と花畑の中心部に進む。進みながら周りを見ていると、花畑に寝転ぶ家族や、花を摘む夫婦などそれぞれかなり自由に過ごしているようだ。ふと、一際目立つ赤い花が目に入った。手に取ろうとしたら指先に走る鋭い痛み。
「つっ!」
「ロー、どうした?」
声に反応して男性が振り向いた。指を見ると血が膨らんでいた。どうやら棘があったらしい。血が出ているローの指を見て男性がそれを口に含み、舐める。ピリッとした痛みを感じたがすぐに解放される。
「花に棘でもあったみたいだね。」
そう言いながら男性はポケットから取り出した絆創膏をローの指に巻いていく。そして最後に、早く治るようにお呪い、と言って絆創膏の上から軽くキスをしてきた。周囲に人がいて恥ずかしかったが、偶にはこういう日もいいかもしれないと思えた。




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