勿忘草 


※死ネタ 忘愛症候群のお話



「ローごめんね、約束守れそうもない……。」
直後、胸に感じた熱に意識は奪われた。



いつもの様に食堂で朝食をとりそろそろ、と愛しの恋人でもありこの船の船長でもあるローを起こしに行こうと席を立った時に、いつもならば起こしに行かないと絶対に起きてこないローが食堂に入ってきた。
「お、ロー今日は自分で起きてきたんだね!」
偉い偉いといつもの様に頭を撫でようとするとその手を叩かれる。
「おれに触るな。」
いつもと違う様子のローに食堂内が騒然とする。叩かれた手はじんじんと痛み叩かれた男性自身も呆然としている。
「え、ごめんロー。いきなり頭撫でられるの嫌だったよね。」
叩かれた手をさすりながら男性が謝ると、ローの顔が険しくなる。あまり向けられたことのない目にゾクリと背筋が凍る。
「あ?お前、誰に断っておれの名前呼んでんだ。」


誰だ、お前。ローのその言葉に一層騒がしくなる食堂。いつもと様子の違う二人の様子にペンギン、シャチ、ベポが寄ってくる。
「船長、男性っすよ!」
冗談キツいっすよ〜と笑うシャチに対してローは本気で分かっていなさそうで、男性と呟いて考える素振りを見せたが、新しいクルーか?と的外れな回答をする。
「キャプテン!本当に忘れちゃったの?あんなに仲良さそうだったのに……。」
「男性とは恋人同士だったんですよ。」
「は?おれとこいつが?」
男同士なんて気持ち悪ぃ。その言葉を聞いて男性は食堂から飛び出した。男性!とシャチが追ってくる。


適当な倉庫に入り鍵を掛ける。ローと付き合ってからは船長室で寝泊まりしていた為そこへ行くわけにはいかなかった。扉を背にズルズルと座り込む。追いかけてきたシャチがドアを叩いて何か言っているが気にする余裕はない。やはり叶わぬ夢だったのだ。ローと付き合うなど。最初は憧れだった。襲ってきた海賊船の船長がローで、闘う姿の美しさに見蕩れた。負けた船のクルーだったが、何とか拝み倒して乗船させて貰った。厳しくも優しいローを単純に格好よいと思った。時折見せる優しげな微笑みに、それを自分だけに見せて欲しいと思った。それからは早かった。押して押しまくってとうとう絆されたローと恋仲になった。船長だけだった時とは違う可愛らしいローに益々惚れていき、ローも自分を好いていてくれたと思う。口下手な故になかなか自分の気持ちは伝えてくれなかったが、言葉がなくとも伝わっていた。初めて繋がった時もぐちゃぐちゃな顔をしながら愛を伝えてくれた。ローを庇って死にかけた時も、泣きながら、おれより先に死ぬんじゃねェって抱きついてきた。それも全部演技だったのかもしれない。本当は嫌で嫌で仕方がなくって、哀れなクルーの為にと自分を差し出してくれていたのかもしれない。そう思うと涙が止まらなかった。堪え切れない嗚咽が口から漏れるが、気にしている余裕など無い。いつの間にかシャチも居なくなっていたようで倉庫の前に人の気配は無かった。誰も居ないならと声をあげて泣いた。

どれだけ泣いていただろうか、再び倉庫の前に人の気配がしてノックをされた。我ながら女々しいと思いつつ未だ流れる涙を拭って扉を開ける。そこにいたのはペンギンだった。
「っ、男性、話がある。」
「話って何?船長に騙されてた哀れなクルーを笑いにきたの?」
「ちがっ、ちょっと来てくれ……。」
無理矢理ペンギンに腕を引かれて連れて行かれたのは治療室だった。怪我なんてどこにもしていない、と思いつつ椅子に座る。ペンギンは向かいの椅子に座ると目の前の机に大きな本を置き、その内の1ページを指す。
「忘愛症候群……?」
「ああ、あの後どうしてもおかしいと思い、船長を問診した。その結果、この病気なんじゃないかと思ったんだ。」
話を聞くと、昨日の夕飯、昨日戦った敵船の船長の名前など短期記憶のものから、自分の出身、ベポやペンギン達との出会い、乗っているクルーたちとの出会いなどの長期記憶も確認したが、どれも正確に記憶していたらしい。ただ、恋人だった男性の記憶だけがすっぽりと抜けてしまっているみたいなのだ。
「そんな……、治せるの?治療法は?」
掴みかかる男性にペンギンは静かに首を振る。
「治せねぇってのかよ!」
「いや、治せる……。」
じゃあ、と顔を上げるとペンギンはそのページの一文を指す。
「……忘愛症候群に現代の医療は全く効果をなさない。だが、この病を治す方法は一つだけ存在する。それは『愛する者の死』である……愛する者の死……?俺に死ねって言うのか……?」
「違う!」
ペンギンが声を荒らげる。
「でも、俺が死ななきゃローは治らないんだろ……」
「っ……、幸い、男性以外の記憶は正常だ、だから、」


お前さえ忘れてくれればいつもの通り過ごせるんだ。そうあの時にペンギンに言われて数日が過ぎた。ローはおれのことを忘れる以外にもおれを拒絶するようになり、おれがローに近づくことはなくなった。大部屋に移ったおれは、周りに迷惑が掛からないように毎日泣いている。シャチなんかは毎日声を掛けてくれてるが、あまり気が晴れることはない。今日もローの目につかないように倉庫の掃除をしていると甲板の方が騒がしくなった。
「敵襲だー!!」
どうやら他の海賊船が襲撃していたらしく、急いで甲板へと向かう。既にこちらに何人か乗り込んでいるらしく甲板で戦闘が始まっていた。思わずローを探すと、ベポと背中を合わせ戦っていた。まだ余裕を持っているようなので安心して、ローの視界に入らないように男性も戦闘に加わる。
暫く闘うが、相手方の船長が見つからないらしくなかなか終わらない。チッと舌打ちして周囲を見回すと敵船の船からローを狙ってる狙撃手目に入った。
「くそっ」
急いでローに駆け寄り腕を引く。
「っ、触んな!」
「だまれ!っぐ、」
持っている銃で狙撃手を狙うが、遅かったようだ。パァンという銃声と共に胸に熱が広がる。痛みは自然と感じなかった。
「男性っ!!」
ペンギンの慌てる声だ。お前そんな声出せるんだな。来るはずの衝撃が来ず僅かに動く目を動かすと、ローが支えてくれたらしく、その顔は苦痛に歪んでいた。ああ、嫌な筈なのに支えてくれたのか。薄れゆく意識にそう言えばと、
「ろー、約束、まもっ、な、て……ごめ……。」
先に死ぬな。その約束すらローは忘れているだろうが、おれは、忘れないし、ローが好きだった気持ちも忘れるつもりはなかった。
「ろぉ、好き、だ、よ……」

ばいばい


「あ……、男性、な、で……」
思い出した。何故忘れていたのだろうか、愛しい人、この世で一番大切な人。
「いやだっ、男性嫌だ!!」
目を開けろ!もう動かない男性を掻き抱く。嘘だ、嘘だ、嘘だ。嫌だ、いやだ。涙が頬を伝うが構わない。約束したはずだ。先に死ぬなと、おれを置いていくなと。どうして。
「ふははは、トラファルガー!そんなやつが大事、がっ……」
斬りかかって来た敵船の船長らしき奴を能力も使わず切り捨てる。男性。声を掛けるが返事はない。好きだ、愛してる。おれも。と応える声は聴こえない。
「男性、男性、男性っ」

もう、返事はない






勿忘草
わたしを忘れないで




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