いつもの彼 


私の彼であるペンギンはいつも几帳面で、冷静沈着だ。敵船が襲撃していた時でも、船長に次いで冷静に対応するしている。そんな彼にもあまり見せない面があって……


「女性、なんだこの部屋の有様は……。」
目深に被った帽子の上に呆れたように手を置くペンギン。それも仕方ないだろう、彼が見ている女性の部屋は床一面に衣服が脱ぎ捨てられ、医学書であろう本が散乱し、誰がどう見ても綺麗とは言い難い惨状であった。
「ったく、船長も女性に部屋を汚くさせるつもりで一人部屋を与えたんじゃないんだぞ。」
「うっ、分かってるよ。でも最近雨ばっかりで中々洗濯出来ないし、船長も見習いだからって課題沢山出してくるし……。」
女性は少し前にクルーになった人物で、医学の知識がほとんど無いため、最低限の知識を覚えさせるために日々船長でも医者でもある、ローから課題を出されているのだ。
「それは仕方が無いだろう。この船に乗るからには応急処置位出来てくれなきゃ困る。」
「それは分かってるけど……。」
しゅんとなる女性の頭に暖かいものが乗る感触がして、目線を上げると普段なら見えないであろうペンギンの目が見えて、それは優しく微笑んでいた。
「とりあえず片付けるぞ。こんな所で勉強しても捗るものも、捗らないだろ。」
そう言うとペンギンは、散乱している衣服を拾い集め始めた。


「大分綺麗になったな。」
「凄いよペンギン!床が見えてる!」
当たり前だと軽く小突かれる。すると船内が騒がしくなったことに気が付いた。誰かが廊下を走る音が聞こえ、ドアが乱暴にノックされると、返事を待たずに開かれる。
「女性!ペンギンも居たのか!襲撃だ!」
少し慌てるようなシャチの顔と声に、身体が固まる。ペンギンは先程の表情から一変して目を細める。
「船長には?」
「ベポが行ってる!」
「分かった。女性、ドアに鍵を掛けて静かに待ってるんだ。」
「う、うん。分かった。」
「敵は絶対に中に入れないようにするから。終わったら、すぐ迎えに来る。」
そう言いながら、ペンギンは女性を安心させるように抱擁する。お互いにぎゅっと力を入れてゆっくり離れる。
「女性、大人しく待ってろよ。」
ペンギンは帽子を目深に被り直すと、女性の頭にもう一度手を置き部屋を出ていく。
女性は部屋の隅に座り、見つかりにくくする為に身を小さくする。外では金属が重なり合う音や、誰かの悲鳴が聞こえる。耳を塞ごうとした時、廊下から荒く歩く音がする。ガチャリ、ガチャリと乱暴にドアを開けているところからして、この船のクルーでは無いのだろう。女性の身に一気に緊張が走る。
「ちっ、何もねえな。トラファルガーの奴、何処に宝仕舞ってんだあ?」
「ん?おい、この部屋鍵かかってんぞ!」
ガチャガチャとドアが揺れる。
「(ペンギン……っ!)」
「ちっ!どけお前ら!」
体当たりをされてドアが開放される。
「なんだ、普通の部屋じゃねぇか。ん、おい!女が居るぞ!」
「いやっ!離して!」
抵抗するも、戦闘ができない女性では男達に力では適うはずもなく甲板へと連れて行かれてしまった。

「おい!お前らぁ!この女がどうなっても良いのか!」
「女性っ!」
焦るシャチの声が聞こえる。連れられてきた甲板では、まだ敵船と交戦中で負傷しているクルーの姿も目に入った。
「ちっ!」
ああ、船長に見付かってしまった。後でバラされるのは覚悟しておこう。ごりっと頭に銃口が突き付けられる。
「この女の、頭撃ち抜かれたくなければ、武器下ろせ!」
「っ女性!!」
珍しくペンギンの焦る声が聞こえて、声のした方向に目を向けると、顔を青くしたペンギンがいた。
「……ペンギンっ」
女性の悲痛な叫びに今にも飛び掛って行きそうなペンギンを数人のクルーで抑える。珍しく取り乱すペンギンにクルー達も動揺する。ペンギンの方に敵海賊が気を取られているうちに動く男がいた。
「"ROOM"」
青いドーム状の半円が女性たちを囲む様に広がる。
「"シャンブルズ"!」
「なっ!女が……!」
「貴様、よくも女性を人質にしたな。」
聞き慣れた声が、女性とペンギンの位置を入れ替える。入れ替わったペンギンが、相手に掌底を食らわせる。それを機にクルー達が次々と敵海賊を倒していき、どこかに隠れてたという敵船の船長も見つけ出しあっという間にハートの海賊団の勝利となった。
「っ女性!心配させるな……っ!」
「ごめん、ペンギン……」
勝利が決まった途端、かき抱いてきたペンギンを強く抱き締める。
「っ、お前が、撃たれるかと、思っ……!」
珍しく酷く動揺しているペンギンの頭を優しく撫でる。
「ほんとごめんね。」
一際強く抱き締められると、はあ、と安堵したようにペンギンが息を吐く。カツンカツンと船長が近づいてくる音が聞こえ、名残惜しそうにペンギンが女性から離れる。バラされると思い船長の顔をみるとやはり怒っているようで思わず目を瞑る。すると額に衝撃が走る。どうやらデコピンをされたようだ。目を開けると呆れたような船長の顔が目に入った。
「はあ、大丈夫か女性。済まなかったな、こんな目に遭わせて。」
あの船長が謝った……!まさかの展開に目を見開く。
「今日は、もうゆっくり休め。……ペンギン、お前も今日はもういい。」
「いや、でも船ちょ「休め」……アイアイ。」
女性はともかく、自分は休めないと反論しようとしたペンギンだったが、有無を言わせないローはそれを遮るとさっさと船内に戻ってしまった。
「……仕方ない。女性戻るか。」

女性の部屋に戻ってきた2人は壊れているドアに目を遣る。
「整備士に直すように伝えておく。」
そう言うとペンギンは再度女性を抱き締める。
「本当に無事でよかった。」
「ペンギンが助けてくれるって信じてた……。」
「……助けたのは船長だけどな。」
「あ……。でも、あんなに慌てたペンギン見たの初めて。」
ペンギンという男はいつも冷静で、時には船長を諌める立場にもなる男だ。そんな男が女性一人の為にあんなにも取り乱すなんてびっくりした。
「……好きな女が撃たれそうになってたんだ、幾ら俺でも取り乱すさ。」
「ふふ、ごめん。」
「いや、俺も中に入れないとか言っておきながら易々と入られてしまって済まない。」
お互いを確かめあうように再度抱きしめ合った。
怖い思いをしたけど、滅多に見られない彼の姿を見ることが出来て満足した日だった。


あと、次の日に捕まった罰として、船長にはバラされた。




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