I LOVE YOU 


仕事が終わり、家路につく。急な仕様変更のせいでこんな時間まで残業だ。夜の11時まで仕事をしている人なんか、殆ど居ないだろう。しかし、女性の彼氏であるローは医者だ。しかも凄腕の。彼に時間など関係ない。腕がいい故に、時間外に呼び出されることはしょっちゅうだ。目の下にある隈は彼の一部になりつつある。
季節は10月に入り、肌寒くなってきた。
「さむ……。」
部屋につき、電気をつけスーツのままベッドに倒れ込む。
「あー疲れたー。」
しんどいー辞めたいーとベッドの上を転がる。
「……ローに会いたい。」
ぽつりと呟いたそれは、誰の耳に聴こえることなく消えて行く。
「っ、とりあえずシャワー浴びよ!」



シャワーを浴び、すっきりしたところでスマートフォンが点滅している事に気が付く。
「誰だろ、こんな時間に。」
不在着信の相手が、自分が焦がれる人だと知り、直ぐ様掛け直す。
ーーープルルルル、プルルルr『はい。』
「ロー!ごめん出られなくて、シャワー浴びてたの。」
『構わねぇよ。風呂上がりの女性が見られないのは残念だが……。』
「ちょっ、変な事言わないでよ。」
耳元で響く、ローの低い声に思わず赤くなる。
「今、大丈夫なの?」
『ああ、今日は元々非番だ。』
「そうだったんだ。じゃあ、早く終われてたら一緒にご飯食べれたのにね。」
『忙しかったのか?』
「うん、急な仕様変更が入って……11時まで残業だったの。」
『……一人で帰ったのか?』
不機嫌そうな声色に、少し吃ってしまう。
「え?う、うん。」
『……次から、遅くなる時は俺を呼べ。』
「えっ!ロー忙しいんだもん、そんな事出来ないよ。」
忙しい人を態々呼び出すほど厚顔無恥ではないし、何よりローの負担になりたくない。その思いが伝わったのか、ローは一つ溜め息をつく。
『……女性、俺はお前が心配なんだ。もし、お前が俺の負担になりたくないとかでそう言ってんなら、それは間違いだ。俺は女性のことに関してなら何一つ負担は感じねぇ。だからちゃんと呼べよ。』
その声は優しさに溢れていて、胸が高鳴る。ローに会いたい……。
「そういえば、何かあったの?」
そう問えば、いつもの声でローが答える。
『なんも無かったら、掛けちゃいけねぇのか?まあいい。外、見てみろ』
まさかと思い、窓に駆け寄り下を見る。
「っロー!」
「『女性。』」
想い人の姿に一気に心が軽くなる。カーディガンを羽織り、外へと駆け出す。姿を見つけ、それに抱きつく。ピクリともしないその身体は、細い見た目に似合わず、がっしりとしており、女性をしっかりと受け止めた。
「今日は、やけに積極的じゃねぇか。」
「ローに会いたかったから。」
「あまり、可愛いことを言うな。」
ここで喰いたくなっちまう。とローは女性の額に唇を落とす。
「っ、そういえばどうしたの?いきなり来て。」
「ああ、今日は中秋の名月だからな。」
促されるままに空を見上げる。雲一つない空に丸い月が静かに浮かぶ。
「……月が綺麗ですね。」
ローは知らないだろうと、ある文豪の言葉を呟く。
「死んでもいいわ、だったか?」
「え?」
まさか返ってくるとは思わず、ローの顔を見ると楽しそうにククッと笑っている。
「女性が知っていて、俺が知らないものなんかある訳ねぇだろ。」
馬鹿にしたような物言いだが、不思議といやな気持ちにはならない。近付いてくるローの顔を、目を瞑って受け入れる。静かに重なる唇に、かの小説家たちの愛の言葉を思い出し、静かに浮かぶ月に想いを馳せる。







少し遅れて、名月の話。
書いてみたかった話でもあります。
「月が綺麗ですね。」は夏目漱石、「死んでもいいわ。」は二葉亭四迷の訳した言葉です。


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