ファースト・キス 


目の前にある船長の顔、唇に当たる確かな感触。


この世に生を受けて20数年。女の子と付き合うことなくほぼ男というこのハートの海賊団に入ってしまった俺は、生来の人見知り故か海賊になってからも浮いた話が一つもない。人見知りのくせになんで海賊してるのっていう人もいるかもしれないが、好きで海賊になった訳じゃない。船長に無理やり攫われただけだ。まあ、海賊になってもう何年もたってるし、仲間は良い奴ばかりでなんだこんだ船長も優しいから今更海賊を辞めようとは思わないけど、それでも俺には譲れないものがある。
「ファーストキスは好きな子と、だろー?男性お前いい加減夢見すぎじゃね?」
食堂で熱く語る俺の話を遮って溜め息をついているのは、この船で一番仲の良いシャチだ。
「夢見すぎって、当たり前だろー?俺、ファーストキスは好きな子と、夕陽が照らす海岸でするって決めてるんだ。どーせシャチには分からないよ。」
「へーへー、ロマンチックなこって。夢見るのは勝手だけど、男性、お前まだ童貞だろ?早くしねぇと魔法使いになっちまうぜ?」
「どどどど童貞って言うな!いいよ魔法使いになっても!シャチなんかより船長の役に立てるもん!」
そう言ってそっぽを向けば、おれなんかよりってどういう事だよ!とシャチが飛び掛ってくる。それに応戦すれば、その場にいる仲間たちによって賭けが始まり、負けた方が買った方に次の島で酒を奢る。これがいつもの流れだった。違ったのは、その時たまたま船長が食堂に入ってきた事だけ。

「おい、てめぇら何騒いでいやがる。」
低く響くその声に、思わず俺たちクルーは姿勢を正す。その時に俺の体勢が悪かった。慌てていたため、無茶な体勢から姿勢を正そうとした俺は盛大に足を挫いた。
「男性っ!」
焦るシャチの声が聞こえる。足を挫いた俺はバランスを崩しそのまま船長の方向に倒れ込んでしまった。


そして、冒頭に戻る。
ちゅっ、と軽いリップ音がして船長の顔が離れて行く。
「お、おい……男性、大丈夫か……?」
動かない俺に心配そうにシャチが声を掛けてくる。目の前の船長の顔は何故か赤い。怒っているのかもしれない。しかし、こちらは非常に泣きたい気分だ。
「っ……俺の、ファーストキッス……。」
そう、倒れた拍子に俺は大切にしてきたファーストキスを船長に奪われてしまったのだ。
「っ、初めてか……!」
その言葉を聞いて何故か船長は嬉しそうな声を上げる。こちらは本当に泣きたいのに。船長は俺に嫌がらせしたいのか……!ならばこちらも受けてたってやる。
「っ……船長!俺のファーストキスを奪った責任取ってください!」
ふふ、責任として次の島での支払いは全部船長にしてやる……。そう思っていると、分かったと船長が言う。
「本当ですか!じゃあ、次の「責任を取ってお前と付き合ってやる。」しまで……は?」
今なんと言っただろうか。付き合うと言ったか?誰と誰が?
「え?船長今なんて言いました?」
「責任を取ってお前と付き合ってやる。」
「誰が?」
「おれが。」
「誰と?」
「男性、お前だ。」
ええ、聞き間違いじゃなかった。ファーストキス奪われた挙句、付き合うって何?そこまでして俺に嫌がらせしたいの?俺船長に嫌われてる?混乱していると、船長が悲しげに目を伏せる。
「俺と付き合うのはそんなに嫌か……?」
「そんなわけないです!……あ。」
悲しげな船長につられて思わず了承してしまった。にやりと笑った船長にもう言い逃れは出来ないと悟る。そのまま腕を取られてどこかに連れていかれる。憐憫の視線を向けてくる仲間に助けを求めるが助けてくれるものは誰もいない。
連れていかれた船長の部屋で、船長の本当の気持ちを伝えられ。その気持ちの強さに負けて本当に恋人同士になるまでもう少し。




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